第29話「鼓動は速まるばかり」

文字数 813文字

 僕らは同棲を始めた。

 ある日、2人でソファーに座りながらテレビを見ていると、有名人の夫婦が出演していた。彼女はテレビに目を向けたまま何気なく僕に尋ねた。「結婚ってどう思う?」

 僕は突然のワードに戸惑い、鼓動が速まった。「どう思うって?」

「“何のためにするか”とか」

「それはまあ、永遠の愛を誓うとか、そういうものじゃない?」

「へえ~」と言って彼女はクスリと笑い、僕の顔を(のぞ)き込んだ。「あなたってロマンチストなのね」

「いや、そういうわけじゃなくて!一般的にそうだという話で……」

「恥ずかしがらなくていいのよ」と言って彼女は頬をつつき、僕の肩に頭をもたれた。「私のこと愛してる?」

「愛してるよ」

「私もよ」

 僕らは熱く口づけを交わし、いつもより長い時間をかけて愛を確かめ合った。まるで全ての物が僕らのために存在しているような気分になった。

 2人並んでベッドに横たわっていると、彼女は(ちゅう)に浮かせた左手の甲を眺めた。

「結婚指輪ってするべきだと思う?」

 再び僕の心臓は激しく鼓動した。「それはまあ、人それぞれじゃないかな」

「あなたのご両親は指輪してたかしら?」

「そういえば、してなかったな」

「私の両親もしてなかったわ」と彼女は言って、僕の手に指を絡めた。

「何か理由はあるのかな?」

「どうなんだろう…」と彼女は言った。「ねぇ、子どもは欲しい?」

 彼女は躊躇(ためら)いなくこういう話をしてくる。そのたびに僕の心拍数は上がり続ける。いつか倒れそうだ。

「君は子どもが欲しいの?」

「うーん」と彼女は(うな)った。「自分でも分からないわ」

 しばらく2人とも黙って子どもについて考えた。

「もし生まれてきた子どもが“私達のような経験”をしたらさ、それでも幸せだと思う?」

「どうだろう」と僕は言った。「何とも言えないな」

「私も、わからないわ」

「ただ、そんな経験をして君と出会えた僕はすごく幸せだよ」

「私もよ」彼女は言って、僕の頬に唇を当てた。

 僕らはそのまま愛を育んだ。
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