第4話「放課後の個別指導、2日目。」
文字数 1,671文字
本日は彼女が苦手らしい生物基礎の計算問題を教えることになった。
僕は昨日よりも自然に話せるようになっていた。それも彼女の力なのかもしれない。ただ相変わらず彼女の髪は花のような香りを漂わせ、その度に僕の心臓が鼓動を速めることになった。
ひと段落したところで休憩することになり、彼女はペットボトルの緑茶を飲んでいた。その姿はとても美しく、なぜ飲料水メーカーはテレビCMに彼女を起用しないのかと考えながら、僕は思わず見惚れていた。
ペットボトルから口を離した彼女が、軽くこちらに目線を向けて微笑んだ。
「そんなに見られたら恥ずかしいじゃない。」
「ごめん。」
僕は慌てて顔を背けた。また彼女を見つめていることに気づかれてしまった。人は同じ過ちを繰り返す。
彼女はニヤリと笑いながら僕の顔を覗き込んだ。
「私ってそんなに可愛い?」
「あ、えっと…うん。」
僕は今までで一番顔が熱くなり、下を向いた。からかうように彼女は僕の頬をつついた。
彼女に顔を触られた。
時間が止まり、心臓も止まりかけた。
「やっぱりあなたって優しい人よね。」
「そういえば昨日も言っていた気がするけど、それはどういうことなの?」
「うーん。」
彼女はしばらく髪を触りながら考えた。“何かを考える時は、髪や電話のコードなど長い物をくるくる巻きなさい”という教えが女の子にはあるのだろうか。
「いいわ。勉強を教えてくれたお礼に私も教えてあげる。」
「ありがとう。」
「でもね、あなたに嫌われたらどうしようって。それで言うのを躊躇っていたのよ。」
「(君を嫌いになれる人間なんて存在しないから)きっと大丈夫だよ。」
「じゃあ、“あなたが優しいと知っていた”ことについて話すわね。」
彼女は小さく深呼吸すると、僕の目をまっすぐ見つめた。
「あなたは世界が好き?」
彼女の話を聞こうと思っていたのに、いきなり質問が飛んできたので僕は戸惑った。それも“世界が好きか”なんて抽象的な聞き方だ。僕は質問の意図がよくわからず、頭に思い浮かんだことをそのまま言った。
「初めは世界が好きだったけれど嫌いになった。今ではどちらでもないし、どうでもいい。こんな世界に価値なんて無いし、生きることも死ぬことも、この世の全てに意味なんて無いんだ。」
気がつくと僕は本音を話してしまっていた。そんなことを人に話したのは初めてだ。とんでもない事を言ってしまったと思い、弁解しようと慌てて隣に目をやると、彼女は両手で顔を抑えて震えながら静かに泣いていた。
「ごめん。」
とりあえず謝った。
重い空気に押し潰されそうになった。彼女が しゃくり上げる声とセミの鳴き声だけが教室に響き渡っていた。
僕は“女の子を泣かせた”。
しかも こんなに素敵な人を泣かせた。それは何よりも重い罪のように感じられた。
こんな時、どうすればいいのだろうか。ハンカチを手渡す?背中や頭を撫でる?いや、彼女にそんな事をしていいはずがない。
僕は何もしないことを選択した。正しくは“何もできないまま”時間だけが過ぎていった。
彼女は泣き顔も可愛い。泣かせておいてそんなことを考えてしまう自分が嫌になった。
「つい余計なことを言ってしまった。君を傷つけるつもりはなかったんだ。」
「傷ついたんじゃないのよ。」
彼女はハンカチで涙を拭いながら呼吸を整えた。
「嬉しかったの。」
僕はその意味を考えてみたが、やはり分かりそうで分からなかった。“話そうとしていた事をド忘れしてモヤモヤする時”のような気分になった。
少しの間お互いに黙った後、彼女は吹っ切れたように明るい声で言った。
「ごめんなさい。私から誘ったんだけれど、今日は勉強を止めにしてもいいかな?」
涙は止まり笑顔に戻っていたが、目は赤く腫れたままだった。
「わかった。本当にごめん。」
「もう謝らなくていいのよ。」
また彼女に頬をつつかれた。
そうして僕らは学校を出ると、昨日と同じように彼女のバス停へ向かいながら並んで歩いた。
泣いてからの彼女は以前にも増して魅力的に思えた。
「ねえ。今度の土曜日、一緒に出かけない?」
僕は昨日よりも自然に話せるようになっていた。それも彼女の力なのかもしれない。ただ相変わらず彼女の髪は花のような香りを漂わせ、その度に僕の心臓が鼓動を速めることになった。
ひと段落したところで休憩することになり、彼女はペットボトルの緑茶を飲んでいた。その姿はとても美しく、なぜ飲料水メーカーはテレビCMに彼女を起用しないのかと考えながら、僕は思わず見惚れていた。
ペットボトルから口を離した彼女が、軽くこちらに目線を向けて微笑んだ。
「そんなに見られたら恥ずかしいじゃない。」
「ごめん。」
僕は慌てて顔を背けた。また彼女を見つめていることに気づかれてしまった。人は同じ過ちを繰り返す。
彼女はニヤリと笑いながら僕の顔を覗き込んだ。
「私ってそんなに可愛い?」
「あ、えっと…うん。」
僕は今までで一番顔が熱くなり、下を向いた。からかうように彼女は僕の頬をつついた。
彼女に顔を触られた。
時間が止まり、心臓も止まりかけた。
「やっぱりあなたって優しい人よね。」
「そういえば昨日も言っていた気がするけど、それはどういうことなの?」
「うーん。」
彼女はしばらく髪を触りながら考えた。“何かを考える時は、髪や電話のコードなど長い物をくるくる巻きなさい”という教えが女の子にはあるのだろうか。
「いいわ。勉強を教えてくれたお礼に私も教えてあげる。」
「ありがとう。」
「でもね、あなたに嫌われたらどうしようって。それで言うのを躊躇っていたのよ。」
「(君を嫌いになれる人間なんて存在しないから)きっと大丈夫だよ。」
「じゃあ、“あなたが優しいと知っていた”ことについて話すわね。」
彼女は小さく深呼吸すると、僕の目をまっすぐ見つめた。
「あなたは世界が好き?」
彼女の話を聞こうと思っていたのに、いきなり質問が飛んできたので僕は戸惑った。それも“世界が好きか”なんて抽象的な聞き方だ。僕は質問の意図がよくわからず、頭に思い浮かんだことをそのまま言った。
「初めは世界が好きだったけれど嫌いになった。今ではどちらでもないし、どうでもいい。こんな世界に価値なんて無いし、生きることも死ぬことも、この世の全てに意味なんて無いんだ。」
気がつくと僕は本音を話してしまっていた。そんなことを人に話したのは初めてだ。とんでもない事を言ってしまったと思い、弁解しようと慌てて隣に目をやると、彼女は両手で顔を抑えて震えながら静かに泣いていた。
「ごめん。」
とりあえず謝った。
重い空気に押し潰されそうになった。彼女が しゃくり上げる声とセミの鳴き声だけが教室に響き渡っていた。
僕は“女の子を泣かせた”。
しかも こんなに素敵な人を泣かせた。それは何よりも重い罪のように感じられた。
こんな時、どうすればいいのだろうか。ハンカチを手渡す?背中や頭を撫でる?いや、彼女にそんな事をしていいはずがない。
僕は何もしないことを選択した。正しくは“何もできないまま”時間だけが過ぎていった。
彼女は泣き顔も可愛い。泣かせておいてそんなことを考えてしまう自分が嫌になった。
「つい余計なことを言ってしまった。君を傷つけるつもりはなかったんだ。」
「傷ついたんじゃないのよ。」
彼女はハンカチで涙を拭いながら呼吸を整えた。
「嬉しかったの。」
僕はその意味を考えてみたが、やはり分かりそうで分からなかった。“話そうとしていた事をド忘れしてモヤモヤする時”のような気分になった。
少しの間お互いに黙った後、彼女は吹っ切れたように明るい声で言った。
「ごめんなさい。私から誘ったんだけれど、今日は勉強を止めにしてもいいかな?」
涙は止まり笑顔に戻っていたが、目は赤く腫れたままだった。
「わかった。本当にごめん。」
「もう謝らなくていいのよ。」
また彼女に頬をつつかれた。
そうして僕らは学校を出ると、昨日と同じように彼女のバス停へ向かいながら並んで歩いた。
泣いてからの彼女は以前にも増して魅力的に思えた。
「ねえ。今度の土曜日、一緒に出かけない?」