第57話 国破れて山河あり

文字数 1,316文字

 故郷にいた時も、三線(さんしん)など触れたことがなかった。ふるさとを象徴するその心地よい弦の響きは物心ついた頃からずっと聞いていた。馴染みのない楽器ではない。だが、いざ手にしてみると、どう奏でて良いのかまったくわからなかった。
 13で故郷を離れ、東京とアメリカで騒がしい雑音や孤独に身を捲かれてきた彼には、いま聞くふるさとの音色はまた違った音に聞こえた。
(こんなにも美しかったのか)
 母の友人、照屋美咲から紹介してもらった三線の先生が奏でる音は島の海から聞こえてくるようなやわらかく、しかし太く力強い音色だった。
(ギターより体の隅々まで染みとおる)
 彼の中のふるさとの血がそう感じさせるのだろう。
 マッキーを指導してくれた先生は県内でも有名な三線奏者、又吉昭文(またよしあきふみ)氏で、美咲が常連客の中で三線教室に通う人がいたことを思い出し、その人を通じて頼んだところ、又吉氏を紹介してくれた。
 マッキーの名が出たところで、故郷を代表するアイドルを指導できることに、又吉氏も大層喜んでくれたという。
 以来、マッキーは又吉氏を師と仰ぎ、三線の稽古に明け暮れる。
 時折、ストリートに立ち、習った曲を演奏してみると、みるみる人だかりができ、マッキーの人気の健在ぶりを思わせた。
 これを又吉氏は大いに歓迎した。
「君のおかげで三線が広まるよ」
 マッキーは照れた表情で呟く。
「沖縄に恩返ししたいんです」
「十分してるだろ」
「こんなんじゃダメです。自己満です。ちゃんと演奏でお金いただけるレベルまで腕上げなきゃ」
 それまで芸らしき芸のなかったマッキーにとって三線は最後のチャンスだった。何がなんでも修得せねばならなかった。上辺だけの人気ではなく、終生ステージに立ち続けられる実力を彼は欲していた。
 だから彼は言った。
「骨埋めるつもりでやりますんで、先生」
「だったら、コンクール出てみる? 評価してもらいたいだろ? せっかく練習したなら」
「出たいです!」
 そのコンクールでマッキーは見事優秀賞を受賞し、会場を沸かせた。三線奏者としてマッキーが初めて認知された瞬間だった。
 それからマッキーは三線を抱えて、あちこちのライブハウスを回るようになった。又吉氏から教わった沖縄民謡も歌ったが、流行りのJ-POPも三線のサウンドに合わせてリズミカルに歌った。
 マッキーの歌が聞きたくて、ライブハウスに県内からたくさんの聴衆が詰め掛けた。
 この頃になると、マッキーを軸にサウンドはドラムもギターもベースもピアノも集まって来て三線を中心としたセッションが行われていた。
 奏でる曲も民謡から流行歌、さらにはジャズまで取り入れた。
 又吉氏は言った。
「新しいジャンル作ったね。もう僕はいいんじゃないかな」
 しかしマッキーは師を前に頭を下げて強い口調で言った。
「とんでもありません。三線奏者として俺はひよっこです。先生に教えていただかないといけないことまだまだいっぱいあります」
 そこにかつての傲岸さはなかった。
 そんなマッキーを見つめて又吉氏は思った。
(国破れて山河ありか・・・)
 敗残兵のように戻って来たマッキーを立ち直らせたのは、故郷の人々と音楽と自然だったのだ。
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