27話
文字数 3,504文字
「まず一人……っ!」
「フッ!」
一人を倒しても息つく間もなく、残った四人のエルフが僕へと殺到した。
内三人が仕掛けてきたのは魔法弾による牽制、それならば本命は……!
「くっ!」
「ふ……防がれた!?」
バックステップで魔法を躱しながら勘任せに魔剣を背へと回し、背後からの刺突を受け止める!
直後、反転による回し蹴りを背後のエルフの顎に叩き込んだ。
「ぐぁ……!」
鎧で防御されていない弱点への会心の一撃。
たたらを踏んだそのエルフが耐え切れるはずもなく、彼は白目を剝いて倒れ込んだ。
「残り、三人……! ……っ!?」
ここにきて、今まで行使してきた魔法や身体強化の反動が激痛となって押し寄せた。
流石にやりすぎたとしか言いようがないが、こればかりはどうしようもない。
『……! フリーデン様、まさかお身体が……!?』
「……平気さ!」
歯を食いしばって痛みの走る手足に鞭を打ち、紫電を散らしながら敵へと突っ込む!
「ハァッ!」
「ぐぅっ……! この男、まさかこれほどとは……!」
突撃した先の一人と鍔迫り合いを起こしながら、強引に大木へ押し付ける。
彼に魔法を使わせる余裕を与えず叩き伏せようと、腕力を魔力でジリジリと引き上げていく!
「……しかし、解せんな」
押し込まれつつあるエルフが、口元を薄く歪めて語り出した。
「何故貴様はあの娘にこうも肩入れをする。貴様とあの娘は、ほんの少し前までは赤の他人だった筈だ。なのに、何故我らをここまで阻む……!?」
「何故、か。……簡単なことさ。あの子が僕のところで暮らしたいと言ったから。そして僕も……守っていくと心に決めたから。ただ、それだけの話さ!」
そう、本当にそれだけの話。
守りたいという気持ちに、国や世界の命運みたいな御大層なお題目なんていらないのだ。
僕はただ……どんな事情があるにせよ、ユノを「生贄」なんて物騒な呼び方をする輩に渡したくないだけだっ!
「かの英雄が、愚かなことだ……! 所詮、死ぬ定めの娘だと言うのに。……構わん! 同志よ、私ごとこの半魔を撃ち抜けぇ!」
叫び声と同時に、魔力感知が背後で充填される魔力を捉える。
右に跳ね飛んだ直後、エルフ二名による連携魔法は僕の左二の腕を掠めながら、僕が押さえ付けていた仲間に直撃した。
「何てことを……!」
残ったエルフへ振り向くが、二人とも仲間を撃ち抜いた後とは思えないほど落ち着いていた。
「たとえ我らが全滅したとしても……今この場では貴様さえ倒すことができれば、我らの勝ちだ!」
「酔狂なことだ!」
残った刺客は彼らのみ。
しかしそれでも二対一。
手数では圧倒的に彼らの方が有利なのは明白。
──ともすれば、質で対抗するだけのこと!
「アン! もう一回大きいの行くよ!」
『承知致しました!』
掛け声と共に右腕で魔剣を振るい、その刀身に溜め込まれている魔力を紫電として解放する。
だが、俊敏な彼らには軌道を読まれており、両者とも安全圏へ離脱した後だった。
「ふん! もうその手は見切ったぞ、半魔の英雄! ……なっ!?」
「何を見切ったって?」
瞠目する彼らの視線の先には、僕の左手に展開された魔法陣があった。
それも、ただの魔法陣ではない。
風と炎……二種の魔法陣を重ね合わせている!
「駆け抜ける緑よ! 猛き赤よ! 調和せよ、二重魔法 !」
二重に展開した魔法陣の間にできた極小空間にて、属性の違う魔力をすり合わせ、瞬時になじませる。
これより開放するのは、第三階梯の二重魔法 。
けれど威力だけなら第四位階にも劣らぬ絶技……その名は!
「バーニング・ボルテックス!」
旋風が爆炎を増大させ、その威力を跳ね上げる。
左手から解放された業火の竜巻が、回避直後のエルフ二人に直撃する!
「ぐああああああぁぁぁぁぁ!?」
一人が水属性の魔法で鎮火しようとするが……無駄だ。
それより先に、彼らの体力が尽きる方が早い。
「あ……あぁ……」
彼らが倒れたところで、魔法を解除する。
そして倒した全員の息があることを確認した刹那、再び訪れた魔法行使の反動に思わず動きが止まった。
……何度経験しても、この神経を蝕むような痛みには慣れない。
それでも、戦闘が終わった後なのが幸いだったと心底思う。
彼らは、こんな隙を晒して勝てるような手合いでもなかったからだ。
『フリーデン様……! すぐに回復致しますので、しばしお待ちを!』
魔剣の発動してくれた回復系の白魔のお陰で、突き抜けるような痛みは即座に和らいだ。
流石は元精霊だ。
「ありがとね……楽になったよ」
『いえ、それよりもフリーデン様のお身体は……なるほど。やはり聖剣に斬られた影響で……』
魔剣は自分の魔力で僕を包み込んで回復させながら、体の様子を診ているようだった。
『……何て酷い……。これでは二重魔法 のような優れた魔法を扱うことができても、フリーデン様が……』
「大丈夫だよ。こうやって痛むのはこれが初めてって訳でもないからさ」
僕は魔剣の刀身を軽く撫でた。
魔剣の姿でも彼女が心配してくれていることがよく伝わってきて、僕は何だかそれを嬉しく感じたのだ。
とは言え……確かに魔法を前ほど多用できないのも、魔法の質もかなり落ちているのも、はたまた魔剣に心配されたように体も万全ではないのは事実。
けれど、今回の戦闘では良い意味で得るものもあった。
それは、魔剣から発されるあの紫電についてだ。
あれは僕の魔力を消費して放っている訳ではないので、あの攻撃なら僕の体に悪影響が出ないことがよく分かった。
今後はきっと、かつての魔王様のように魔剣による紫電が主な攻撃手段になることだろう。
また、魔剣は少考の末にふと話し出した。
『……今後は微力ながら、私にも魔法行使のお手伝いをさせてください。私の魔力をいくらか使って魔法を放てば、負担も抑えられるかと』
「ありがたい、助かるよ」
魔剣との話がひと段落したところで、軽く深呼吸をして意識をクリアにする。
……さて。
ゆっくり話すのもここまでにして、彼らを縛って早いところユノを追いかけないといけない。
僕は魔剣を握ったまま、家に飛び込んだ。
そのまま自室へ向かい、仕舞ってあったロープを取り出し、エルフ達を縛り上げて家の横にあった木に括り付ける。
それと一応、魔力を抑える処置 をして弱らせておく。
その後、再び家に入って自室の壁にかけてあったポーチを腰につけ、その中にポーションと役に立つかもしれない試作の魔道具などを放り込んだ。
魔王軍で兵士だった時に使っていた魔道具を再現して持っていければ、と思ったものの、今の体ではロクに使えないかと雑念を振り切る。
今は今、昔は昔だ。
『ピー!』
家から出ようとするとバーンが肩に乗り、力強く嘶いた。
「バーン……やっぱり来るかい?」
『ピー!』
その鳴き声は「僕だって、じっとしてなんかいられない!」と言っているように聞こえた。
事細かな状況も分からない今、ことは一刻を争うと考えなければならないだろう。
もたついている暇はない。
バーンを撫でながら、僕はこの子も連れていこうと決心をした。
「アン! ここからオフラ大森林まで、どれくらいかかる?」
『そうですね。並みの魔王軍兵士なら徒士 で二日、フリーデン様なら一日、それから……』
剣の姿のまま、彼女が不敵に微笑んだ気がした。
『ワカバを呼び出した召喚術式を使って逆召喚を行えば……恐らくは一瞬かと』
「……! そんなことができるのかい!?」
『私の力ならば、容易に』
聞いたこともない手法だったものの、元精霊の魔剣ができると言うのだからできるのだろう。
「それなら、今すぐ頼むよ!」
『任されました』
僕はワカバを召喚した魔法陣の上に立ち、その中心に魔剣を突き立てる。
すると、柄にはめ込まれている宝玉から黒い閃光と紫電が迸った。
『飛びます!』
魔剣の言葉と共に、空間転移特有の体が浮く感覚に包まれた。
──ユノ、今行くから待っていて……!
普段の快活なユノの姿を瞼の裏に浮かべながら、僕は彼女の無事を祈るのだった。
「フッ!」
一人を倒しても息つく間もなく、残った四人のエルフが僕へと殺到した。
内三人が仕掛けてきたのは魔法弾による牽制、それならば本命は……!
「くっ!」
「ふ……防がれた!?」
バックステップで魔法を躱しながら勘任せに魔剣を背へと回し、背後からの刺突を受け止める!
直後、反転による回し蹴りを背後のエルフの顎に叩き込んだ。
「ぐぁ……!」
鎧で防御されていない弱点への会心の一撃。
たたらを踏んだそのエルフが耐え切れるはずもなく、彼は白目を剝いて倒れ込んだ。
「残り、三人……! ……っ!?」
ここにきて、今まで行使してきた魔法や身体強化の反動が激痛となって押し寄せた。
流石にやりすぎたとしか言いようがないが、こればかりはどうしようもない。
『……! フリーデン様、まさかお身体が……!?』
「……平気さ!」
歯を食いしばって痛みの走る手足に鞭を打ち、紫電を散らしながら敵へと突っ込む!
「ハァッ!」
「ぐぅっ……! この男、まさかこれほどとは……!」
突撃した先の一人と鍔迫り合いを起こしながら、強引に大木へ押し付ける。
彼に魔法を使わせる余裕を与えず叩き伏せようと、腕力を魔力でジリジリと引き上げていく!
「……しかし、解せんな」
押し込まれつつあるエルフが、口元を薄く歪めて語り出した。
「何故貴様はあの娘にこうも肩入れをする。貴様とあの娘は、ほんの少し前までは赤の他人だった筈だ。なのに、何故我らをここまで阻む……!?」
「何故、か。……簡単なことさ。あの子が僕のところで暮らしたいと言ったから。そして僕も……守っていくと心に決めたから。ただ、それだけの話さ!」
そう、本当にそれだけの話。
守りたいという気持ちに、国や世界の命運みたいな御大層なお題目なんていらないのだ。
僕はただ……どんな事情があるにせよ、ユノを「生贄」なんて物騒な呼び方をする輩に渡したくないだけだっ!
「かの英雄が、愚かなことだ……! 所詮、死ぬ定めの娘だと言うのに。……構わん! 同志よ、私ごとこの半魔を撃ち抜けぇ!」
叫び声と同時に、魔力感知が背後で充填される魔力を捉える。
右に跳ね飛んだ直後、エルフ二名による連携魔法は僕の左二の腕を掠めながら、僕が押さえ付けていた仲間に直撃した。
「何てことを……!」
残ったエルフへ振り向くが、二人とも仲間を撃ち抜いた後とは思えないほど落ち着いていた。
「たとえ我らが全滅したとしても……今この場では貴様さえ倒すことができれば、我らの勝ちだ!」
「酔狂なことだ!」
残った刺客は彼らのみ。
しかしそれでも二対一。
手数では圧倒的に彼らの方が有利なのは明白。
──ともすれば、質で対抗するだけのこと!
「アン! もう一回大きいの行くよ!」
『承知致しました!』
掛け声と共に右腕で魔剣を振るい、その刀身に溜め込まれている魔力を紫電として解放する。
だが、俊敏な彼らには軌道を読まれており、両者とも安全圏へ離脱した後だった。
「ふん! もうその手は見切ったぞ、半魔の英雄! ……なっ!?」
「何を見切ったって?」
瞠目する彼らの視線の先には、僕の左手に展開された魔法陣があった。
それも、ただの魔法陣ではない。
風と炎……二種の魔法陣を重ね合わせている!
「駆け抜ける緑よ! 猛き赤よ! 調和せよ、
二重に展開した魔法陣の間にできた極小空間にて、属性の違う魔力をすり合わせ、瞬時になじませる。
これより開放するのは、第三階梯の
けれど威力だけなら第四位階にも劣らぬ絶技……その名は!
「バーニング・ボルテックス!」
旋風が爆炎を増大させ、その威力を跳ね上げる。
左手から解放された業火の竜巻が、回避直後のエルフ二人に直撃する!
「ぐああああああぁぁぁぁぁ!?」
一人が水属性の魔法で鎮火しようとするが……無駄だ。
それより先に、彼らの体力が尽きる方が早い。
「あ……あぁ……」
彼らが倒れたところで、魔法を解除する。
そして倒した全員の息があることを確認した刹那、再び訪れた魔法行使の反動に思わず動きが止まった。
……何度経験しても、この神経を蝕むような痛みには慣れない。
それでも、戦闘が終わった後なのが幸いだったと心底思う。
彼らは、こんな隙を晒して勝てるような手合いでもなかったからだ。
『フリーデン様……! すぐに回復致しますので、しばしお待ちを!』
魔剣の発動してくれた回復系の白魔のお陰で、突き抜けるような痛みは即座に和らいだ。
流石は元精霊だ。
「ありがとね……楽になったよ」
『いえ、それよりもフリーデン様のお身体は……なるほど。やはり聖剣に斬られた影響で……』
魔剣は自分の魔力で僕を包み込んで回復させながら、体の様子を診ているようだった。
『……何て酷い……。これでは
「大丈夫だよ。こうやって痛むのはこれが初めてって訳でもないからさ」
僕は魔剣の刀身を軽く撫でた。
魔剣の姿でも彼女が心配してくれていることがよく伝わってきて、僕は何だかそれを嬉しく感じたのだ。
とは言え……確かに魔法を前ほど多用できないのも、魔法の質もかなり落ちているのも、はたまた魔剣に心配されたように体も万全ではないのは事実。
けれど、今回の戦闘では良い意味で得るものもあった。
それは、魔剣から発されるあの紫電についてだ。
あれは僕の魔力を消費して放っている訳ではないので、あの攻撃なら僕の体に悪影響が出ないことがよく分かった。
今後はきっと、かつての魔王様のように魔剣による紫電が主な攻撃手段になることだろう。
また、魔剣は少考の末にふと話し出した。
『……今後は微力ながら、私にも魔法行使のお手伝いをさせてください。私の魔力をいくらか使って魔法を放てば、負担も抑えられるかと』
「ありがたい、助かるよ」
魔剣との話がひと段落したところで、軽く深呼吸をして意識をクリアにする。
……さて。
ゆっくり話すのもここまでにして、彼らを縛って早いところユノを追いかけないといけない。
僕は魔剣を握ったまま、家に飛び込んだ。
そのまま自室へ向かい、仕舞ってあったロープを取り出し、エルフ達を縛り上げて家の横にあった木に括り付ける。
それと一応、魔力を抑える
その後、再び家に入って自室の壁にかけてあったポーチを腰につけ、その中にポーションと役に立つかもしれない試作の魔道具などを放り込んだ。
魔王軍で兵士だった時に使っていた魔道具を再現して持っていければ、と思ったものの、今の体ではロクに使えないかと雑念を振り切る。
今は今、昔は昔だ。
『ピー!』
家から出ようとするとバーンが肩に乗り、力強く嘶いた。
「バーン……やっぱり来るかい?」
『ピー!』
その鳴き声は「僕だって、じっとしてなんかいられない!」と言っているように聞こえた。
事細かな状況も分からない今、ことは一刻を争うと考えなければならないだろう。
もたついている暇はない。
バーンを撫でながら、僕はこの子も連れていこうと決心をした。
「アン! ここからオフラ大森林まで、どれくらいかかる?」
『そうですね。並みの魔王軍兵士なら
剣の姿のまま、彼女が不敵に微笑んだ気がした。
『ワカバを呼び出した召喚術式を使って逆召喚を行えば……恐らくは一瞬かと』
「……! そんなことができるのかい!?」
『私の力ならば、容易に』
聞いたこともない手法だったものの、元精霊の魔剣ができると言うのだからできるのだろう。
「それなら、今すぐ頼むよ!」
『任されました』
僕はワカバを召喚した魔法陣の上に立ち、その中心に魔剣を突き立てる。
すると、柄にはめ込まれている宝玉から黒い閃光と紫電が迸った。
『飛びます!』
魔剣の言葉と共に、空間転移特有の体が浮く感覚に包まれた。
──ユノ、今行くから待っていて……!
普段の快活なユノの姿を瞼の裏に浮かべながら、僕は彼女の無事を祈るのだった。