コマツグミの赤い胸

文字数 2,330文字

 北の国はとても強い寒さに襲われていました。氷はぶ厚く、雪は深く積もっていました。
 アザラシと白クマはとても幸せでした。どちらも氷や、雪や、切りつけるような北風が好きでしたし、毛皮は厚くて暖かかったからです。
 ある夜、大きな白クマが巨大な氷山のてっぺんに登っていました。白クマはその国の、はるか遠くのほうを眺めました。野は雪に覆われ、空には美しいオーロラがかかっていたので、昼と同じぐらい明るかったのです。
 白クマが眺める景色には生き物と呼べるものは、毛皮をみっしり着込んだわずかな動物と、陽気にさえずりながら古い骨をついばんでいる灰色のコマツグミぐらいしかいませんでした。
 もう一度、白クマは下のほうを見ました。氷山のふもとの近くに、猟師と幼い息子がいました。ふたりの間には、小さな焚き火が燃えています。
 白クマは猟師とその息子が焚き火を守ろうとしているのを見て、恐ろしい唸り声をあげました。そして、その氷山から別の氷山へと飛び移りました。そして、自分の住処である氷の洞穴へと戻ったときも、まだ唸っていました。
「あれはこの北の国の、ただひとつの火だ」唸りながら、白クマは独り言を言いました。「もし俺が自分であの火を消したなら、この雪と氷の国は俺のものになるだろう。
 猟師もその息子も、火がなければ生きてはいけない。チャンスが来るのを待とう。もしかしたら、数日のうちに、俺にツキがまわってきて、あの火を消せるかもしれない」
 この時期、北の国では数週間にわたって夜が続きます。この長い夜の間ずっと、猟師は焚き火を燃やし続けました。そしてその長い夜の間ずっと、白クマは近くに伏せて、低い声で唸っていました。
 とうとう、猟師は病気で倒れてしまいました。勇敢な幼い男の子は、焚き火を燃やし続けました。そして、病気の父の看病もしました。
 白クマは今では、とても近くまで這い寄ってきていて、唸り声もずっと大きくなっていました。
 白クマは濡れた足で火に飛び乗り、踏みにじってしまいたいと強く願っていました。ですが、できませんでした。男の子の燃えるような瞳が、きちんと見守っていたからです。猟師の矢は致命傷になりますし、男の子の狙いは正確でした。
 ですが、少しずつ、男の子は、長い時間の見張りに耐えられなくなっていきました。頭が下に垂れます。瞳が閉じました。そして、眠ってしまったのです。
 白クマの唸り声は、おぞましい笑い声のようでした。小さな灰色のコマツグミは、警告しようと大きな声でさえずりました。ですが、かわいそうな疲れ果てた小さな男の子の耳には、白クマの唸り声も、灰色のコマツグミのさえずりも届きませんでした。
 そして、白クマはさっと焚き火に駆け寄りました。冷たい濡れた足で踏みにじります。冷たい濡れたからだでその上を転がりました。明るい光は消えてしまいました。
 白クマが立ち上がったとき、そこにあったのは灰の塊だけでした。白クマがとても大きな声で笑ったので、男の子は飛び起きて、弓と矢をつかみました。
 ですが白クマは笑い声にも似た唸り声をあげたまま、洞窟へと逃げ去りました。白クマは、この極寒の北の国で、人間が火を無くしては生きていけないのを知っていたのです。
 こうして、白クマが行ってしまうと、小さな灰色のコマツグミが近くにやってきました。コマツグミの声も悲しそうでした。コマツグミが見たのも、自分の羽根と同じ色をした、灰の塊だけでした。
 コマツグミはさらに近くへとやってきました。コマツグミは冷えてしまった足の爪で、灰を引っかきました。そして、熱心にすべての燃え殻をその鋭い目で調べました。そして見つけたのです――小さな、まだ消えていない炭のかけらを。
 それは本当に小さな小さな火でした! 雪の一番小さなかけらが触れたら、即座に消えてしまうでしょう!
 小さな灰色のコマツグミは、冷たい風がその火に触れないように、傍に寄り添いました。そして、長い長い間、翼で優しくあおいでいました。
 灰色のコマツグミがとても近くへと寄ったので、炭が灰色の胸に触れました。そしてコマツグミが翼であおぐと、火は大きくなり、赤くなりました。コマツグミの胸も、炭の火が大きくなるに連れて、焼けて赤くなりました。
 ですが、美しい赤い炎が上がるまで、コマツグミは離れようとしませんでした。
 それから、コマツグミは真っ赤に焼けた胸のまま、飛び去って行きました。コマツグミはとても疲れていたので、その飛び方は弱々しいものでした。ときどき、コマツグミは地面に落ちました。
 コマツグミの赤い胸が触れた土地はどこでも、火がぱっと燃え上がりました。すぐに北の国全部に、小さな火によって明るく照らされ、北の国の人々は、食べ物を料理したり、衣服を乾かせるようになりました。
 白クマはというと、洞窟の奥の奥へともぐりこみました。そして、獰猛な唸り声をあげていました。決して北の国が自分のものにはならないのだと、知ったのです。


[1] Adapted from Flora J. Cook's "Nature Myths," by permission of A. Flanigan, Chicago.

訳者補足:この神話は北極圏の先住民族のもので、作中にはエスキモーという単語が登場しますが、この単語はいろいろと取りざたされやすいので、「北の国」としてあります。
 このコマツグミさんは女の子。コマツグミは雌もさえずるそうです。胸が燃えて無事だったかどうか、書かれてないのが辛い。童話『天の笛』で、冬を終らせるために太陽のカケラを取りに行ったヒバリのように死んでしまったのでしょうか。
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