第25話「それぞれの母」

文字数 753文字

 母はテーブル越しに僕らの正面に座って話し始めた。

「あなたのお母さんは動物保護施設で働いてるでしょう?」
「はい。」
「私達は保護施設から猫を引き取ってお店を始めたんだけど、その時の担当者があなたのお母さんだったのよ。」
「そうだったのですか。」
「彼女はこのお店のことも賛成してくれて遊びに来ていたのよ、幼いあなたを連れてね。」
「でも10年も前の話ですよ。」
「そうね。」
 母は儚げに笑った。
「ここで初めてあなたを見た時にね、この子は“本当の”優しい心を持っている人だと思ったの。理由は分からないけれど。あなたの目を見て何となくね。
 途中からあなたはお店に来なくなっちゃったけど、あなたのお母さんは猫の様子を見るため定期的に定期的に来てくれていたのよ。」
「なるほど。」
「娘さんはお元気ですか?と彼女に尋ねると、“何か悲しい事があったようだけれど、それを聞くことで娘を傷つけるかもしれない。だから本人が話すまで見守る”と言っていたわ。」
 彼女は呆然としていた。
「その、私の悲しい事というか、それに両親は気づいてないものだと。」
「親っていうのは子どもの変化にすぐ気づくものよ。」
 母は僕の顔を一度見て、また彼女の方に目を向けた。
「それでね、あなたがうちの息子と同じ高校に入ったことを彼女から聞いたわ。高校1年生の運動会の日。店は夫が1人でやるからと言って、私は運動会を見に行かせてもらったのよ。あなたのお母さんと一緒にね。そこで久しぶりに見たあなたは、確かに“何かがあった”ような表情になっていた。でも“本当の優しさを秘めている”という印象は変わっていなかったわ。だから今日もあなただと分かったのよ。」
 母は彼女の頬をつついた。
「あの頃よりも美人になってたから、少し気づくのが遅れちゃったけどね。」

 彼女は泣いていた。
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