28話
文字数 3,244文字
「……ここが、オフラ大森林……!?」
『間違いなくその筈です。……ですが、これは……』
魔剣の力で空間を跳躍した僕達を出迎えたのは、文字通りの「凄惨たる光景」だ。
かつて魔王軍の輸送任務でとある山に登った際、そこからオフラ大森林を見下ろしたことがあった。
広大な樹海には美しくも力強い新緑色が満ちていて、その中心には巨大な神樹がそびえていた。
けれど、目の前に広がる光景はその真逆。
煤けて立ち枯れた木々と、黒灰で埋め尽くされた大地。
それに幹の半ばから完全に折られている神樹と思しき大樹の骸以外、何も見当たらなかった。
『ピー……』
炎を司る幻獣のバーンも、この光景を見て心に痛みが走ったのだろうか。
僕の肩の上で力なく鳴き、懐に入り込んでしまった。
「……っ! これは!?」
ふいに、地を揺るがすほどの振動を感じてそちらを向く。
見れば神樹の骸の元から、大きな爆炎が上がっていた。
また、よく耳を澄ませば大小様々な怒号も聞こえてくる。
『どうやら、何者かが戦っているようですね。それにワカバも……魔力の気配からして、ユノと共にあちらにいるものかと』
「行こう!」
僕はその場から駆け出し、戦闘音が激しくなる方へと進んでいった。
***
先ほど見えた爆炎は、誰かが大規模な炎属性魔法を使った結果のようだった。
神樹の骸の元では、やはり大規模な戦闘が行われていた。
多種多様な魔法の撃ち合いにより地が砕け、大振りな武器がかち合う振動が空気を通してこちらまで伝わってくる。
戦況は最早、乱戦と言って差し支えないようなものと化していた。
けれど、それでも一応は二つの陣営が戦っていることだけは、何とか見て取れた。
『エルフや地の魔人 と戦っている陣営は……人間以外にもコボルトやオーガ、それに上位アンデットの吸血鬼 まで。これは一体……』
流れ弾ならぬ流れ魔法が当たらないくらい戦場から離れた岩陰で様子を窺っていると、魔剣が小さく呟いた。
きっとこのご時世で、人間と連携して戦う魔物がいることに少し驚いているのだろう。
とはいえ実を言えば、僕も少しばかり驚いている。
当然のことながら、どうしてこんなところで争いが起こっているのか、ということに関する疑問と喫驚はあるものの。
僕が気になっていたのは、また別のところだった。
──コボルトが速度を生かして敵を撹乱し、その隙を見てオーガ辺りの力自慢が薙ぎ払いを仕掛ける。
それに彼らを援護するようにして、人間やアンデットが班を組みつつ魔法を発動。
これって……。
「……間違いない、魔王軍の基本戦術だ。これは一体、どういう……っ!?」
戦場を眺めていたところ、見知った顔を見つけて先ほど以上の驚愕に襲われた。
何せ、その見知った顔というのが。
「え、エイミー!? どうしてこんなところに……!」
少し離れたところでは、エイミーが短杖 を振りかざして魔法攻撃を行なっていた。
エイミーは肉体技が得意な傾向にある竜人でありながら、同時に卓越した魔法使いでもある。
しかし竜人は、魔法発動に長い詠唱が必要な種族でもあるのだ。
だからこそ、エイミーは単騎で前に出るような戦い方をしたらいけない。
そんなことをしても、敵からすれば格好の的にしかならない!
エルフが魔法の照準をエイミーに合わせたことを確認した僕は、一も二もなく飛び出した。
「エイミー、下がるよ!」
「なっ……!? フリーデン!?」
エイミーに向かってエルフから放たれた反撃の魔弾を、魔剣を振って弾き返す。
それと同時に紫電の帳を作り出し、それを目くらましがわりに僕はエイミーを抱えて岩陰へと戻った。
「全く……前にあれほど一人で前に出たらいけないよって言ったのに。あんな戦い方をしていたら、命がいくつあっても足りないよ」
「ご、ごめんなさい……じゃなくて! どうしてフリーデンがこんなところにいるのよ!? それにその手に持っているのは……魔剣!? ああもう、どうなっているのよ!」
「わっ!? お、落ち着いて落ち着いて」
僕の両肩を持って前後に揺らしてきたエイミーをどうにかなだめ、端的に事情を説明する。
「この魔剣については、また今度ゆっくり話すから。それよりも、僕がここに来た理由だけど……ユノがまたエルフに攫われかけたんだ。それで今はドリアードに守ってもらっているから、二人を追いかけてここまで来たって訳さ」
すると、エイミーは目を丸くして小さく飛び上がった。
「ユ、ユノちゃんが!? またどうしてこのタイミングで……!?」
「……少し事情があってね。逆に、エイミーはどうしてこんなところに?」
僕の質問に、落ち着きを取り戻したエイミーが話し出す。
「どうしてもこうしても……ううん、誤魔化すのはなしね。どうせ貴方には言わなきゃならないことだろうし。実は私が所属するギルドの【黒楯 】に先日、前にフリーデンに教えたエルフの動向絡みのことで、あいつらがとんでもないことを企んでるっていう垂れ込みがあったのよ。それでギルドの皆で、こうして奇襲をかけようって話になったの。……放って置いたら、とんでもないことになりそうだったから」
こう……突っ込みところはいくつかあったけど、明らかに聞き流しちゃいけないことをエイミーが言った気がした。
「ギルド? エイミー、君は商人になったんじゃないのかい?」
そう聞けば、エイミーは頬を軽く掻きながら視線を泳がせた。
「えーっと……実はね。ローゼさんの誘いで、兼業することにしたのよ。元魔王軍のメンバーで構成された新しいギルドを立ち上げるから、一緒にどうかってこの前言われたの。……一応、フリーデンも一緒にどうかって誘おうとしたのよ? でもローゼさんが、戦いから離れた者を連れ戻すような真似をしてどうするって止めてきて……」
「……そっか、ローゼさんが」
ローゼさん……彼女は【炎獄姫のローゼ】の二つ名を持つ、生き残った魔王軍四天王の一人だ。
また、かつて魔王城最後の日に、僕が気絶させてしまった人でもある。
──ということは、ローゼさんもここにいるんだろうなぁ。
……あの日以来、ローゼさんと会うと睨まれることが多かったけど、今回もまた会ったら睨まれてしまうんだろうか……。
戦力としては心強いものの、何だか憂鬱な気分になってきた。
それにエルフと戦っている、黒楯というらしいギルドの面々の戦い方が魔王軍の戦術とよく似ていると思ったら。
成る程、元魔王軍メンバーがローゼさんの元に集った形だからああいうふうなのか。
……っと、話が大分逸れてしまった。
時間もないし、端的に聞かなければ。
「それで、さっきも言っていた黒楯に舞い込んできたっていう垂れ込みはどんなものだったんだい? それと、できればどこの情報筋かも教えて欲しい」
その垂れ込みっていうものを信じてエイミー達が行動を起こしたなら、それはかなり信用できる情報筋である筈だ。
それなら僕も今後のために、一応その情報屋と思しき人物の名前は知っておきたい。
そう思い、聞いてみたところ。
「エルフが神樹を復活させようとしているってことは、さっきも言ったように前に教えたけれど。それが、大分まずいことになっているみたいなのよ」
エイミーは珍しく難しい顔をして、僕を静かに見つめていた。
「大分拗れた話だから、話を整理しやすいよう情報筋のことから教えるわ。……単刀直入に言うと、今回の一件に関する情報を提供してくれたのは……他ならぬエルフよ」
「……なんだって?」
エイミーは僕の予想の斜め上をいく情報提供者を、口にしたのだった。
『間違いなくその筈です。……ですが、これは……』
魔剣の力で空間を跳躍した僕達を出迎えたのは、文字通りの「凄惨たる光景」だ。
かつて魔王軍の輸送任務でとある山に登った際、そこからオフラ大森林を見下ろしたことがあった。
広大な樹海には美しくも力強い新緑色が満ちていて、その中心には巨大な神樹がそびえていた。
けれど、目の前に広がる光景はその真逆。
煤けて立ち枯れた木々と、黒灰で埋め尽くされた大地。
それに幹の半ばから完全に折られている神樹と思しき大樹の骸以外、何も見当たらなかった。
『ピー……』
炎を司る幻獣のバーンも、この光景を見て心に痛みが走ったのだろうか。
僕の肩の上で力なく鳴き、懐に入り込んでしまった。
「……っ! これは!?」
ふいに、地を揺るがすほどの振動を感じてそちらを向く。
見れば神樹の骸の元から、大きな爆炎が上がっていた。
また、よく耳を澄ませば大小様々な怒号も聞こえてくる。
『どうやら、何者かが戦っているようですね。それにワカバも……魔力の気配からして、ユノと共にあちらにいるものかと』
「行こう!」
僕はその場から駆け出し、戦闘音が激しくなる方へと進んでいった。
***
先ほど見えた爆炎は、誰かが大規模な炎属性魔法を使った結果のようだった。
神樹の骸の元では、やはり大規模な戦闘が行われていた。
多種多様な魔法の撃ち合いにより地が砕け、大振りな武器がかち合う振動が空気を通してこちらまで伝わってくる。
戦況は最早、乱戦と言って差し支えないようなものと化していた。
けれど、それでも一応は二つの陣営が戦っていることだけは、何とか見て取れた。
『エルフや
流れ弾ならぬ流れ魔法が当たらないくらい戦場から離れた岩陰で様子を窺っていると、魔剣が小さく呟いた。
きっとこのご時世で、人間と連携して戦う魔物がいることに少し驚いているのだろう。
とはいえ実を言えば、僕も少しばかり驚いている。
当然のことながら、どうしてこんなところで争いが起こっているのか、ということに関する疑問と喫驚はあるものの。
僕が気になっていたのは、また別のところだった。
──コボルトが速度を生かして敵を撹乱し、その隙を見てオーガ辺りの力自慢が薙ぎ払いを仕掛ける。
それに彼らを援護するようにして、人間やアンデットが班を組みつつ魔法を発動。
これって……。
「……間違いない、魔王軍の基本戦術だ。これは一体、どういう……っ!?」
戦場を眺めていたところ、見知った顔を見つけて先ほど以上の驚愕に襲われた。
何せ、その見知った顔というのが。
「え、エイミー!? どうしてこんなところに……!」
少し離れたところでは、エイミーが
エイミーは肉体技が得意な傾向にある竜人でありながら、同時に卓越した魔法使いでもある。
しかし竜人は、魔法発動に長い詠唱が必要な種族でもあるのだ。
だからこそ、エイミーは単騎で前に出るような戦い方をしたらいけない。
そんなことをしても、敵からすれば格好の的にしかならない!
エルフが魔法の照準をエイミーに合わせたことを確認した僕は、一も二もなく飛び出した。
「エイミー、下がるよ!」
「なっ……!? フリーデン!?」
エイミーに向かってエルフから放たれた反撃の魔弾を、魔剣を振って弾き返す。
それと同時に紫電の帳を作り出し、それを目くらましがわりに僕はエイミーを抱えて岩陰へと戻った。
「全く……前にあれほど一人で前に出たらいけないよって言ったのに。あんな戦い方をしていたら、命がいくつあっても足りないよ」
「ご、ごめんなさい……じゃなくて! どうしてフリーデンがこんなところにいるのよ!? それにその手に持っているのは……魔剣!? ああもう、どうなっているのよ!」
「わっ!? お、落ち着いて落ち着いて」
僕の両肩を持って前後に揺らしてきたエイミーをどうにかなだめ、端的に事情を説明する。
「この魔剣については、また今度ゆっくり話すから。それよりも、僕がここに来た理由だけど……ユノがまたエルフに攫われかけたんだ。それで今はドリアードに守ってもらっているから、二人を追いかけてここまで来たって訳さ」
すると、エイミーは目を丸くして小さく飛び上がった。
「ユ、ユノちゃんが!? またどうしてこのタイミングで……!?」
「……少し事情があってね。逆に、エイミーはどうしてこんなところに?」
僕の質問に、落ち着きを取り戻したエイミーが話し出す。
「どうしてもこうしても……ううん、誤魔化すのはなしね。どうせ貴方には言わなきゃならないことだろうし。実は私が所属するギルドの【
こう……突っ込みところはいくつかあったけど、明らかに聞き流しちゃいけないことをエイミーが言った気がした。
「ギルド? エイミー、君は商人になったんじゃないのかい?」
そう聞けば、エイミーは頬を軽く掻きながら視線を泳がせた。
「えーっと……実はね。ローゼさんの誘いで、兼業することにしたのよ。元魔王軍のメンバーで構成された新しいギルドを立ち上げるから、一緒にどうかってこの前言われたの。……一応、フリーデンも一緒にどうかって誘おうとしたのよ? でもローゼさんが、戦いから離れた者を連れ戻すような真似をしてどうするって止めてきて……」
「……そっか、ローゼさんが」
ローゼさん……彼女は【炎獄姫のローゼ】の二つ名を持つ、生き残った魔王軍四天王の一人だ。
また、かつて魔王城最後の日に、僕が気絶させてしまった人でもある。
──ということは、ローゼさんもここにいるんだろうなぁ。
……あの日以来、ローゼさんと会うと睨まれることが多かったけど、今回もまた会ったら睨まれてしまうんだろうか……。
戦力としては心強いものの、何だか憂鬱な気分になってきた。
それにエルフと戦っている、黒楯というらしいギルドの面々の戦い方が魔王軍の戦術とよく似ていると思ったら。
成る程、元魔王軍メンバーがローゼさんの元に集った形だからああいうふうなのか。
……っと、話が大分逸れてしまった。
時間もないし、端的に聞かなければ。
「それで、さっきも言っていた黒楯に舞い込んできたっていう垂れ込みはどんなものだったんだい? それと、できればどこの情報筋かも教えて欲しい」
その垂れ込みっていうものを信じてエイミー達が行動を起こしたなら、それはかなり信用できる情報筋である筈だ。
それなら僕も今後のために、一応その情報屋と思しき人物の名前は知っておきたい。
そう思い、聞いてみたところ。
「エルフが神樹を復活させようとしているってことは、さっきも言ったように前に教えたけれど。それが、大分まずいことになっているみたいなのよ」
エイミーは珍しく難しい顔をして、僕を静かに見つめていた。
「大分拗れた話だから、話を整理しやすいよう情報筋のことから教えるわ。……単刀直入に言うと、今回の一件に関する情報を提供してくれたのは……他ならぬエルフよ」
「……なんだって?」
エイミーは僕の予想の斜め上をいく情報提供者を、口にしたのだった。