第89話 せっかくアイドルに生まれついたのに・・・

文字数 863文字

 飯倉とマッキーは空港を出て都内のあるバーへ向かう。
 車中、マッキーが小声で訊ねる。
「彼は俺が来ること知ってるんですか?」
「当然知らん」
「一人なんでしょうね?」
「おそらくな」
 飯倉の既知情報では今夜そこで笑原拓海が一人で飲んでいるはずだった。
「怪しいな」
 飯倉を信じつつもマッキーは空振りを心配した。
「あいつの性格上、隠れ家はポンポンと変えん」
 そこは拓海の成長過程を少年時代からずっと見てきた飯倉の推測を信じるしかない。
「そこで彼と会ったことあるんですか?」
「会った。が、再結成など気違い沙汰だと逆ギレされた。それ以来近寄っていない」
 また行けば拓海はさらに頑なに拒絶し、二度とその場所に来なくなるだろう。だからこの機会が拓海を口説き落とすラストチャンスだと飯倉は思っていた。その切り札がマッキーだったというわけである。
「拓海はおまえをずっと目標にしてた。俺なんかより話を聞いてくれるだろう」
「飯倉さん、誤解があるといけないので言っときますが、俺、拓海に是が非でも『笑門来福⤴吉日』に戻れって言うつもりありませんよ」
「わかってる」
「俺はただ、ファンとの付き合い方を彼に教えてあげるだけで」
「それでいい。拓海はファンを捨てて国会議員なんかになろうとしている。それを止めてくれるだけでもいい」
 サングラスの奥、マッキーの目蓋が重たく降りる。瞳を閉じたまま彼は呟く。
「せっかくアイドルに生まれついたのに・・・」
 その呟きを拾って、飯倉は天からアイドルという仕事を授かった選ばれし者たちの崇高さを改めて感じた。誰もがなりたくてなれる職業ではない。たとえなれてもその仕事を続けていけるものはほんの一握り。東大に入るより、プロ野球選手になるよりずっとずっと狭き門をくぐりそのロードを歩き続けることはどんな職業よりタフで尊いものである。
 それを飯倉は伝えたかった。拓海にも正志にも。ただ、言うべきは自分ではない。歩き続けている者しか言えない。
「おまえでダメなら、あいつはもうアイドルじゃないよ」
 共にサングラスを外し二人は深く頷きあった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み