第84話 まだ諦めたわけじゃない
文字数 876文字
渋谷区神南町の『HAPPY DAYS 100⤴』事務所。
深夜1時46分。
舞台稽古を終えた來嶋詩郎、ドラマ撮影を終えた福田剛士、トーク番組の下打ち合わせを終えた門川慎之介の3人がそれぞれ事務所の一室に集まっていた。
そこへ飯倉と支倉が難しい顔をして入ってくる。
粗末な会議椅子に腰を下ろすと、飯倉が3人を前にまずこう切り出した。
「察しているだろうが、思いの外難航している」
詩郎は黙って飯倉を見つめる。剛士と慎之介は互いに顔を見合わせて顔を顰める。
「説得するなんて言っときながら、決裂したままなんだ。すまない」
支倉が隣で重そうな目蓋をしばたたかせている。
「だが、まだ諦めたわけじゃない。交渉は続ける」
「無理っしょ」
言ったのは慎之介だった。
「あの二人が戻りたいと思うわけがない。俺は最初からそう思ってましたよ」
慎之介はクールに言い放つ。
これに飯倉も努めて冷静に言い返す。
「いや、正志と拓海は本心戻りたいんだ。だが、そうさせない邪魔者がいるんだ」
「邪魔者?」
慎之介が取り出した言葉に、詩郎と剛士が同時に眉を動かす。
「そいつらが二人の前に立ちはだかって渡そうとしない」
詩郎がこれに異を唱えた。
「邪魔者がいるのに、どうして飯倉さんは二人の本心にアクセスできたんですか? できてないんでしょ?」
しかし飯倉は言った。
「彼らを少年時代から見てきている。何を思っているか俺にはわかっている」
先日、自分の行動を先読みされていたことを思い出し詩郎は飯倉の読みが強ち外れてはいないだろうとは思ったが・・・
「その思い込みは危険だと思いますけど」
警鐘を鳴らした。
だが、飯倉は譲らなかった。
「思い込みなんかじゃない。拓海は言ったんだ。アイドルやったことのない奴が無責任なこと言うなと。それは彼のプライドだ。アイドルを舐めるなと。彼は本当はやりたいんだアイドルをもう一度、やりたいんだよ」
そこに支倉も便乗する。
「正志も無表情を装っていたが、俺が再結成を持ち出した時、一瞬だが目蓋を振るわせて、俺を視界から避けたんだ。あれは拒絶なんかじゃない。葛藤だと思う」