第67話 アイドルは変わった。年齢じゃない

文字数 1,249文字

 東京に戻った飯倉に待っていた仕事は、ラバーズ事務所から放たれた所属タレントたちの夢の継続だった。
 廃業したラバーズ事務所にはすでにデビューしていたタレントが12名、そして48名の養成中のジュニアがいた。彼らの受け皿を飯倉たちは用意しなければならなかった。
 一緒に会社整理を手伝ってくれた吉岡正志の元マネージャー支倉晴郎とともに、飯倉は新しい事務所を立ち上げる計画を持っていた。
 緒沢謙次郎逮捕後、ラバーズ事務所元社長海堂丈太郎と元副社長の海堂メイコの二人も、不当な金銭授受とタレントへのパワーハラスメントの罪で起訴され有罪が確定した。
 いまや芸能界からラバーズ事務所の呪縛は一掃されつつあるといってよい。
 だが、かつてラバーズ事務所に所属していたタレントたち、および訓練中だった少年たちは呪縛の余波を受けて、行き場を失っていた。
 彼らの救済が飯倉と支倉に残された仕事だった。
 競売物件となっている旧ラバーズ事務所のビルは使えないので、彼らは都内外れの古い貸しビルと契約し、登記上ここを新たな芸能事務所とした。
「スペース的にかなり厳しいですね・・・」
 せせこましいフロアに佇み、支倉が呟く。
「なあに、一時避難場所にはなるさ」
 明滅している蛍光灯を見上げ飯倉も呟く。
「やっぱり、全員うちで引き取るということですか?」
 じつは支倉は不安だった。この事務所にラバーズから溢れたタレントたち全員入所すれば、窮屈なだけでなく、資金面で枯渇する。
 すると飯倉は言った。
「芸能活動を続けさせてやれるよう契約はするが、折を見て移籍先を探してやらねばならんだろうな」
 支倉は小さなため息をついて言った。
「なるほど、一時避難場所ですね」
 飯倉は頷いた。
「しかし、問題は解散した奴らをどうするかだ」
 飯倉が触れたその問題はラバーズ事務所が残した最大の遺産。すなわち解散した『笑門来福⤴吉日』の後始末だった。
「まさか、飯倉さん、彼らをまた、うちでなんて・・・」
「ああ、考えてる」
「できますかね・・・そんなこと」
 支倉は懐疑的だった。全メンバーがいまは別々に活動している。彼らをひと所に集めるのは一から売れるより難しい。
「來嶋詩郎、福田剛士、門川慎之介はまだしも、吉岡正志と笑原拓海はだいぶ汚点着きましたよ、あの件で。それに日下部悠斗はもう民間人のパイロットです」
 懐疑的にならざるを得ない最大の訳は、笑原の横暴や吉岡の女性への不埒な行動が大きな障壁になると支倉は考えていたからである。
 しかし飯倉はそれを押しても『笑門来福⤴吉日』を再結成させたかった。その理由は・・・
「一番願っているのが、国民だったとしたら?」
 そうなのである。業界の都合ではなく、これは国民の願いなのである。
「彼らもう50ですよ」
 デビューから30有余年。『笑門来福⤴吉日』のメンバーは吉岡正志と笑原拓海の52歳を最長に、門川慎之介以外、皆50歳を超えていた。
「アイドルは変わった。年齢じゃない」
 飯倉の脳裏に沖縄で見てきたポストアイドルの姿があった。

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