第5話「デートの誘い」

文字数 1,181文字

「ねえ。今度の土曜日、一緒に出かけない?」

 彼女は僕の目を見つめながら言った。これは“デートに誘われた”と解釈して良いのだろうか。そう考えるうちに顔が焼けるほど熱くなった。
「構わないよ。」
「良かった。ありがとう。」
 彼女は下を向きながら微笑んでいた。ちなみに今日は水曜日なので、約束の土曜日は3日後だ。
「気になっていた喫茶店があるんだけど、1人では入りづらくて。」
「他の友達とじゃなくていいの?」
「うん、いいの。それに友達は」
 その後は声が小さくて聞き取れなかった。

「今日もありがとう。また明日ね。」
「うん、また明日。さっきは本当に悪かった。」
「だから、もう謝らなくていいって言ったでしょう?」
 再び頬をつつく。僕はまた「ごめん」と言いそうになったが、ぎりぎりで言葉を飲み込んだ。
 彼女はバスに乗り込むと、今日も一番後ろの席に座り、僕に向けて小さく手を振った。やはり以前よりも素敵な笑顔だった。

 次の日、彼女は学校を休んだ。

 泣かせてしまった自分のせいかもしれないと思ったが、あの優等生である彼女がそれで学校を休むとも思えなかった。僕は何も考えないようにした。

 そして翌日の金曜日。喫茶店に行く約束をした土曜の前日だ。教室に入るなり彼女の席を見てみると、今日は学校に来ていたので僕は安堵した。彼女はいつもより多くの男女から周りを囲まれながら、昨日欠席したことを心配されていた。大勢の声が飛び交う中でも彼女の言葉を聞き逃すまいと、僕は耳を澄ましていた。
「心配かけてごめんなさい。微熱が出ていたけれど、もう治まったから大丈夫よ。」
 いつも通りの笑顔でクラスメイトと接している姿を見ると、改めて安心した。

 その日は休み時間に廊下で彼女と会ったが、向こうは ろくに目も合わせず軽く会釈する程度だった。
 次第に僕は"土曜日に彼女と喫茶店に行く"という約束が現実なのか分からなくなった。メッセージにもカレンダーにも記していないので確かめようがなかった。しかし、それも今晩になればわかることだ。もし現実なら、律儀な彼女は明日の待ち合わせについて連絡してくるだろう。

 家に帰って携帯を開くと、彼女からメッセージが届いていた。
「明日のことだけど、待ち合わせ場所と時間はどうする?あなたが決めていいわよ。」
 どうやら現実だったらしく、僕は胸をなでおろした。それから頭をフル回転させて、待ち合わせについての提案をした。
「12時に駅前のコンビニで集合にしようか。」
「いいわよ。じゃあ明日、楽しみにしておくね。」

 “楽しみ”

 彼女は前にもそんな事を言っていたような気がするが、僕と出かけることを本当に楽しみにしているとは考えづらい。彼女はおそらく“男を惚れさせるマナー講師”の資格を持っている。
 改めて気づいたのだが、僕は明日、彼女とデートするのだ。そして一睡もできずに当日の朝を迎えた。
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