第9話「私は絶望した。」

文字数 1,372文字

「私の母はね、動物保護施設で働いているの。家では5匹の犬を飼っているわ。雑種が3匹、柴犬が1匹、それからハスキー犬が1匹。みんな母が勤めている施設から引き取った子達よ。
 他にもいたんだけどね、元々弱っていたから早くに亡くなってしまったの。でも狭い檻の中で一生を終えるよりは良かったのかなって。そう信じたいわ。今ごろ元気にしてるかな。」
 彼女の声は震えていた。

「たくさん犬がいるから家の中は騒がしいし、私だけで散歩する時は3回に分けて行かなきゃならないから大変だけど、そういった苦労も含めて幸せのうちだわ。
 そんな家庭で育った私は小さい頃から動物を好きになった。動物と触れ合うため、両親には色んな場所へ連れて行ってもらったわ。
 その中でも特に好きだったのが、13匹の猫さんがいる素敵な猫カフェよ。店員のご夫婦は私のことをとても可愛がってくれて、親戚の家に遊びに行くような感覚で何度も通ったわ。
 店員のご夫婦には私と同じ年の息子さんがいると話していた。それがあなただと知ったのは最近の話よ。」
 彼女は僕の顔を一度見てから再び前を向いて話を続けた。

「10歳の時に小学校でね、“親がどんな仕事をしているかインタビューする”という宿題があったの。私は動物保護施設で働いている母にインタビューすることにしたわ。」

 8年前。

「お母さんはどういう仕事をしてるんですか?」
 私は手にマイクを持っているような動きをしながら母に尋ねた。
「困っている動物達を助ける仕事よ。」
「どんな風に困っているの?」
「そうねえ。」
 母は口元に手を当て、目を泳がせながら言葉を探していた。
「ごめんね。お母さんもよく分からないのよ。私の話では作文が書けないだろうから、一緒にお父さんのところに行って聞いてみましょう。」
 母が作り笑いをしていることは幼い私にも分かった。それ以上は何も尋ねずに、私は父がやっている建設業についての話を学校で発表した。

 そして現在に戻る。

「“動物はどんな風に困っているの?”という問いかけに答えてくれなかった事が、私の心に引っかかっていた。
 数日後、私は両親が留守の間に母の部屋へ忍び込んだ。いけないことだとは分かっていたけど、知的好奇心が旺盛だった子どもの私はその答えをどうしても知りたかったのよ。
 本棚には難しそうな書類が沢山あって、その中から適当に1つを選んで手に取った。開いてみると難しい言葉ばかりではあったけど、10歳の私にも1つだけ分かったことがあるの。

 殺処分

 人のせいで動物達が殺されている。

 私は絶望した。涙が溢れて止まらなくなった。
 彼らは普通に生きたいだけなのに、どうしてそんな目に遭わなければならないの?動物だって私達と同じ命なのよ?
 もしかして、毎日食事をしてる私も同じことをしているの?そう思った私はトイレに行って嘔吐した。

 私は耐えられないほど苦しくなって、こんな汚れた世界で生きる意味なんて無いと思い始めた。自分を含めて全ての人間を憎んだ。私はここにいない、これは現実じゃないんだと思うようにした。そうしないと自分が自分でいられないような気がしたのよ。

 それからは何もかもどうでも良くなって、死が訪れるまで何も考えずに大人しく待とうと思うようになった。」
 彼女の話が終わったところで2人とも立ち止まった。

 僕は泣いていた。
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