第60話 社長を本気で怒らせることになるぞ

文字数 986文字

 この電話が鳴る時、飯倉は身構える。携帯電話が普及している昨今、わざわざ固定電話に掛けてくる相手と言えば、あの男しかいないからである。
「もしもし」
「どうした?」
 互いに名乗らずとも会話は有線を行き交う。
「N放送局からオファーもらいました」
「N放送局から?」
「それも全国ネットです」
「す、すごいじゃないか」
「どうしましょう?」
「どうしましょうって」
「出ていいと思います? 飯倉さん?」
 飯倉は迷った。できるなら出ろと言いたい。だが、そう言えぬこと、彼が一番よくわかっていた。ラバーズを辞めたマッキーが東京で仕事をするとなると、海堂丈太郎の目から逃れられない。きっと丈太郎はなんらかの報復を仕掛ける。しかし、N放送局ならば、それもたった1回なら、その影響は少ないのではないか・・・。
 だから飯倉は言った。
「そうだな、うん、いいんじゃないか」
「でしょうか」
「オファーもらって出ないわけにはな」
「地元を捨てることになりませんかね?」
「1回だけだろ?」
 ただ、飯倉は心配だった。マッキーが再び全国ネットのメディアに姿を現せば、放送局以外に追随してくるメディアがきっとある。雑誌や新聞、インターネット広告やYouTubeなど。マッキーへのオファーがどんどん増えて、彼が再び東京に居ついてしまい沖縄から離れてしまうのではないか。
 そうなると彼はもうご当地アイドルではない。
「飯倉さんが出ろって言うなら、俺出ます」
「うん」
「せっかく弾けるようになったんだし」
 それが彼の本音だった。元のような不良アイドルに戻りたいわけじゃない。ミュージシャンとして奏でる三線の音色をより多くの人に聞いてもらいたいだけだ。
「あ、それと・・・」
 しかし、マッキーの話はまだ続きがあった。
「シュンとヨシくんも出るみたいです」
「なんだと!」
 番組プロデューサーが昨年芸能界引退した『テイクプレジャー』の二人、珠原俊一氏、佐々木義和氏にも出演依頼をしたという。
「二人、受けたみたいです」
「いまさら、な、なにを!?
「『テイクプレジャー』の曲やるんじゃないですよ。トークセッションだと言ってました。3人にインタビューしたいって」
「インタビューって、あいつらもう芸能人じゃないんだぞ!」
「だからなんでしょう。欠けられちゃ困るって、N放送局のひとが」
「マッキー、やめておけ」
「えっ?」
「社長を本気で怒らせることになるぞ」






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