第31話 見返り

文字数 1,293文字


 だが、事はそう思ったようには簡単ではなかった。
「出演料の横流し?」
 海堂メイコは驚いた表情を見せた。
「N放送局から支払われた1000万円の内、出演料120万円を除いた880万円が政治資金パーティー券購入に回されていますよね?」
 小坂部は副社長である海堂メイコに訊ねた。メイコの隣にはラバーズ事務所の顧問弁護士、仲道節雄が険しい顔して腰をソファに落としている。
「パーティー券?」
 メイコは口を開けたまま小坂部と和田の顔を見つめた。
「何のことを仰ってるのかまったくわかりませんけど」
 小坂部が和田にラバーズ事務所の出入金を記載した調査書をテーブルに置くよう指示した。
 和田がその書類をメイコと仲道に見えるよう静かに差し出す。
「そこにありますでしょう? 6月7日収録のN202番組に関するタレントへの支払い額」
 メイコと仲道が顔を寄せ合って書類に目を落とす。
 メイコが問う。
「これがなにか?」
 小坂部が書類を見ずに言う。
「この日の出演は吉岡正志氏と笑原拓海氏だけ。あとの4人は別の日に出演して皆それぞれ60万円がラバーズ事務所に振り込まれています」
「正志と拓海の出演料も60万円いただいてますけど」
 メイコの苛立つ表情を小坂部は無視して続けた。
「しかし、N放送局はこの日のラバーズ事務所のタレントへの出演料と思われる支払い1000万円を計上している。だがラバーズ事務所は120万円しか計上していない。おかしいですよね? 差額880万円はどこに行きました?」
 メイコが憤慨した口調で言った。
「うちが受け取ったのは二人分120万円だけです。それ以外いただいてません!」
 弁護士の仲道も渋い表情で頷く。
 メイコの怒りは収まらない。
「それに、この業界、1本のギャラで500万円支払ってくれるところなんて聞いたことがありませんわ!」
 小坂部はメイコの照り輝いている真っ赤なクチビルを黙って見つめた。
 弁護士の仲道がここで問う。
「ここのところ内訳が3つに分かれていますね、これはどういうことですか?」
 副検事の和田が答える。
「N202番組に関わる経費として出演料の他、広告宣伝費として450万円、交際費として430万円が計上されています。これら合わせると1000万円になるということです」
「なるほど。で、その広告宣伝費と交際費が政治資金パーティー券購入に充てられたのではないかと検事さんたちはお考えなのですか? 証拠がおありなのですか?」
 小坂部が言った。
「実はですね、そのお金、つまりN放送局から出た880万円とちょうど同じ金額が民政党の最大派閥安西派の政治資金パーティーで受領されているんです、5日後に。パーティー券の購入者は立石健三氏。この方はN放送局の初代会長のお孫さんです。しかも立石氏は民政党の緒沢議員と同郷で小中高が同じ、緒沢議員が初当選した後もしばしば二人は会っている。緒沢議員といえば放送事業に通じたいわゆる旧郵政省から続く郵政族だ。緒沢議員が大量のパーティー券を買ってくれた見返りに立石氏になんらかの恩義で返そうとするのは想像に難くない」
 仲道は眉を少し動かして言った。
「だから?」
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