第8話「僕と彼女の共通点」

文字数 1,433文字

「私のこと嫌いにならないでね?」
「どうしてそんな事を聞くの?大丈夫だよ。」
 彼女は心の準備を整えてから続けた。
「あなた、毎日あの自動販売機で缶コーヒーを買ってから帰ってるでしょう?」
「知ってたんだね。」
「いつも丁度タイミングが同じで、毎日あなたがブラックの缶コーヒーを買った後に私がカフェオレを買っているの。」
「そういうことだったのか。」

「それで私はカフェオレを買った後にね、学校の近くにある静かな公園に行くの。ただベンチに腰かけて雲を眺めたり、風を感じたりして何も考えずに過ごすのよ。」

「僕と同じだ。」

 彼女は毎日僕が行っている公園で、僕と同じように過ごしているらしい。僕は放課後の公園を思い出そうとしたが、野良猫以外は何も見えてこなかった。

「そこで私と同じように“ただ座って世界を眺めている”あなたを見かけたのよ。」
 こんなに魅力的な女の子が毎日同じ公園にいたのに全く気付かなかった。僕は本当に何も考えず過ごしていたらしい。

 彼女は自分の髪を触りながら そわそわしていた。
「怒らずに聞いてね?」
「うん、大丈夫だよ。」
 彼女はカフェオレを一口飲んでからゆっくりと深呼吸した。

「公園のベンチに座っているあなたは悲しい目をしていたわ。世界に色がないような、生きる意味を失っているような。私の目にはそう映ったの。」
 彼女は下を向いた後、恐る恐る僕の顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい。失礼なこと言って。」
「いいんだ。実際その通りだよ。」
 彼女はさらにカフェオレを一口飲んだ。
「あそこの公園には野良猫がいるでしょう?」
「近所のおじいさんが勝手にエサをあげてるんだ。本当は良くないんだけどね。」
 彼女は儚げな顔でカフェオレのグラスを見つめた。
「いつもは心を閉ざしているような表情のあなたが、猫と触れ合う時だけは優しい目になっていたわ。そしてあなたは猫に話しかけていた。内容は分からないけど、謝っているようにも見えた。その時に思ったのよ、あなたは優しい心を持っている人だって。前に内緒と言ったのはこの話。」
 彼女は顔を赤らめながらカフェオレを飲んだ。
「そうなんだ。でもどうして内緒だったの?」
「だってストーカーみたいじゃない。陰から一方的に見てるなんて。」
 彼女は一瞬だけ僕の目を見てから再びカフェオレを飲んだ。

 僕はなんとなく彼女に聞いてみた。
「動物は好き?」
「好きよ、犬も猫も。」

 2人とも飲み物が空になったところで店を出ることにした。僕が奢ろうとしたが彼女はそれを許してくれなかったので、2人で半額ずつ会計を支払ってから店を後にした。
 僕らは外の空気で深呼吸すると、駅とは反対の方角に自然と歩き始めた。
「これからどうする?」
「このまま歩いてみましょう。どこかに着くまで。」

 僕らはしばらく黙ったまま並んで歩いた。たまに僕と彼女の手が触れると、その度に鼓動が速くなった。僕は彼女の手を握りたくて仕方なかったが、できなかった。同じようなシーンを恋愛ドラマで見たような気がする。

 いつの間にか知らない住宅街に着いた。左右には全く同じ見た目の団地が鏡合わせのように向かい合い、その間には一本の真っすぐな歩道がどこまでも続いていた。道の真ん中には大きな木が一定の間隔で植えられており、空を覆うほどに茂った葉が緑のアーケードを作っていた。
「こういう道って素敵よね。終わりがないみたいで。」

 彼女はどこまでも続く道の先を見つめながら話し始めた。

「私の母はね、動物保護施設で働いているの。」
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