水辺の見張り番と共に

文字数 4,934文字


「お願い、ジャック」フィリスは頼み込みました。
「女の子は喋ってばかりだからイヤだよ」ジャックは答えました。
「話しかけたりしないわ――本当にしないから」
「じゃあ、もしお前が僕の釣りの邪魔をしたら――」ジャックは言いかけました。
「それに、お昼に食べるキイチゴも摘んでおけるし」フィリスは熱意を込めて言いました。
 そんなわけで、大きな日よけ用のボンネットを被った小さな女の子は、まだぶかぶかの麦藁帽子を被って、釣竿と釣り糸を手にした小さな男の子といっしょに、裏門を出て小道を下って行きました。
 約束どおりフィリスは何も言いませんでしたが、大きな茶色の目で注意深く辺りを見回しながら、ジャックのあとをてくてくと歩いていました。
 やがて、子供たちは水面がきらきらしている、澄んだ水を湛えた池へと到着しました。何もかもがなんと静かで、太陽を受けて輝いているのでしょう!
「もしお前が喋ったら、魚はびっくりしちまうからな」ジャックは偉そうにそう言いました。
「喋らないもん」フィリスはささやき返すと、唇を固く引き結んで、小さなため息をつきながら兄の隣に座りました。
 ジャックは釣り糸を垂らしました――フィリスはすごいなと思いながら眺めていました。ふたりはしばらくの間、そこに座って「食いつく」のを待っていました。
 それから、ジャックが釣り糸をさっと引き上げましたが、何か連れたと確信してというより、何かかかったかもと期待したからのようでした。
「ここに魚がいるなんて思ってないさ」ジャックはついにぼやきました。
 ですが、フィリスの輝く瞳はあるものを見つけたので、釣りのことも喋らないと約束したことも、綺麗に忘れてしまいました。
「見て!」フィリスが叫んで指差したのは、水にかかった倒れた木の幹でした。


 その枝に、鳥が止まっていました。コマツグミよりもかなり大きな鳥です。
 その鳥の頭には、頭の後ろのほうにかかるほど長い冠羽が立っていました。
 背中と、上半身のほとんどは青い色をしています。翼と短い尾には、白い斑点と縞が入っていました。
 下半身は白く、胸には二本の青い帯のような縞が入っています。
「あの子のクチバシ、頭より大きいわ!」フィリスは笑いました。「大きな頭に小さな脚、なんておかしいの! お兄ちゃん、あの子は誰?」
「カワセミだよ!」ジャックは答えました。
「何をしているの?」フィリスは尋ねました。
「魚を獲ってるのさ」ジャックは短く答えました。
 それから一拍置いて、ジャックはまた話し始めました。
「カワセミくんがあそこで見張りをしているんなら、確実に魚がいるはずだ。カワセミは魚獲りの名人なんだし。餌の魚がなかったら生きていけないんだ。両目の上にある白い点がわかるかい?」
 魚を狙っている相手が近くにいるのに励まされたジャックは、もう一度釣り糸を垂らして魚が食いつくのを待ちました。
 フィリスは鳥を見守っていました。突然、鳥は枝からぱっと落ちたように見えました。水の中に飛び込んだのです。
 羽ばたく翼と水しぶきが見えました――戦っているのです。それから青と白の羽根をまとった鳥は、また朽木の枝に止まりました。
 子供たちは熱心に見守っています。
 鳥は力強いクチバシに、うろこを光らせている魚をくわえていました。魚は必死になって暴れたりもがいたりしていましたが、逃げることは叶いませんでした。
「あんな大きな獲物、呑み込めっこないよ!」ジャックは釣りの最中なのも忘れて叫びました。「カワセミがヒメハヤを生きたまま丸ごと呑み込むのを前に見たけど、あの魚は呑み込むには大きすぎる!」
 ですが鳥は「大きすぎる」とは思わなかったようでした。そして魚を呑み込み始めました。そして半分ほど呑んだところで、喉が詰まってしまいました。
 鳥はむせながら獲物を吐き戻しました。ですが餌を食べなくてはならないので、少しも気落ちせず、すぐにまた呑み込もうとします。
 鳥はむせたり身をよじったりしました。ウロコとヒレがどうしてもつっかえてしまいます。魚をまた吐き出しました。
 四回――いえ、五回、鳥は魚を呑み込もうとしました。そして五回ともうまくいきませんでした。五回、魚のウロコが日差しを浴びて光りました。鳥の行動としてはとても変わっています。
「お昼ごはん食べるだけなのに、すっごい苦労してる」子供たちは笑いました。
 六回目の努力で、魚はなんとか鳥の胃に収まりました。
 青い翼をはためかせ、鳥は宙を飛び回りました。そして騒がしい羽音を立てながら、ふわりと子供たちの近くの枝に舞い降りました。
 また、鳥はじっと水面をみつめます。そしてまた、さっと飛び込みました。そして魚をくわえて戻ってくると、木にぶつけて仕留めました。
 ですが今度は、カワセミは魚を呑み込みませんでした。クチバシに魚をくわえたままさっと舞い上がると、優雅に飛んで行ってしまいました。
 子供たちはしばらく見守っていましたが、変わった青い鳥は戻っては来ませんでした。なのでジャックは、釣りをまた始めました。
「お前はお昼ごはん用のキイチゴを摘んでくるんじゃなかったっけ」ジャックは言いました。
「摘んでくるわ」フィリスは答えると、バスケットを手に取って、藪が茂っているほうへ向かおうとしました。
 そうして、ジャックはひとりで釣りをし、フィリスはキイチゴを摘みました。
 思ったとおり、藪には良く熟れた綺麗なキイチゴがどっさり実っていました。すぐに指先が赤くなり、バスケットの半ばまでキイチゴでいっぱいになりました。
 フィリスは兄のところに戻る途中、高い土手の近くを通りました。フィリスは柔らかな声でひとり歌っていましたが、そのときカワセミの騒がしい声がとても近くから聞こえました。
 カワセミはフィリスの目の前を、翼を大きく広げて優雅に通り過ぎて行きました。その力強いクチバシには、さっきとは違う魚をくわえています。
 フィリスを見たとき、カワセミはつかの間空中で完全に止まって、フィリスのほうを見ました。
 やがて、フィリスを怖がらなくてもいいと判断したのか、カワセミは小さな女の子を置き去りにして、土手の小さな穴へと頭から入って行きました。
「どういうこと!」フィリスは言いました。「どうして入って行ってしまったのかしら。ここで戻って来るのを待ってみよう」
 そして、フィリスは鳥が出てくるのを待ちました。戻って来たとき、フィリスはキイチゴのバスケットを差し出しました。
「キイチゴを少しいかが?」フィリスは言いました。「魚のウロコのせいで、喉がひりひりしてるに違いないわ。何度も何度も試してやっと呑み込めたんだもの。教えて、さっきの魚も喉に刺さったの?」
 カワセミは、喉の奥からくすくすという笑い声を立てました。
「僕はキイチゴは食べないんだ」カワセミは言いました。「いつも魚を食べるんだよ。たまには大きな虫やエビも食べるけどね、でも好きなのは魚さ」
「お兄ちゃんもよ」フィリスはそう言って、失礼のないようにしながら、日差しの中でじっと動かずに岩に座っているジャックへと目をやりました。
「どうしてあの穴の中で魚を食べたの?」
 カワセミは再びくすくすと笑いました。
「あそこは僕の巣だよ」カワセミは言いました。「つれあいがあそこにいるんだ。僕は魚をつれあいのところに持って行ったんだ。つれあいも僕と同じぐらい魚を食べるんだけど、ちょうど卵が孵っている最中でね、傍を離れられないんだ」
「あそこが巣なの?」フィリスは叫びました。「誰が作ったの?」
「つれあいと、僕だよ」それが答えでした。「このすてきな急斜面を見つけたのは、南から戻ったばかりの三月のときさ。
 僕は巣を自分だけで作り始めた。さっき君に気づいたときにしたように、空中でさっと止まるんだ。それからクチバシを柔らかい土に力いっぱい突っ込んだ。土くれが音を立てながら転がり落ちて、下の水面に落ちて行ったよ!
 土手に足がかりができるまで、ほんの少しの時間しかかからなかったよ! つれあいと僕はとても素早く働いたからね。すぐに僕たちの姿は見えなくなった」
「でも、どうやって掘るの――」
「ああ、このクチバシをご覧よ、フィリス。こいつで土を崩すのさ。そしてこの足で、土を後ろのほうへと掻き出すんだ。僕たちのトンネルはとても狭いから、このままだと向きを変えられない」
「どれくらい深いの?」尋ねながら、小さな女の子は大きな帽子を押しやって中を覗き込みました。
 カワセミはその言葉を聞いてなかったようでした。そのまま話を続けます。
「だいたい六十センチぐらい掘り進んだところで、僕たちは右に曲がった。それから僕たちは、クチバシで土を外へ捨てた。
 二羽同時には作業ができない。僕がトンネルを掘っている間、つれあいは魚を獲った。つれあいがトンネルを掘っている間は、僕が魚を獲った。ついにトンネルは二メートル半より少し短いぐらいの長さになった。
『これだけ掘れば安全よ』とつれあいは僕に言った。『これ以上掘るのはやめて、この一番奥に巣を作りましょう』
 僕たちは素敵な巣を作ったよ」鳥は続けました。「僕が小さなヒナたちに作る巣はとげとげなんだ。羽根やコケで内張りはしない。僕たちは注意しながら、魚の骨やウロコをトンネルの一番奥に積み上げた。その骨やウロコの上に、つれあいは六個の卵を産んだ。もう四羽のカワセミのヒナが白い殻を割って外に出てきた。残りもすぐに孵るだろう。
 僕は魚獲りに戻らなくちゃ。つれあいも僕も、ヒメハヤを獲ってヒナたちにあげなくちゃならないから、すごく忙しくなるんだ」
 騒々しい笑い声を立てながら、カワセミは池の魚を獲るのに適した場所へと飛んで行きました。
 フィリスはキイチゴの入ったバスケットを手に持ち、ジャックが釣竿を握って辛抱強く座っているところへと戻って行きました。
「ねえ、ジャック……」フィリスは話しかけようとしました。
「シーッ!」ジャックはささやきました。「話さないって約束したろ。魚をおどかしてしまうよ。女の子はいつも喋ってばかりなんだから」
「ごめんなさい」フィリスは言いました。「何匹釣れたの?」
「一匹も連れてない――でも何度かつついた感触はあったよ。太陽が雲の陰に隠れたら、もっとしっかり食いつくと思うんだ」
「お昼ごはんにしましょう」フィリスは頼んだ。「食べ終わるころには曇るかもしれないわ」
 食事をしながら、フィリスは兄にカワセミの巣とヒナの話をしました。食べ終わったとき、空は相変わらず青いままでした。
「ハルシオン日和だな」ジャックはもったいぶって言いました。
「それ、なあに?」そう言うフィリスは、知らない言葉に完全に戸惑い、半ば恐怖を感じていました。
「前に父さんから聞いたんだよ、ここで釣りをしていたときにさ。
 ずっと昔、人間がまだそんなに賢くなかったころは、たくさんの変てこなことを信じていたんだって。で、理解できないものについて、不思議なお話を作り上げたんだ。
 昔、カワセミはハルシオンって呼ばれていた。そして、カワセミの巣は海に浮かんでいるって信じてる人たちがいたんだ。
 それで、カワセミの卵やヒナが巣にいる間は、海は穏やかで良いお天気の日が続くってね。
 それからは、『ハルシオン日和』って言葉が聞こえてきたら、それが楽しくて幸せな時期だって意味だってわかるのさ」
「それなら」フィリスは笑いました。「今日はお魚は連れなかったけど、『ハルシオン日和』になるのね」
 それからふたりは家に向かって、川沿いの葦をかきわけ、小道をてくてくと下って行きました。
 道を行くすがら、青いカワセミがぱっと飛びぬけ、しわがれた笑い声を喉から立てていました。

訳者補足:原文はHalcyon Days もともとは冬至の前の穏やかな時期を差す言葉で、転じてジャックが言うように穏やかで平和な時期を差す言葉になりました。日本語だと小春日和が近い気がしますが、カワセミに絡めた意味が通じなくなるので、こういう形になっています。カワセミは卵を抱いているし、フィリスはキイチゴを詰もうともしているので、季節もどう考えても初夏ですし。
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