ワタリガラスとコンゴウインコの起源(ズニ族の神話)

文字数 2,752文字

 昔々、人間はまだほんの少ししか大地にいませんでした。世界は今のようではなかったのです。この大地に住む人々は、今のように物事を理解してはいませんでした。
 そこへ、ひとりの美しい貴公子が、人々といっしょに暮らそうとやってきました。
 貴公子は手に、羽根飾りのついた杖を持っていました。それは魔法の杖で、たくさんの美しい羽根で飾られています。
 黄色い羽根、赤い羽根、青い羽根、黒いのも白いのも灰色のもありました。
 杖にはほかにも、たくさんの変わった貝殻やお守りがついていましたが、子供たちには理解できず、貴公子もちゃんとした説明をしてはくれませんでした。
「その不思議な羽根の杖はなあに?」ひとりの子供が尋ねました。
「これは魔法の杖で、お前たち、子供の心を試すのだ」それが答えでした。
 子供たちは考えましたが、わかりませんでした。
「ねえ、どういうことか教えて!」子供たちはしきりに叫びました。
「見てごらん!」不思議な貴公子は答えました。
 すると、杖についた羽根やお守りの中に、四つの丸い何かが現れました。
「卵だ!」子供たちは叫びました。「ふたつは空みたいに青い。そしてもうふたつはこの素敵な大地の土みたいに赤茶だ!」
 子供たちはたくさんの質問を投げかけ、不思議な貴公子は根気よく説明しようとしました。
「さて」不思議な貴公子は言いました。「どちらでも君の好きなほうを選びなさい。やがて卵は孵るだろう。中からは、君たちが初めて見る鳥が出てくるはずだ。同じ色の卵からは同じ種類の鳥が生まれてつがいになる。
 青い殻の卵を選んだ者は、青い殻の卵から生まれる鳥の後をついていきなさい。そして選んだ者もその子供たちもそのまた子供たちも、この鳥が巣をかける場所に住むのだ。
 赤茶色の卵を選んだ者も、赤茶色の卵から生まれる鳥の後をついていきなさい。そして選んだ者もその子供たちもそのまた子供たちも、この鳥が巣をかける場所に住むのだ!」
「でも、どっちを選んだらいいの?」子供たちは熱意を込めて尋ねました。
「いや」不思議な王子は言いました。「それは言えぬのだ。だがこれだけは知っておきなさい。
 片方の卵からは美しい鳥が生まれる。その羽根は色とりどりで、夏の木の葉や果物のようだ。そして夏がずっと続く、豊な土地に巣を作る。
 こちらの卵を選んだ者は、鳥を追って常夏の国へと行くだろう。毎日のように果物が熟れ、幸運な子供たちの手に落ちてくる。働かなくとも餓えることはなく、餓えも寒さも知ることはない」
「じゃ、もう片方の卵を選んだらどうなるの?」
 不思議な貴公子は首を横に振ると、少し悲しそうに子供たちに微笑みかけました。
「もう片方の卵からは」貴公子は言いました。「白い模様のある黒い鳥が生まれる。この鳥が巣を作る土地では、働かなければ食べ物は手に入らない。
 この鳥を追って行った者は、厳しい夏と冬を過ごすだろう。昼が長い季節は食べ物を手に入れるためにたくさん働き、夜が長い季節は家の中を暖かくしておくために、たくさん気を配らなくてはならない」
 そして、不思議な貴公子は話すのをやめました。子供たちは口もきけずに、ただ黙ってたがいを見つめあっていました。誰もが目をみつめながら疑問を投げかけていました。誰もがずっと夏の季節が続き、働かずとも豊かでいられる鳥を追って行きたいと願っていたのです。
「どちらを選ぶ?」不思議な貴公子は尋ねました。
「青い――青いほう!」子供たちは叫びました。そして、一番力が強くて動きが機敏な子たちが、他を押しのけて前に出ようとしました。
 その子たちは青い卵を手に入れようと戦い、卵を手にして嬉しそうに走って去って行きました。
 子供たちは青い卵を、日当たりの良い崖の傍らの、柔らかい土の中に埋めました。そしてその近くに座って、ヒナが孵るのを見守りました。
 一方、押しのけられた弱い子供たちは、まだその場に残っていました。その子たちに選択の余地はありません。不思議な貴公子は、その子たちに赤茶色の卵を手渡しました。
 赤茶色の卵は、川のほとりの柔らかな緑の草の上に置かれました。そうした子供たちも、同じように川の近くに座って、卵が孵るのを待ちました。
 赤茶色の卵が孵るのを待っている子供たちは、ときどき、力の強い子供たちが美しい青い卵を見守っている、高い崖のほうを見上げました。
 それから、弱い子供たちはため息をついて、草の上の地味な赤茶色の卵を見るのでした。
 やがて時間が過ぎると、子供たちが待つ崖の上では、青い卵の中からコツコツという音が聞こえて来ました。
「ああ」子供たちは言いました。「鳥はすぐに出てくるよ。そうしたら、常夏の国へ連れて行ってくれるんだ」
 ついに殻が割れて、中からでてきたヒナは、他の鳥と同じような姿でした。口は大きく、息をする度に脇腹が動き、小さな身体には羽根が生えていません。ですが、すぐにつんつんとした筆毛が生えてきました。
「見て!」見守っていた子供たちは叫びました。「綺麗な羽根が生えてくるんだよ!」
 その叫び声は川のほとりまで聞こえたので、そこにいた子供たちは上を見上げてため息をつきました。赤茶色の卵も大きなひびが入り、ヒナが殻の中から出てこようとしていました。子供たちは、すぐに鳥の導きに従わなくてはなりません。それまでの短い日々を、子供たちはヒナに餌を食べさせ、優しく世話をしました。
 そしてある朝、崖の上の子供たちはため息をついて不満気な声をあげました。青い卵から孵ったヒナは羽根が生え揃い、飛べるようになっていました。その羽根の色は黒と白だったのです! つまり、実りの少ない、雪の振る土地へ行かなくてはなりません!
 卵から孵ったのはつがいのワタリガラスで、力の強い子供たちを、冬のあとに夏が来る、食べ物のために働かなくてはならない土地へと導きました。子供たちは働き、ワタリガラスたちはしわがれた笑い声をあげて、子供たちをあざけりました。
 そのころ、赤茶色の卵を見守っていた子供たちは、川のほとりで立ち上がり、笑顔を浮かべていました。
 赤茶色の卵からでてきた鳥の羽根は、美しい色をしていました。甘い香りのする風に乗り、鳥たちは南へ――常夏の国へと飛び立ちました。子供たちは美しい鳥のあとをついて行き、常夏の国でずっと楽しく暮らしているのです。

訳者補足:タイトルによるとこの美しい鳥はコンゴウインコなんですが……コンゴウインコの卵は白いはず……。
 先住民族の民話なのですが、Indian なのは不思議な貴公子だけで、他の人たちは earth people もしくは earth children です。「大地の民」と訳すのも考えましたが、どうもややこしいのでこういう形にしてあります。
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