雪の中

文字数 5,267文字




 それは良く晴れた寒い冬の日でした。霜が宝石のように雪の上で輝き、身を切るような冷たい風が北から吹いていました。
 フィリスは鮮やかな緋色のコートを着て帽子を被り、長くて暖かいレギンスを履いて、大変な思いをしながら、深い雪の中を歩ける道を探しつつ進んでいました。
 庭のフェンスの外では、雪がとても深く積もっていました。フィリスは苦労しながらそこを通り抜けると、フェンスに上っててっぺんの桟までたどり着きました。
 フィリスはそこにじっと座ると、雪の中を歩いて乱れた呼吸を整えました。
 と、そのとき、フィリスの頭の上のほうから、鋭い鳴き声が聞こえました。フィリスはとても驚いて、もう少しでフェンスから落ちてしまうところでした。
 もう一度鳴き声が、澄んでいて甘やかな鳴き声が長々と響き渡りました。フィリスが上を見上げると、ニレの木の枝に、陽気な小鳥が一羽止まっていました。
 小鳥は三度目の鳴き声と共に、フェンスへと舞い降りて、フィリスの近くに止まりました。
 小鳥はとても近くにいて、小さな女の子を明るく、好奇心いっぱいの様子で見つめたので、遊び相手を欲しがっているように見えました。
「あなたはだあれ?」そう尋ねるフィリスは、フェンスに止まった赤い鳥のようでした。
「チッカディー! チッカディー! チッカディーディーディー!」小さな鳥は鳴きました。フィリスが小鳥を誰なのか知らないので、笑っているようにも見えます。
「あらまあ、確かに」フィリスは言いました。「なんでわからなかったのかしら。百回はあなたと会ってるのにね。
 その黒い頭と喉を憶えていたら良かったのに。頬と首は白いのね。胸と両脇は淡い黄色。尻尾と翼はもっと濃い色で、白い縁取りがとってもお洒落だわ!」
 コガラはつかの間羽ばたくと、フィリスの声が親近感に溢れているのに気づいたようで、少しだけ近くに寄って来ました。
「ぼくの肩にある、大きな白い羽根に気づいたとは思えないな」コガラは言いました。「この白い模様を見れば、いつだってコガラだってわかるんだよ」
「その白い羽根には最初、気づかなかったの」フィリスは言いました。「でもあなたはすてきな綿毛をしているのにはすぐに気づいたわ。とても柔らかそう。そのおかげで冬はあったかくしていられるの? いったいどんな偶然があって、冬なのにここにいるの?
 あなたたちは、この季節には南の方にいるんだと思ってたわ、コガラさん! 家族はあとに残して来たの?」
「いいや、違うよ」コガラは答えました。「違うんだよ、フィリス! 僕の家族はみんな、冬もこの北の地にいるんだ。僕たちは冬に南へ飛んで行ったりはしないんだよ。
 この生まれた土地に残れてとても幸せだし、晴れた日になれば外へ出て、鳴きかわしたり歌ったりして楽しく過ごすんだ。
 ほんの三十分ほど前、何人かの男の子たちが、橇で丘を下って行った。僕はその子たちに呼びかけたけど、聞こえてなかったみたいだ。
 すぐに男の子たちは、橇を引きずりながら丘を上って行ってしまった。僕はもう一度、チッカディーって鳴いたんだ。
 するとね、『やあ!』って、青いピーコートを着て、青い毛糸の帽子を被った男の子が大声で返事してくれたんだ。『こんにちは、賑やかな小さいコガラさん! 晴れた日のお友達って呼んでるんだよ。こんな空気の澄んだ寒い晴れの日に、とても楽しそうに歌ってるからね』
『わお!』鼻に大きな引っかき傷のある、別の男の子が笑ったんだ。『先週のひどい嵐の日に、コガラがモミの木立ちを抜けて飛んで行くのを見たぜ。嵐の日でも楽しそうに歌ってたよ』その子は僕に向かって口笛を吹いて、鳴き真似をした」
「きっとジャックお兄ちゃんね」フィリスは笑った。「橇滑りをしていて、鼻を引っかいてしまったの。それに、嵐の日にあなたを見たって言っていたわ。お兄ちゃんはあなたと同じように冬が大好きなの。橇滑りができるほど雪が降れば、お兄ちゃんが歌ったり口笛を吹いたりするのが聞こえるわ。スケートをする日には、叫んでいるのが聞こえるでしょう。お兄ちゃんはいつも、ジャック・フロストは最高の友達だって言っているの」
「まったくだ」陽気で小さなコガラはそう言うと、おかしな様子でまばたきをしてみせた。「僕の兄弟たちも同じことを言ってるよ!」
「でも、こんな冬に食べられるものがあるの?」フィリスは尋ねました。「虫もミミズもみんな死んでしまったわ。朝ごはんには何を食べたの?」
「卵とね……」
「卵?」小鳥が最後まで言い終わらないうちに、フィリスは叫んでしまいました。「卵を食べたの?」
「うん、蛾の卵をね」小鳥は言いました。「蛾はいろんなところに卵を産み付けるんだよ。僕たちコガラはどこを探せばいいかわかってるしね」
「それって……美味しいの?」フィリスは尋ねました。
「美味しいよ!」コガラは答えました。「今までに百万個以上の虫の卵を食べたと思うな。でも、絶対に飽きないだろうね」
「どこで眠っているの?」フィリスは尋ねました。
「モミの木立ちだよ」それが答えでした。「たくさんの枝の間なら充分暖かいし、それに、起きたらすぐに朝ごはんにできるんだ。モミの枝には、あらゆる種類の卵や冬眠中の虫がいるんだよ」
 フィリスは自分の厚手の赤いレギンスから、コガラの淡い青の脚へと視線を移しました。
「脚は冷たくならないの?」フィリスは尋ねました。「あなたもレギンスが必要に見えるわ」
 コガラはぱたぱたと羽ばたきながら盛大にさえずり、それはフィリスはコガラが笑っているのだと気づくまで続きました。
「脚が冷たいってのが、どんな感じなのかわからないや!」コガラは言いました。「誰も僕にクリスマスプレゼントとしてレギンスをくれなくて良かったよ」
「あなたはどんなクリスマスプレゼントをもらったの?」
「桜の木の下で、雪のテーブルクロスの上に広げた、豪華なクリスマスディナーだよ!」小鳥は答えました。
「あら、じゃあうちの小鳥の宴会に来たのね?」小さな女の子は叫びました。「あなたみたいな小鳥のために、パンくずを撒いたのよ。お兄ちゃんは杉の木に骨付き肉をぶら下げたがったわ。こっちのほうが好みだろうって。本当に、ひとつはどこかにぶら下げたはずよ。見かけた?」
「ああ、見たよ、フィリス。僕たちは何日もかけて骨付き肉を全部ついばんだよ。あれはとても美味しかったね」
「お兄ちゃんの読んだ本に、あなたたちは骨付き肉をついばむのが大好きだって書いてあったんですって。それが本当だって知ったらきっと喜ぶわ!」
「ありがとうって言ってあげてね」コガラは言いました。「僕たちを憶えていてくれて嬉しいよ」
「あら」フィリスは言いました。「でも、他の鳥たちが暖かい土地へ飛んで行ってしまっても、あなたたちはここに残って明るい歌で励ましてくれるわ。
 でも、コガラさん、あなたたちは冬の間とても陽気で楽しそうだけど、夏の間のほうが本当は幸せだったりしないの?」
「ああ、僕らは夏はとても忙しいんだ」コガラは答えました。「この前の五月、僕は何キロも何キロも旅をして、空き家を探していたからね」
「空き家を探していたですって?」フィリスは大声でそう言って、茶色の目を見開きました。
「家族を持つためさ」コガラは答えました。「ほら、僕もつれあいも、まだ家庭を持ったことがなかったんだ。つれあいは、一番ぴったりの場所をみつけられるかどうかってとても心配していたよ。
 つれあいはキツツキの巣穴こそ最上の場所だって言ったんだけど、僕はリスの穴のほうが好みだったんだ。
 長い間、僕たちはどっちもぴったりの場所を見つけられなかった。だけどついに、つれあいが大きな声で呼ぶのが聞こえた。僕はすぐに傍へと飛んで行ったよ。
『なんだい?』って、僕は叫んだ。
『見て!』つれあいはそう叫ぶと、クチバシで指し示しながら、大喜びで翼をぱたぱたと羽ばたかせた。
 林のちょうど真ん中に、灰色の古い柵が走っていた。ニオイニンドウや野生のホップにすっかり覆われてしまっていてね。柵の支柱は、コケに覆われていないところは灰色だった。
 その灰緑の支柱に、以前につがいのキツツキが巣を作ったようで、穴が開いていたんだ。
『私たちの巣には、ここが一番よ!』つれあいは叫んだ。『私たちが自分で穴を掘っても、これ以上のものはできないわ』」
「そうなの?」フィリスは尋ねながら、小鳥の小さくて短い黒いクチバシを見ました。
「必要とあればね、実際」コガラは答えました。「でも、自然にできた木の洞を探すのがほとんどだよ。でなきゃ、リスかキツツキのいらなくなった巣だね。
 僕たちはそこに決めるとすぐ」小鳥は続けました。「内装を整え始めたんだ。ステキな草や柔らかい羽根を運び込んでね。巣を柔らかくするために、コケやウサギの毛も役立った。
 僕たちにとって、それは本当に幸せな日々だったよ。わくわくする日々でもあった。とても気をつけて、誰にも僕たちのしてることを知られないようにしていた。
 あるとき、僕はコケのかけらをクチバシにくわえて飛んでいると、男の子がひとり草の上に寝転んでいるのが見えたんだけど、その場所は僕たちの柵の支柱からそんなに離れていなかった。秘密を知られずに作業を続けるのは無理そうだった。男の子というものは信用できないからね。
 僕は柵に止まって、巣作りなんてしませんよという振りをした。
 すぐに、つれあいが柔らかな鳥の綿毛をくわえて飛んで来た。僕は警戒の声を出したから、つれあいは僕のところへすぐに飛んで来たよ。
 すると、男の子は静かに小さな妹を呼んだんだ。
『すぐに来いよ』男の子は言った。『鳥が巣を作っているところを見たいのならね』
 黒っぽい瞳の小さな女の子が、男の子の隣へと足を忍ばせてやってきた。僕たちはどうしたらいいかが、ほとんどわからなかった。でもすぐに良い考えが浮かんだんだよ。僕は一番上手な歌を歌い始めた。それから一番面白いと思える芸も疲労したよ。何度もくるくる回ってみせた。柵の桟の間にさっと飛んで行って、そこでも回ったよ。
 子供たちは楽しそうに僕の芸に見入って、すぐにつれあいのことを忘れてしまった。子供たちが自分を見ていない間に、つれあいは巣へ飛んで行って、羽根で巣を整えた。
 つれあいが戻ってくると、僕の代わりに柵へと止まった。つれあいと僕はとても良く似ているんだけど、つれあいは僕ほど機敏には動けない。でも、子供たちは僕たちが入れ替わったのに気づかなかった。
 子供たちがつれあいを眺めている間に、僕はコケのかけらを巣へと運んだ。
『かわいそうに!』僕たちがたがいに笑いながら飛んで行くとき、小さな女の子はそう言っていた。『あの子たちちょっとここで遊んで行ったから、巣作りのためのコケのかけらや羽根を無くしてしまったわ!』
『チッカディー! チッカディー! チッカディー!』僕とつれあいは、楽しそうにそう鳴き返したよ」
 話を聞いている間、フィリスの目は大きくまん丸に見開かれていました。
「まあ」フィリスは言いました。「柵の上で踊っていた鳥は一羽だけだってずっと思っていたわ。もう片方は飛んで行ってしまったんだって思ってたの!」
「何しろ、僕とつれあいはそっくりだからね」コガラは答えました。
「でも、少しあとの日にあなたたちの巣は見つけたわ」フィリスは言いました。「小さな白い卵が六個あって、どの卵も赤い斑点がたくさんあったわ。わたしたち、卵が孵るまで毎日巣を見に行っていたの。それからは一日に何度か見に行っていたんだけど、ある日、ヒナ鳥たちが出て来て飛んで行ってしまって、巣は空っぽになったわ」
「でも君は、僕たちの邪魔をしなかったからね」コガラは言いました。「最初、僕たちは死ぬほど怖かったんだよ」
 ちょうどそのとき、大きな雪の塊がポン! とフィリスの赤い帽子にぶつかりました。
「お兄ちゃん!」フィリスは叫ぶと、フェンスをつたって降りて、鼻にひっかき傷のある男の子のほうへと走って行きました。「お兄ちゃん、わたしも橇に乗せて!」
 それから、フィリスは振り向きました。コガラは今では、木の上に止まっていました。
「奥さんに伝えて」フィリスは叫びました。「午後には、パンくずと穀物の粒を白いテーブルクロスの上にもっと撒いておくって。別の骨付き肉も杉の木に吊るしておくから!」
「チッカディーディーディー!」小さな小鳥は大きな声で鳴くと、嬉しそうに飛んで行きました。

訳者補足:コガラ(正確にはアメリカコガラで、日本のコガラとは違う品種)は英語ではチッカディーという名で、鳴き声がそのまま名前になったものと思われます。だから鳴き声を聞いてフィリスは目の前にいるのがどの鳥なのかわかったのですが、日本語だと表現のしようが……。
 ただ、このために鳴き声動画を探したんですが、チッカディーとは聞こえないんですよねえ。日本のコガラはツーヒーヒーと鳴くそうですが、これもそう聞こえない……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み