74、ブルゴーニュ公の脅し(3)

文字数 1,035文字

「私は若い頃、ハンガリー王ジギスムントの呼びかけによる十字軍に参加しました。歴史に詳しいジャンヌ殿ならご存じだと思いますが・・・」
「1396年のニコポリスの戦いですね。あの戦争では十字軍側に多数の犠牲が出たと聞いております」
「ニコポリスの戦いで恥ずかしながら私も捕らえられて捕虜となってしまいました。異教徒に捕らえられるということでどれほどの恐怖と屈辱を味わうことになるか、あなた方には想像できないと思います。相手がキリスト教徒ならば当然私がブルゴーニュ公の嫡男であることを知っていますから、それなりに敬意を払ってもらうことができるでしょう。けれども異教徒には私達キリスト教徒の正義は通用しません。捕虜は身代金をもらって釈放するか、殺すかのどちらかです。言葉も常識も通じない異教徒に嬲り殺しにされるかもしれないという恐怖で私は気が狂いそうになりました。父が身代金を払ってくれれば、私は釈放されますが、私には2人の弟がいました。もし父が長男の私よりも2人の弟のうちどちらかをより愛していて跡継ぎにしたいと考えているならば、私は見殺しにされるかもしれません。捕虜として捉えられている間、どうしたら生き延びることができるか、そればかり考えていました」
「・・・・・」
「今の私は無怖公と呼ばれています。皮肉ですね。本当は死の恐怖に怯えてばかりいるのです。でも私はこの呼び名が気に入っています。無怖公と呼ばれている者と敢えて戦おうとする者はいないでしょう。そして私は今は父からブルゴーニュ公位を受け継いでいます。今の私が怖れる必要があるのはオルレアン公のルイとイザボー王妃様、あなただけです」
「オルレアン公のルイ様は陛下の実の弟、あなたよりもずっと高い身分です」
「それはわかっています。だからこそその地位を手に入れたいのです。私は異教徒の中で捕虜になり、どうしたら人の心をとらえて味方にすることができるか学びました。今の私ならパリの市民を簡単に味方にすることができます」
「卑怯者!私は決してあなたに屈することはありません」
「今すぐお返事をいただかなくて結構です。ただくれぐれも身の回りに用心した方がよろしいですな。私の部下は気が短くて、私が命令する前に行動を起こしてしまうかもしれません。よく考えてください」

 ブルゴーニュ公は不気味に笑った。

「ジャンヌ、戻りましょう。もうこれ以上話すことなどありません」

 イザボー王妃様は怒って部屋を出て行った。そして間もなく、大変な事件が起きた。

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