第92話 笑原拓海の翻意
文字数 942文字
アジアンニュースJPエンタメ部。
「どうも変なの・・・」
表通りのスターバックスで買ってきた商品2つを両手に朝比奈莉夢が呟く。莉夢はアーモンドミルクラテにすでに口をつけている。もう片方のコーヒーフラペチーノは妹尾の好みではなかったが、莉夢が勝手に選んだ。お代はもちろん上司持ちであるが。
無愛想にお釣りとコーヒーフラペチーノを受け取り妹尾が呟く。
「なんか変わったのか?」
妹尾は莉夢が持っているアーモンドミルクラテを指して言った。定めし好きな商品の味か値段でも店が変えて彼女が不平を言っているのだろうと思ったのだ。
しかし莉夢は妹尾の意図するところを読み違えて、
「笑原がここのところ事務所に姿を見せないのよ」
いきなり核心に迫った。
これには妹尾もフラペチーノは好みじゃないと不平をぶつけてやろうと思ったが、彼女から出てきたキーワードにまんまと気を逸らされた。
「笑原が?」
「そうなの」
だが、妹尾はすぐ冷静に戻った。
「別段変でもないだろ。仕事が立て続けに入ってたら事務所に立ち寄らないことはよくある」
莉夢は立ったままストロー咥えて小さく首を振る。
「エージェントのほら、なんてったけ・・・」
笑原拓海のエージェントはかつてラバーズ事務所で機密情報を守っていた鯉川真虎登である。しかしその本名を妹尾も莉夢も知らない。彼が素性をまったく明かしていなかったからである。
「ああ、あの厳つい顔した」
「そう、彼がね、まったくメディアを立ち入らせようとしないのよ。つまり取材は一切お断りだって」
「笑原、病気か?」
「違うと思うわ。だって彼、テレビには出ているもの」
「それはおかしいな」
そこでようやく妹尾も事態の異様さに気づいた。
「まさか仲違いか? 事務所内で」
その時である。妹尾のデスクの電話が鳴った。電話の相手はKF企画の桜塚だった。受話器に向かって妹尾が親しげに話しかける。
「どした鶴ちゃん?」
こちらの素性はとっくに社内ではバレている。民政党代議士秘書の鶴岡俊太である。
「え、えらいことです。妹尾さん」
「ん? えらいこと?」
「笑原が」
「笑原がどうした?」
今し方まで彼の話題で莉夢と話していた矢先に、鶴岡から放り込まれた情報は衝撃的なことだった。
「断ってきました。選挙出馬を」
「なんだと!」