牧場にて

文字数 4,038文字



 もしも、ジャックの大きな黒い犬のネロが、フィリスのお人形をくわえて走って行ってしまわなければ、これから書かれる物語は起きなかったでしょう。
 そうして、ネロは飛び跳ねるように牧場を真っ直ぐに突っ切って行き、フィリスはお人形を無くしてしまうのではないかと怯えながら、甲高い叫び声をあげてネロのあとを走って追いかけました。
 ネロは遊んでいただけのようで、じきにお人形を落とすと走ってどこかに行ってしまいました。フィリスは自分のものを取り戻し、道を引き返し始めましたが、そこへ一羽の鳥が足元の草の中から、奇妙なブーンという音と共に飛び立ちました。
 フィリスは鳥を見上げ、それから鳥が飛び立った場所を見下ろしました。
 もう少しで、フィリスは鳥の巣を踏んでしまうところだったのです。この牧場にあるヒバリの巣は、フィリスが今まで見つけてきたどの巣とも似ていません。実際、かろうじて巣に見えるかなというものでした。
 ですが巣を見てフィリスは、こんな場所に巣を作るヒバリは、なんて賢いのかしらと思いました。
 こうして偶然巣を見つけていなかったら、一日中探し回ったとしても、巣を見つけられなかったでしょう。
 巣は平たくて、地面に直接作られていました。背の高い牧草が周りをぐるりと取り巻き、上にしなだれかかっています。巣自体も草でできていました――フィリスにはそれが、とても無用心な巣に見えました。これでは卵はやすやすと外に転がり出てしまうでしょう。
 中には四つの綺麗な楕円の卵がありました――フィリスが見つけた中で、一番大きな卵です。その長さはたっぷり四センチほどで、バラ色がかった白に、赤茶色の斑点がたくさん散らばっていました。
 フィリスが身動きせずに座り続けていると、母鳥はそっと巣に戻ってきました。丁寧に草でできた巣の上に乗ると、クチバシで卵を自分の柔らかいお腹の羽根の下へと移動させました。
「なんて用心深いのかしら!」フィリスは感極まりました。「卵を割ってしまう危険は少しもないのね」
 茶色い鳥は驚いてぱっと立ち上がると、不安そうに柵のほうを見ました。フィリスはこの鳥がまた飛んで行ってしまうのではと思いました。
「ああ、行かないで」フィリスは大声で言いました。「傷つけたりしないわ! 本当にあなたの邪魔をするつもりはないの!」
 マキバドリはもう一度柵を見て、それからまた大切な卵の上に座りました。
「どうしてそんなにしょっちゅう柵のほうを見るの?」フィリスは尋ねました。
「あの柵の上に止まっている鳥が見えないのかしら?」鳥は尋ね返しました。
「見えるわ」フィリスは答えました。「あそこで何をしているの?」
「見張りよ」鳥は答えました。「危険なものが来ないか見張っているの。あの鳥が警戒の声を出したら、群れのみんなは危険が近づいてるってわかるの。
 見張りの警戒の声が聞こえてきたら、私たちはいっせいに飛び立つ。高く高く飛んで行くのよ。私が一瞬草のてっぺんを掠めて飛んだあと、空高く舞い上がったのを見なかった?」
「ええ」フィリスは答えました。「あなたがヒバリだってわかったのは、さっきブーンって音を立てながら飛んで行ったからよ」
「あら、でも私は実を言うとヒバリの仲間じゃないのよ」鳥は言いました。「私はマキバドリっていう鳥で、実を言うとムクドリモドキの仲間なの。ハゴロモガラスも同じ仲間に入るわ。ツリスドリも私たちの仲間で、ムクドリモドキと同じように木から変わった形の巣をぶら下げているわ。
 ムクドリモドキは自分たちの巣を編む技術をとても誇っているんだけど、あれはヒナを育てる場所としては危なすぎるって思ったほうがいいわね。私のヒナたちは、決して巣から落ちて怪我をしたりしないもの。
 そして同じように、開けた場所に巣を作る鳥の気持ちもわからないわ。
 私の巣は草で隠してある。生えてきた草が自然にカーブして、こんなふうに巣を隠してくれる場所を見つけるときもあるし。
 草の葉から取った綿毛のような細い繊維で、巣を隠してくれる屋根のようなものを編むときもあるわ。
 この小さな巣に戻るための小道があるのには気づいたかしら?」
「いいえ」フィリスは言いました。「草をかきわけて戻ってきたんだと思ったの、それが一番簡単だから」
「気をつけて見ていれば」言いながらマキバドリは、自身の茶色い羽根をせっせと羽づくろいしています。「とってもとっても気をつけてみていれば、私の巣へと直通する小道が見えたはずよ」
 フィリスは身を屈めると、草の茎の間をじっと透かして眺めました。本当に、そこには小さな曲がりくねった小道があって、完全に今までの視界からは隠れていました。小道はマキバドリの巣に真っ直ぐ通じています。
「あなたは本当に素晴らしい小鳥ね」フィリスは大きな声で言いました。
「そんなにしないうちに、とても素晴らしいヒナたちが孵るのよ」マキバドリは誇らしげに言いました。
「危険から隠れていられるからとても安全ね」フィリスは言いました。
「それが」頭を振りながら、母鳥は悲しそうに言いました。「確かに、私は他の仲間たちよりは安全な巣を作っているわ。でも、残念なことに、マキバドリも完全に危険とは無縁じゃないのよ」
「わたしが巣を踏んでしまったかもしれないってこと?」フィリスは言いました。
「ええ」鳥は答えました。「でも私が一番怖いと思うのは野ネズミとヘビよ。あいつらにみつかった巣はとてもひどい目に遭うの。こっそり忍び込んでくる大きなヘビに、たくさんのヒナたちが食べられてしまった。そしてお腹を空かせた小さな野ネズミたちに、たくさんの綺麗な卵が食べられてしまったわ」
「あなたの小さなお家に恐ろしいものが来ませんように」フィリスは言いました。「あなたを危険から守っているものがもうひとつあるのに気づいたわ」
「それは何かしら?」マキバドリは尋ねました。
「その羽根の色よ」
 マキバドリは、ちょっと驚いた様子で頭をあげた。
「私の羽根の色と危険にどういう関係があるのかしら?」マキバドリは尋ねました。
「どうって」女の子は奇妙な賢さを感じさせる様子で言いました。「あなたの茶色い羽根は、あなたが卵を抱いたり餌を食べたりする周囲の草や株の色と同じだって気づいてないの?」
「ええ、そうね」マキバドリは言いました。「私の背中は茶色くて、その縁は茶色がかった白よ。草の茎にとても似ているわ。そして黒と茶色とクリーム色の縞が入っている。これは先の尖った草の葉と似ている。
 私の喉と胸は黄色で、これは餌場の刈り株に似ている。フィリスちゃんはびっくりするほど賢いのね」
「胸にある黒い三日月形の模様はとても綺麗ね」フィリスは言いました。「あなたを初めて見たとき、まずそこに目が行ったわ」
「私の頭に入っている茶色い縞は見てくれた? ちょうど目のところを横切っているの」
「あなたはとても綺麗だと思うわ」フィリスは言いました。
「まあ、でも私のつれあいを見るべきね」マキバドリは言いました。「つれあいのほうが私より美しいの。並んで歩くと私の羽根はぼやけた色合いに見えてしまう。秋がくれば、もっと鮮やかな色合いに戻るんだけど」
「ちっちゃなヒナたちには何を食べさせるの?」
「教えてあげたら、この場所を選ぶのが賢い選択だってあらためてわかると思うわ。
 ここは草の種がいつも落ちてくるから、ヒナたちは決してお腹を空かせたりしないの。甲虫やミミズやアリも、いつも近くを歩いて行くわ。蛾や蝶も、いつも都合の良い場所に卵を産みつけるし。知っているでしょうけど、卵から蛾や蝶の状態で孵るわけじゃないの。孵ったばかりのときは、みっともない小さなイモムシや毛虫なのよ」
「ええ」フィリスは言いました。「知っているわ」
 マキバドリは、卵を自身の柔らかな茶色い羽根で丁寧に包み込みました。
「嬉しいわ」マキバドリは言いました。「私の卵から出てくるのがイモムシじゃなくて。もしそうだったら、私も自分の子供を蝶と同じように扱ってたかもしれない。蝶って、自分の子供のことをまったく知らないのよ」
「本当にそのとおりね」フィリスは言いました。「聞いたことがあるわ」
 マキバドリは低い鳴き声をあげ、そわそわした様子で尾羽をぱたぱたと動かしたので、縁の白い羽根が見えました。
「あなたのその澄んだ甘い鳴き声を久しぶりに聞いたわ」フィリスは言いました。「あなたはもうきっとうちの牧場にはいないのねって思ってたの。あなたの声はどの鳥よりも綺麗だわ」
「そんなことないわ、私たちは当分この牧場からいなくなったりしないのよ、フィリス。秋になったら私たちは家族で群れに加わってしばらく沼地へ行くけど、そのうち戻って来るの。マキバドリは南のほうで冬を過ごしたりもするけど、でもたいてい、生まれ故郷の牧場で一生を過ごすものなのよ」
「じゃあ、またわたしに歌ってくれる?」小さな女の子は尋ねました。
「ええ、喜んで」マキバドリは答えました。
「私たちが春によく歌っていたのを憶えている? 今は巣のことで頭がいっぱいだから、歌う時間はほとんどないの。でももっと時間が経って、ヒナたちが自分で生きていけるようになったら、喜んでまたあなたに歌ってあげるわ」
「聞かせてもらうね」フィリスは言いました。「そして、私はもう行かなくちゃ。お母さんが呼んでいるの。さようなら、マキバドリさん!」
 そしてマキバドリは自分の巣から、低い鳴き声で別れを告げたのでした。

訳者補足:英語ではヒバリはラーク、マキバドリはメドウラーク(牧場のヒバリ)なので、同種っぽく感じるのですが、訳すとわかりづらいです。
 原文ではマキバドリは「私はクロウタドリの仲間」と言っているんですが、現在の分類ではマキバドリはムクドリモドキ科なので、そこは変えました。後半の台詞も「ムクドリモドキも同じ仲間で」なのですが、単語がかぶるため、同種で似た生態のツリスドリを加えてあります。
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