第28話「過去の自分を助ける。」

文字数 715文字

 僕は大学院に進んだ。その1年後に彼女は大学を卒業すると、児童養護施設に就職した。お互いに忙しくなり会う頻度は減ったが、やはり不安はなかった。
 僕らはたまに会うと、いつも通り犬の散歩をしたり、公園でただ座って過ごしたり、彼女の家で寝たりした。

 ある日、2人で手を握りながら定番の川沿いを歩いていた。
「君は社会人の先輩だね。」
「まだ1年目だけれどね。」
「児童養護施設で働くのって大変?」
「楽な仕事ではないと思うけど、学べることも多いわ。」
 彼女は儚げに微笑んだ。

「子どもは好き?」
 僕は何となく聞いてみた。
「うーん。」彼女は自分の手を見つめながら返答を考えた。「“子どもが好きか”と言われると正直まだ分からないわ、申し訳ないけれど。でもね、施設にいる彼らと接していると、1人で公園のベンチから世界を眺めていたあなたを思い出すのよ。本当は優しい心を持っているけど、心を閉ざしてしまっているような目をしていたあなたを。
 だから、あなたと同じように彼らのことも支えてあげたいとは思っているわ。昔の私達を助けるような気持ちでね。」
「やっぱり君は素敵だよ。」

 1年後。僕は放課後デイサービスへの就職が決まった。それから大学院を卒業し、臨床心理士の資格を取った。そのお祝いに彼女がレストランで食事をご馳走してくれた。
「放課後デイサービスって、困っている子ども達を支援する仕事よね、私も大学で習ったわ。どうしてその仕事を選んだの?」
「君と同じ理由だよ。」
「やっぱり私達って似てるわね。」
「そのようだね。」
「心の痛みを知っているあなたなら、きっと立派な支援員さんになれるわ。」
 帰り道、彼女は夜空を見上げながら言った。

「ねえ、一緒に住みましょう?」
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