第15話「それぞれの大学1年生」

文字数 1,187文字

 大学に入るまでの1か月間。僕は通学用で2駅分の定期券を買い、教科書が十分に入るリュックを買った。それから両親にスーツを買ってもらうと他にすることはなくなった。
 暇になると彼女のことを考えてしまい、僕は近所を走ったり筋トレなどをして気を紛らわせた。

 いつの間にか4月になり、僕の大学生活は始まった。
 1年生のうちは ほとんど決められた講義を受けることになっていた。臨床心理学や経済学、英語や社会福祉学など。

 社会福祉

 彼女は今頃どうしているだろうか。

 あの人のことだから大学でも人気者で、同級生から周りを囲まれてディズニーランドのキャストさんをしていることだろう。そんな彼女の姿は容易に想像できた。
 ある日、児童心理学の講義で教授がこんなことを言っていた。

「生まれたての赤ん坊というのは白紙の状態です。何色にも染まってしまいます。そのため、子どもの頃に受けた傷というのは大人になってもなかなか消えないのです。」

 僕や彼女のことだ。講義で学ぶ以前から、僕らは身を持ってそれを知っていた。僕の心の傷は癒えているのだろうか。彼女はどうだろうか。
 ふと周りを見回してみると、およそ100人ほどの大学生が講義室に詰められている。皆それぞれ新しい生活に胸を躍らせ、順風満帆という風に見えた。
 この中に“僕や彼女と同じような人”はいるのだろうか。完全のように見えた彼女ですら生きる意味を失っている不完全な人間だった。そんな事を考えていると目頭が熱くなった。
 僕らと同じように、“意味のない世界でただ時が過ぎるのを待っている人”が、この100人の中にもう1人くらいは、いやもっといるのかもしれない。心理学を学んでいるうちに、そう考えるようになっていた。

 僕と彼女は大学に入ってからも、時折メッセージのやり取りをしていた。内容としては大学のことや近所にある公園やスーパーの話など、他愛もない話題だった。正直なところ、“彼女とメッセージのやり取りなんてしたくない”と思っている自分もいた。

 彼女は塾講師のアルバイトを始めたらしい。美人で天真爛漫な1番人気の先生になっていることだろう。
 僕の方は近所のスーパーでアルバイトを始めた。品出しや倉庫の整理、レジ打ちなどをしている。寂れた小さなスーパーのため客もあまり来ず、基本的に暇だったが僕にはちょうど良かった。たまに母が冷やかしも兼ねて買い物に来たりした。
 時間がある日には家の猫カフェで仕事を手伝ったりもした。両親は僕に給料を渡そうとしていたが断った。
「大学のお金とかも出してもらってるんだから、給料なんていらないよ。」
「あら。そんなこと言うようになったのね。」
 そう言って僕の頬をつつく。
 次第に彼女と話す話題もなくなり、メッセージを交換する頻度も減っていった。
 9月のある日、久しぶりに彼女からメッセージが届いた。

「私ね、彼氏ができたの。」
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