第50話 もしかしたらマイケル・ジャクソンと同じステージ立つかもしんねえし

文字数 1,027文字


 これは喧嘩じゃないんだ。啖呵切る相手を間違っている。そう飯倉はマッキーに言い聞かせようと思った。
「せっかくここまで育ててくださった社長に恩を仇で返す気か! いいか、おまえのことなど、アメリカではまったく知られてないんだぞ。成功するはずがない。いい気になるな!」
「やってみなきゃ、わかんねえだろ! もしかしたらマイケル・ジャクソンと同じステージ立つかもしんねえし」
 世界を圧倒したキング・オブ・ポップを一介のジャパニーズアイドルと並べようとするその無鉄砲さに飯倉は呆れた。しかし飯倉は社長とメイコの目を意識しながらこの不届き者に説得を試みた。
「会えるとでも思ってるのか個人で!? 事務所の支えがなかったら会うことすらできん、断言してやる。ぜったい成功しない。ラバーズ事務所がどれだけおまえをプロモートしてくれているか、知っているのか? 日本の音楽市場でラバーズにいたから売れたんだぞ、おまえは。もし他の事務所だったらデビューすらできなかっただろう。つまり、強力なバックなくしてはどこ行ったって成功しないんだ。いい加減目を覚ませ」
 しかし、自分の力を過信しているマッキーはそう簡単には引き下がらなかった。
「ちげえよ。俺は、自分の力でやってきたんだ。ラバーズにいたからじゃねえ。ラバーズに借りなんてねえよ。借りどころか、俺が稼いでやってんじゃねえか。100倍出してたって足りねえくらいだよ。それを放棄してやるって言ってんだ。そっちにとってもありがたい話だろ?」
 この物言いにはさすがに丈太郎も、感情の糸が切れた。
「だったら出ていけ! もうおまえはラバーズと関係ない。アメリカでもどこでも勝手に行くがいい。だがな、これだけは覚えておけ。日本で同じ仕事がもう二度とできないことはな」
「ああ、出ていってやるぜ。心配しなくても日本になんか戻って来ねえぜ。あとで吠え面かくなよ、世界的ミュージシャンを逃したって」
 アイドルとして束の間の頂点極めた奢りだろう。このまま突き進めるとマッキーは信じて疑わない。
 飯倉は丈太郎に頭を深々と下げて言った。
「社長、よおく言って聞かせますから、もうしばらくこのことは置いてもらえないでしょうか。お願いします」
「必要ないわ」
 言ったのはメイコだった。
「世間知らずの坊やはせいぜい苦労してきなさい」
 彼女の瞳にも怒りの炎が差していた。
 この日を境に、『テイクプレジャー』は解散し、マッキーこと近見真紀は長く芸能界から姿を消すことになる。
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