第11話「自然と手を繋ぐ。」

文字数 1,326文字

「あなたは私の大事なものを取り戻してくれたのよ。」
 少しの沈黙が訪れて、お互いに何かを考えた。

「ねえ。放課後の教室で私が泣いた時、あなたはどう思った?」
 僕はその時の様子を思い出してみた。左隣の席で彼女は顔を抑えながら泣いて、僕は何もできずに うろたえていた。

「こんなに素敵な人を泣かせてはいけない。僕が守らなければと思った。」
 気が付けばそんなことを言ってしまい、自分の発言を思い返した僕は顔が熱くなった。彼女は僕の目を見つめながら優しく微笑んでいた。
「ほら、あなたも優しい心を持っているのよ。私もあなたの本音を聞いて"この人を守らなきゃ"と思っていたら涙が出てきたのよ。」

 しばらく黙って世界を眺める。

「そろそろ行きましょう?」
「そうだね。」
 再び並んで歩き始めると、僕らは自然と手を繋いでいた。先ほどよりは緊張も薄れ、僕は彼女の顔をたまには見れるようになっていた。
 そのまま川沿いを進んでいくと、正面から20代くらいの男女が手を繋ぎながら歩いてきた。僕らも周りからはあんな風に見えているのだろうか。

 そもそも我々の関係は何と分類されるのだろうか。彼女に尋ねたいが、そういうわけにもいかない。
 自然と恋人繋ぎをして、それから好きと言われて頬に口づけされたが、交際しようと正式には言ってないからカップルではないのか。でも“付き合ってほしい”なんて言えない。やはり断られるのが怖いからだ。この意気地なし。
 そんな事を ぐるぐる考えながらしばらく歩いていると、よく知っている大通りに着いた。
「ここに繋がっていたのね。見慣れた川なのに気が付かなかったわ。」
 僕らは立ち止まって辺りを見回した。

「バス停もあるし、私はここで帰るね。」
 不意に繋いでいた手が離れた。今この瞬間まであったものが無くなった。
「バス停まで送るよ。」
「いいの、すぐそこだから。今日は楽しかったわ。本当にありがとう。」
 もう少し一緒にいたい。それから、何かを伝えなければ。そうしないと、二度とこんな日は来ないような気がする。
「また月曜日、学校で会いましょう。」
 何かを言わなければ。

「帰り道、気を付けて。」

 彼女は小さく手を振ってからバス停の方に歩いて行った。僕も自宅の方角に向かった。

 僕は帰りながら ぼんやりと今日のことを振り返ってみた。
 喫茶店。彼女の過去。手を繋ぎながら川沿いを歩いた。ベンチに座る。頬に口づけ。繋いでいた手が離れて突然の別れ。

 彼女と解散した後は、幸せな気分よりも心の一部分が抜け落ちたような喪失感の方が大きかった。
 家に帰ったらこの日が終わってしまう。今日が昨日になってしまう。僕はゾンビのようにフラフラと歩き、長めに寄り道してから帰宅した。

 全身の力が入らなかったので、玄関で靴を脱いで廊下に上がるところで転んでしまい、リビングにいた母が慌ててこちらにやって来た。
「ちょっと、あなた大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫。ちょっと具合が悪いから部屋で休むよ。」
「何か必要なものがあったら言ってね。」
「ありがとう。」
 僕はフラつきながら自分の部屋に入り、ベッドに倒れ込んで布団に潜ると、そのまま20時間近く眠った。夕方から翌日の昼まで一度も目覚めなかった。

 次の月曜日。
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