第27話「善か偽善か。」

文字数 758文字

 彼女がアルバイト中の時間にパン屋を訪れてみた。僕はパンを物色する振りをしながら、彼女の働く姿に見惚れていた。こちらに気づいた彼女が近づいてくると、周りの目を気にしながら僕の腕を軽く叩いて耳打ちした。
「そんなに見られたら恥ずかしいじゃない。」
「制服がよく似合ってるよ。」
「ありがとう。アルバイトが終わったら一緒に帰りましょう?」
「うん。店の近くで待ってるよ。」

 僕が近くの喫茶店で小説を読みながら30分ほど時間を潰していると、彼女はパン屋の可愛い制服から、やはり可愛い私服に衣替えをしてやってきた。
「お待たせ。」
 いつも通り僕らは手を握り、同じ歩幅で夜道を歩いた。

「私ね、大学を卒業したら社会福祉の仕事をしようと思うの。」
「応援するよ。」
 彼女は真剣な表情で夜空を見上げた。
「正直ね、人を助けたいって気持ちはまだ分からないわ。あなたや動物達を助けたいとは思えるけど、他の人に対しても同じかと言われると…。
 それでね、“私にもそういう気持ちがあるか”を確かめるために福祉の仕事をしてみようと思ったの。こういうのって偽善かな?」
 そう言って彼女は僕の目を見た。
「善か偽善かなんてのは、誰かが勝手に決めればいいことだよ。人を助けることに変わりない。それに僕も同じようなことを考えていたんだ。」
「そうなの?」
「僕は臨床心理士の資格を取って、同じく人を助ける仕事をしようと思う。」
「いいじゃない。素敵よ。」
「そのためには大学院に行かなくちゃならないけれどね。」
「それじゃあ私の方が先に卒業することになりそうね。」
「留年している君に追い抜かれてしまうとはね。」
「またそんなこと言って。」
 そう言って頬をつつく。
 以前よりも会話が弾むようになり、笑う回数も増えた。僕らは一緒に犬の散歩に行き、帰ってシャワーを浴びてから愛し合った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み