庇《ひさし》の下

文字数 3,086文字



 それは四月の十日めのことでした。フィリスがその日を知っていたのは、それが誕生日だからでした。フィリスはちょうど八歳になったのです。
 太陽は暖かく明るく照らしていて、トチノキのつぼみは赤く色づいてふくらんできていました。
「午後になったら、ネコヤナギを探しに小川まで行ってくるわ」小さな女の子は言いました。
 フィリスは納屋の屋根裏部屋の窓際に座っていたので、太陽の光を全身に浴びていました。とても静かだったので、小さな女の子はうとうととしてしまいました。
 突然、青く光る翼を持った鳥が、変わった小さな鳴き声をあげながら、真っ直ぐにフィリスの顔めがけて飛んできました。フィリスは上半身を真っ直ぐ起こし、窓のほうへ身体を傾けて、(ひさし)を見上げました。
 フィリスが見たのは、明るい鳴き声をあげる鳥でした。数羽の仲間たちといっしょにいて、せわしなくお喋りをしているように見えます。
 鳥たちは矢のようにこちらへあちらへと飛び交い、空気の中をあっという間に駆け抜けて行くので、フィリスの目には青い一筋の光のように見えました。鳥たちは旋回したり、輪を描いたり、一直線に飛んだりしました。そしていつも、いつも、いつも鳴き声をあげていました。
「何をしようとしているのかしら?」フィリスは言いながら、もっと近くで見ようと身を乗り出しました。
 一瞬の間、鳥たちのうちの一羽が、(ひさし)にぶらさがると、そこにくっついていた泥を、クチバシでつついたかのように見えました。
 フィリスは、その鳥の尻尾に深い切れ込みが入っていて二股に分かれているのに気づきました。背中と尻尾は暗青灰色をしています。喉と胸は明るい栗色で、背に近くなるほど色が淡くなっていました。
「あら、あなたのことは知ってるわ」フィリスは笑いました。「怖がらなくて良かったのね、あなたはツバメさんだもの。
 どうしてそんなに怖いもの知らずでいられるの? あなたはうちのニワトリたちよりも、わたしたちを怖がってないように見えるわ。どうして、わたしたちの家のこんな近くに巣を作るの? コマツグミさんたちよりも、ずっとわたしたちに馴染んでるじゃない!」
 ツバメの鳴き声を聞いて、フィリスは笑っているみたいだと感じました。そしてツバメはとても近くまでやってきたので、フィリスがさっと動けば、つかまえてしまうこともできそうでした。
「君たちを怖がったりはしないよ!」ツバメは笑うと、またさっと近寄り、それから旋回しました。
「なんて不思議な鳥さん!」フィリスは言いました。
 一瞬で口に泥のかけらを加えて、鳥は戻って来ました。ツバメはその泥を、(ひさし)にくっついている泥の塊に塗り付けました。それから、ツバメはまたフィリスの近くに飛んで来ました。
「思うにね」鳥は言いました。「かつてツバメは、洞窟や崖の壁や岩棚に巣を作っていたんだ。でもそれは何百年も前、人間が納屋という、僕たちが巣を作るのにとても快適な建物を作る前の時代の話なんだ。
 確に今でも、小川の岸辺や洞窟の壁面に好んで巣をかけるツバメもいるよ。でも、僕たちが一番好む場所は(ひさし)なんだ」
「あなたも早起き鳥なのね」フィリスは言いました。「冬の間はどこにいたの?」
 ツバメはそのとき、戻ってきた他のツバメたちとひとしきり賑やかに鳴き交わしていたので、フィリスは答えをしばらく待たねばなりませんでした。ツバメは、ほどなくフィリスもとへ戻って来ました。
「僕たちはこの前の十月に、南へと向かったんだ」ツバメは言いました。「九月の遅い時期には、沼地に集まって大きな群れを作っていた。
 数日そこにとどまって、一帯のツバメがみんな集まるのを待っていたよ。ついに、陰気な十月のある日に、僕たちは南へ向かって飛び立った。
 群れには何百羽もの鳥がいたよ。僕たちが空を突っ切って飛んで行くと、小さな雲のように見えた。飛んでいる間、群れの全長は八百メートルぐらいあった。
 僕たちは冬の間、南アメリカ大陸で過ごしたんだ。あそこには美味しい虫がたくさんいる。でも、僕たちが一番好きなのは北の国なんだ。
 しばらくして、母なる自然が僕たちにささやきかけてきた。北の国で巣を作る時期が来たって。そして僕たちは時が来たのだとわかり、さっきのように飛び回ってさえずった。
 そして午後の遅い時間、僕たちは北へ向かって飛び立った。毎日毎日、僕たちは飛んだ。飛んでいる最中に他の大きな群れと遭遇して合流したりもした。
 来る日も来る日も、僕たちは北へ向かって飛び続けた。食事のために止まりはしなかったよ、餌は全部飛びながら捕まえた。
 今では、僕たちの昼食はガやハエだ。またバッタを夕食にできる。僕たちが飛んでいる最中に、空にいても大丈夫だと信じていた愚かな虫たちは、餌として充分だったよ。
 僕たちはここに、ほんの二、三日前に着いたんだ。まだ充分暖かくはないけど、この納屋の日向側の(ひさし)の下は、とても快適だ。
 僕たちは巣を作って子供を育てるから、夏の間はとても忙しいんだ。わかるだろうけど、僕たちツバメは一羽では生きていけない。いつだって、ツバメは群れでいるからね。
 もし僕たちが、一組のつがいだけで過ごしたら、とても淋しく感じるだろう。だから、僕たちは君の家の納屋の(ひさし)の下に、村のように巣を作るんだよ」
「あなたたちは、とても変わった巣を作るのね」フィリスは言いました。「コマツグミの巣にもコガラの巣にも似ていないわ」


「ああ、実際、コマツグミもコガラもツバメのような巣は作らない。見てのとおり、僕たちは小川の岸辺から柔らかい泥を取って、それを小さなボール状に丸めてクチバシにくわえて運ぶんだ。そしてそれを、藁や草と混ぜる。こうすると具合良くまとまるんだ。これで外の壁を作って、それが終わったら、柔らかい草や葉で内張りをするのさ。
 この納屋の周りの庭には、ニワトリの羽がとてもたくさん落ちているのは気づいてるよ。ここから一番柔らかくふわふわな羽を選んで、巣の内張りをする予定さ。
 いずれ、僕の小さなつれあいが、泥でできた巣の上に座って、四個か、五個か、もしかしたら六個の小さな卵を産むんだよ」
「それは見れそうにないわ」フィリスはため息をつきました。「あなたたちの巣はとても高いところにあるんだもの。卵について話して」
「ああ、僕たちの卵は美しいよ」ツバメは言いました。「白いけど、うっすらとバラ色がかってるんだ。そして茶色や紫の綺麗な斑点があって、大きさは十九ミリぐらいなんだ。
 僕たちは可能ならこの夏に三回はヒナを孵すんだ。とっても、とっても楽しい時間になるよ!」
 こうして話す間も、ツバメは矢のように飛んだり、旋回したり、フィリスの周りを回ったりしていましたが、その飛び方はとても優雅でした。
「じっとすることはないの?」フィリスはついに尋ねました。「あなたたち、餌を食べるときも止まらないように見えるわ」
「止まらないよ」ツバメは、大きな青光りするハエを追いかけたあとで言いました。「飛びながら食べるんだ」それから、大笑いするかのような鳴き声をあげました。
「僕の食事はほぼすべて、飛んでいるときに行うのさ。誰にも苦情は言わせない――コマツグミがしているように――果物をダメにしてしまってるとはね。
 僕たちはいつだって果物は食べないんだ。一ダースの美味しい太ったハエのほうが、世界中のサクランボよりずっといいね!」
「あら」フィリスは笑いました。「わたしは一ダースの良く熟したサクランボのほうが、世界中のハエよりずっといいわ!」
「好みは人それぞれだからね」ツバメは言いました。
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