第1話「生きる意味」

文字数 1,053文字

『人は不完全だからこそ美しい』

 子どもの頃にそんな言葉をどこかで聞いた。今になってみればその意味も分かるような気がする。


――――――――――



 僕の家には12匹の猫がいる。というのも、両親が自宅の1階部分で猫カフェを経営しているのだ。

 そんな家庭で育った僕は、営業時間外に店の猫たちと遊ばせてもらった。そんな生活は誰もが幸せと感じ、憧れの対象になるだろう。

 僕は10歳になり、色んなことに興味を持っていた。

「この猫たちはペットショップで買ったの?」と僕は何げなく母に尋ねた。

「いいえ、違うのよ」

「じゃあ、どこからやってきたの?」と僕は続けて尋ねた。

「そうねえ…」と母は口ごもり、あごに手を当てた。「道を歩いてると、野良猫さんを見かけるでしょう? そういう子たちよ」

「みんな道で拾ってきたの?」

「うーん」と母は(うな)り、僕の頭を()でた。「まあ、そんな感じよ」

 母が言葉を(にご)したことは幼い僕にもわかったが、それ以上は聞かないことにした。

 母はごまかすように、いつも以上に家の掃除に力を入れた。

 後日、閉店後の1階で両親が話している声が聞こえた。彼らは動物保護施設について話していた。難しそうな内容だったが、1つだけ理解できたことがある。

『殺処分』

 それはつまり―――人のせいで、動物が―――ということだ。

 僕は胸が締め付けられ、目からは涙が(あふ)れ出た。泣きわめく僕に気づいた両親が(あわ)てて駆け寄ってきた。

「もしかして、聞こえてたの…?」と母は言って、僕の(ほお)に手を添えた。

「どうして、動物が……」

 母は僕を強く抱きしめ、「ごめんね…」と何度も(ささや)きながら、優しく頭を()でた。両親も一緒に泣いていた。

 こうして僕は生きる意味を―――生きる気力を失った。

 動物がひどい目に遭う、こんな世界で生きる価値なんてないと思った。そう考えないと自分を保てなかったのだ。

 その後も偽物の世界で時が流れた。僕はロボットのように、ただ学校に行き、先生の話を聞いて、決められた給食を食べたりして家に帰った。まるでタイムリープをしているかのように同じ日々を繰り返した。

 友達がいない僕は帰宅してもすることはなかった。人のいない公園に出かけてはベンチに腰かけて、ただ空を眺めて過ごした。

 家の猫カフェから持ち出したエサを足元に置き、近寄ってきた野良猫を撫でたりもした。僕は猫を撫でながら「ごめんね」と言うのが癖になっていた。

 僕は教師に勧められた普通の高校に入り、“いつも通り”の時間が川のように流れていった。

 僕は高校三年生になり、彼女と出会った。
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