納屋の庭のフェンスから
文字数 3,020文字
大人のメンドリがこんなにも用心深い母親でなければ、あんな大きくてふわふわの家族の面倒を見るなんてできなかったでしょう。
フィリスがこんなにもいつも周りをしっかり見ている少女でなければ、これからつづる話を見聞きはできなかったでしょう。
マダラ母さんは、辛抱強く納屋の近くの庭の地面を引っかいていました。時々、大きな呼び鳴きをあげると、小さな十羽のひよこが勢いよく走って来て、母親がみつけてくれた幼虫やミミズを食べようとします。
フィリスはちょうど、手にマダラニワトリ一家の餌を入れたカップを持って、庭に入ってきたところでしたが、ニワトリ母さんが奇妙な叫び声をあげたので、ぎょっとして立ち止まりました。
フィリスの目の前で、すべてのひよこがその小さな脚で走れる限り速く走って、母親の広げた翼の下へと駆け込みました。すぐにすべてのひよこの姿は見えなくなり、ニワトリ母さんの鳴き声も小さくなりました。
「どうしたの?」フィリスは叫んで、上を見上げると、頭上の空でタカが弧を描いて飛んでいるのが見えました。
フィリスは帽子をつかむと、タカに向かって乱暴に振り回してみせました。そして同時に、できるかぎり激しくわめきたてました。
タカは落ち着いた様子で上へと飛んで行き、どんどん高くあがって姿が小さくなりました。ニワトリ母さんは優しい声でひよこたちに呼びかけ、ひよこたちを守ってくれる低い藪へと連れて行きました。それからフィリスが餌を撒くと、そんなにしないうちにマダラ母さんの一家はタカのことを忘れてしまったようでした。
ですがフィリスはまだ、タカが来るのではと熱心に空を見張っていました。タカが戻って来たらと思うと怖かったのです。ですが、タカの影も形も見えませんでした。
そんなに離れていないフェンスの支柱で、大きな黒いワタリガラスが、いかめしい声で独り言をカーカーと言っていました。
「あなたも可愛い鳥じゃないわね」小さな女の子は言いましたが、ワタリガラスには聞こえませんでした。
フィリスがワタリガラスの止まっている支柱のすぐ近くまで忍び寄ったとき、またタカが大きな弧を描きながらどんどん近づいて来るのが見えました。
「カー! カー!」ワタリガラスは大きな声で鳴くと、空中へ飛び上がり、納屋の上へと飛んで行きました。「俺だって、弧を描いて飛べるのさ! カー! カー! カー!」
タカは何も言いませんでしたが、静かにフェンスの支柱へと下りました。ワタリガラスはまだ空中で弧を描いて飛んでいましたが、どんどん近づいて来ます。
タカは上のほうを見ました。ワタリガラスは真面目な様子で頭を揺らし、しわがれて悲しげな声をあげました。そして自らの黒い羽根を震わせると、また支柱に止まりました。
「俺は不吉な鳥だと言われている」ワタリガラスは言いました。「不運を運んで来るんだって言う連中もいる。他の奴らは俺がトウモロコシを食べ過ぎると思ってやがる。誰も俺を好いてくれはしない。誰も俺を美しいとは思ってくれない。
もしあんたが俺の黒い羽根をじっと見てくれたら、どれだけ艶々かわかるだろう。俺の背中は日差しを受けると光るんだ。翼が紫や緑にきらめくことだってある。ほら、俺の喉の羽根がどれだけ柔らかくてばらけているかを見てくれ。このおかげで喉のところが襞飾りのようになっているのは、自分でもかっこいいと思っているんだ。
俺は人間を傷つけはしないし、食べるものについても責められる筋合いは確実にない。確かに、俺はトウモロコシや穀物を食べる。でも俺は地虫や、ミミズや、野ネズミといった、邪魔になるものもなんでも食べているんだ。
俺の巣はあのヒマラヤ杉の木のてっぺんにある。丸くて頑丈な巣だ。小枝や草を編んで作ってあって、内張りは俺が自分で羊の背から引っこ抜いた羊毛を使う。
俺たちはいつも、手入れをする時期が来ると、古い巣の内側を張り直してきれいに修復するんだ。
俺の子供たちはとても良い子だが、実を言うとあまり俺には似ていない。もしかしたら、親より子供たちのほうが見目が良いと思われるかもしれないな。羽根は黒と白だ。
母ガラスが言うには、ワタリガラスのヒナの白い羽根はすぐに抜け落ちてしまうんだ。そしてこう力説するんだ、俺とあいつにも、ヒナのころにはたくさんの白い羽根があったってな。今となっては信じがたいが、たぶん、あいつが正しいんだろう。
どっちにせよ、ヒナたちは俺の子供だから、俺は子供たちのために、最善を尽くすよ。俺にとっては子供たちはとてつもなく愛おしいが、その一方で俺のように誰にも愛されない人生を送るんじゃないかって怖くもなる! カー! カー! カー!」
タカは自身の茶色い羽根を、無造作にふくらませました。息を吸い込み、笛のような音を立てましたが、それは下のほうで静かに身を潜めていたフィリスには、蒸気が噴き出す音のように聞こえました。
「人間は俺のことも好きではない」タカは、肩をすくめながら言いました。「ただ、だからって俺は座り込んで嘆いたりはしない。
俺の羽根がかっこいいのはわかっている。俺が良い夫で良い父なのもわかっている。世界中のどんな鳥よりも、優雅に空を舞えるのもわかっている。
俺もたまには虫を食べるが、ワタリガラスくん、君の好みはトウモロコシや穀物のようだな。君もそこらを飛んでいる、小さな鳥を試してみたらどうだね」
「怖いんだ――」ワタリガラスは言いかけました。
「怖い?」タカは叫びながら、鋭く曲がった爪を空中に突き出しました。「怖いなんて俺にはわからんな! この鋭い爪を見たまえ! 素早く彼方へと運んでくれる、この長い翼を見たまえ!
空を飛ぶ鳥で、俺を怖がらないものなどほぼいない。俺が近づけば、目の前から消えて行くんだ。
俺が若いカモたちに襲いかかるところを魅せたいね。実に見ものだよ。昨日、俺は池の上を滑空していると、若いカモの一家が初泳ぎに行こうとしているのが見えた。音も立てずに俺は急降下して、その中の一羽をつかみ、爪でトドメを刺した。それから木のてっぺんで、そいつを食べたよ。実に美味かったが、量としては少なかった。俺は別のも狩ろうと決めた。このとき、若いカモたちはこちらを見ていた。そして初めて、水の中に潜った。
俺は笑ったよ。すぐに水面に戻って来るのがわかっていたからな。三十秒もしないうちに一羽が浮かびあがってきたから、俺はすぐにそいつを捕まえた。
そのあと、俺は小さなニワトリを、丘の上にあるナラの木にある巣へと運んでいった。俺の巣は実に簡素な作りでね――ほんの数本の曲がった枝でこしらえてある。内側には、剥がしてきた樹皮が張ってあるんだ。
たまには会いに来てくれ、ワタリガラスくん。俺のヒナたちを見せてやろう。とても素晴らしいヒナでね、輝くような黄色い目と、青みがかったクチバシを持ってるんだ。
さて、俺はもう行かなくては。マダラ母さんがシゲミから出てきたから、あの帽子を振り回した小さな女の子が――」
“帽子を振り回した”小さな女の子が、叫び声をあげながらフェンスの隅から飛び出したので、タカは弧を描きながら空へと舞い上がり、その日はもう戻って来ませんでした。
ワタリガラスも飛び去りながら、「カー! カー! カー!」と悲しげな声で鳴いていました。マダラ母さんはふわふわのひよこたちのために、黙って虫を探し続けました。