12話
文字数 3,052文字
ローラロシンから戻って来て数日後。
僕は昼下がりに自分の部屋のベッドに寝転がりながら、小瓶に入った魔法石や魔道具の材料を眺めていた。
先日襲撃されたこともあって、適当に加工して自衛用に新しい魔道具でも作ってみようかなー、なんてことを画策していたのだ。
ただし……それはさっきまでの話だ。
「うーんと……幻獣を捕まえたい?」
瞳を輝かせたユノが突発的にそんなことを言い出したことで、僕の考えは中断された。
「はい、そうです!!」
ユノはその手にお手製に見える虫取り網を携えており、この前ローラロシンで購入した麦わら帽子も被っていた。
「準備万端なので今すぐ行きましょう!」と全身で語っている。
それを見た僕は「虫取り網で幻獣を捕獲するつもりかい!?」と思う反面、「虫取り網を自作するなんて、ユノは器用だなぁ」と、どこかほっこりしてみる。
──それにしても、ユノが幻獣を捕獲したいと言い出したきっかけは……あれだろうか。
僕は起き上がって掌の上で小瓶を転がしながら、昨日のことに思いを馳せた。
***
「フリーデンさん。何を読んでいるんですか?」
食後にエプロン姿のユノに淹れてもらったコーヒーを飲みながら読みものをしていた僕は、彼女の声に反応して顔を上げる。
そして手にしていた本の表紙を、ユノに見えるようにして掲げる。
「これは【幻獣図鑑】っていう本だよ。僕が大好きな小説の一つで、主人公が世界中を巡りながら、幻獣の生態を調べていくって内容さ」
幻獣とは、伝説に語られる魔狼や一角獣なんかを指す言葉だ。
存在しているのか、していないのか、それすらも「一般的には」よく知られていない生き物の総称と言ってもいい。
そんな幻獣を求めていく主人公の冒険譚は……いつ読んでも僕をわくわくさせてくれる。
数々の幻獣との出会いに、重厚に練り上げられた彼らの生態。
特に緻密に描写された強大な三頭獣との一騎打ちのシーンは、僕の想像を最大限に引き出させてくれる。
いつかは僕も体が治ったら、この本の主人公のような冒険をしてみたいと思う。
……ということを、ユノにも一通り話してみたところ。
ユノは瞳を輝かせ、「おお……!」と感嘆の声を漏らしていた。
知識欲旺盛なユノには、中々刺さる内容の話だったらしい。
「私も幻獣に会ってみたいです! 幻獣って、確か各地で目撃情報があるんですよね?」
「そうだね、目撃情報は確かにあるよ。……とは言っても、その大半が野生の獣や魔物を見間違えたってケースだけどね」
未確認生物の目撃情報なんて、きっとどこの世界でも不確かなものが大半で、更にそれらは大抵見間違いかガセが多い筈だ。
けれど、それは仕方がないことだろう。
何せ、泡沫の「幻」みたいな存在の「獣」に関する情報なのだから。
「……むぅ……それなら本当は、幻獣はいないんですか?」
少し肩を落としてしまったユノに苦笑しながら、僕は「そんなことはないよ」と続ける。
「ごく稀に、存在が証明される幻獣もいるにはいるよ。とはいえ実在する幻獣は数がとても少なくて、大半が特殊な環境に生息しているから、滅多に姿を見ることはできないけど」
「なら……幻獣はいるんですね!」
瞳の輝きを取り戻したユノが、ずいっと近寄ってきた。
「う、うん……いるかいないかで言ったら、一部の幻獣は間違いなく存在しているよ」
ちなみに、何故僕がこうして「幻獣は存在する」と言い切れるかというと。
一応……魔王軍で働いてた時に秘境で一度だけ、とある幻獣に出会ったことがあるからだ。
あの時のことは、今でも忘れられない。
何ともまあ……神々しかったなぁ。
「それに実は、この山の近くでも幻獣の目撃情報はあるんだ。だからもしかしたら、この山にも……」
そこまで言った時には、もうユノはエプロンを脱いでいた。
「すみません、少し行ってきます! お掃除お洗濯洗い物はもうすませてあるので、夕食前にはちゃんと戻ってきますから!」
ユノはそう言い残し、脱兎のように駆けて行ってしまった。
「……うーん。その幻獣は、多分こんな昼間には現れないんだけどな……」
幻獣が人前に現れる時には、大抵特殊な条件というものがある。
それは日にちだったり、天候だったりするけれど……今日は至って普通の快晴だ。
とはいえ、それをユノに伝えようにも……彼女はもう家を出てしまっている。
「まぁ……ユノのしたいようにさせるのが一番かな」
あれくらいの子には、自由気ままに気がすむまでやらせるのが一番だ。
何よりユノが好きにすることが、彼女の心の傷を埋めてくれる手助けをしてくれるかもしれない。
……と、この日はこんな感じで過ぎていき、ユノは宣言通りに夕食前には帰ってきた。
そして、頭に葉っぱをくっつけたユノの報告は「幻獣の代わりにカモノハシの赤ちゃんを見つけました!」というなんとも可愛らしいものだった。
というか、カモノハシってこの辺に住んでたんだ。
***
昨日の話を思い出した後、僕は魔法石入りの小瓶をポケットに突っ込みゆっくりと立ち上がる。
「時間はたっぷりあることだし、幻獣を捕まえようっていうのはいいけどね。でも昨日は言いそびれちゃったけど、幻獣っていうのは基本的に天候でも時期でも、滅多にないような特殊な条件下でしか現れな……」
「それなら、日食の今日はぴったりですね!」
「……へっ?」
思わず窓際まで行って上を見れば、空では確かに……太陽が黒く隠れていた。
何とタイミングがいいことに、見事な皆既日食であった。
──ただ……日食の割にはやけに明るいままだし、それにこの魔力の感じ。
もしかして今日が前に魔王様が言ってた『黒蝕の日』なのかな。
「どうですか、フリーデンさん。今日なら幻獣は……現れそうですか?」
「他の日に比べれば……可能性はあるかな」
日食というのは、魔法学的には非常に大きな意味を持つと言う。
それに、今日が本当に『黒蝕の日』だとすれば……その性質から普段は起こらないこと、幻獣の出現だって起こりうるかもしれない。
僕は前に聞いた、この山に出現するという噂の幻獣に関する情報を思い出しながら、前に幻獣と出会った秘境の地形や魔力の感じなどを思い出していく。
そうして……この山で幻獣が現れそうな場所に、あたりをつける。
「……よし。今晩幻獣を見に行こう。ただし幻獣は捕まえられるような魔物じゃないから、観察だけにしよう。……いいね?」
「むー……分かりました。危ないのは、いけないですもんね」
ユノはしぶしぶ、といったふうに頷いてくれた。
それを見て、僕は心の中でホッとした。
──ユノの聞き分けがよくて助かった。
大災害にも匹敵する力を持つと謳われる幻獣を捕獲するのは、流石に無茶だからね……。
しかし、かつての自分なら強引にでも捕獲できただろうか、と何となくそんな想像が脳裏を掠めたものの……今となってはどうでもいい話だと、思考を切り替える。
今からやらないといけないのは、持って行くものの準備だ。
それと一応……何があってもいいように、緊急脱出用にアレも持って行こうかな。
僕はその後、荷物の準備もしながらとある魔道具の調整をするのだった。
僕は昼下がりに自分の部屋のベッドに寝転がりながら、小瓶に入った魔法石や魔道具の材料を眺めていた。
先日襲撃されたこともあって、適当に加工して自衛用に新しい魔道具でも作ってみようかなー、なんてことを画策していたのだ。
ただし……それはさっきまでの話だ。
「うーんと……幻獣を捕まえたい?」
瞳を輝かせたユノが突発的にそんなことを言い出したことで、僕の考えは中断された。
「はい、そうです!!」
ユノはその手にお手製に見える虫取り網を携えており、この前ローラロシンで購入した麦わら帽子も被っていた。
「準備万端なので今すぐ行きましょう!」と全身で語っている。
それを見た僕は「虫取り網で幻獣を捕獲するつもりかい!?」と思う反面、「虫取り網を自作するなんて、ユノは器用だなぁ」と、どこかほっこりしてみる。
──それにしても、ユノが幻獣を捕獲したいと言い出したきっかけは……あれだろうか。
僕は起き上がって掌の上で小瓶を転がしながら、昨日のことに思いを馳せた。
***
「フリーデンさん。何を読んでいるんですか?」
食後にエプロン姿のユノに淹れてもらったコーヒーを飲みながら読みものをしていた僕は、彼女の声に反応して顔を上げる。
そして手にしていた本の表紙を、ユノに見えるようにして掲げる。
「これは【幻獣図鑑】っていう本だよ。僕が大好きな小説の一つで、主人公が世界中を巡りながら、幻獣の生態を調べていくって内容さ」
幻獣とは、伝説に語られる魔狼や一角獣なんかを指す言葉だ。
存在しているのか、していないのか、それすらも「一般的には」よく知られていない生き物の総称と言ってもいい。
そんな幻獣を求めていく主人公の冒険譚は……いつ読んでも僕をわくわくさせてくれる。
数々の幻獣との出会いに、重厚に練り上げられた彼らの生態。
特に緻密に描写された強大な三頭獣との一騎打ちのシーンは、僕の想像を最大限に引き出させてくれる。
いつかは僕も体が治ったら、この本の主人公のような冒険をしてみたいと思う。
……ということを、ユノにも一通り話してみたところ。
ユノは瞳を輝かせ、「おお……!」と感嘆の声を漏らしていた。
知識欲旺盛なユノには、中々刺さる内容の話だったらしい。
「私も幻獣に会ってみたいです! 幻獣って、確か各地で目撃情報があるんですよね?」
「そうだね、目撃情報は確かにあるよ。……とは言っても、その大半が野生の獣や魔物を見間違えたってケースだけどね」
未確認生物の目撃情報なんて、きっとどこの世界でも不確かなものが大半で、更にそれらは大抵見間違いかガセが多い筈だ。
けれど、それは仕方がないことだろう。
何せ、泡沫の「幻」みたいな存在の「獣」に関する情報なのだから。
「……むぅ……それなら本当は、幻獣はいないんですか?」
少し肩を落としてしまったユノに苦笑しながら、僕は「そんなことはないよ」と続ける。
「ごく稀に、存在が証明される幻獣もいるにはいるよ。とはいえ実在する幻獣は数がとても少なくて、大半が特殊な環境に生息しているから、滅多に姿を見ることはできないけど」
「なら……幻獣はいるんですね!」
瞳の輝きを取り戻したユノが、ずいっと近寄ってきた。
「う、うん……いるかいないかで言ったら、一部の幻獣は間違いなく存在しているよ」
ちなみに、何故僕がこうして「幻獣は存在する」と言い切れるかというと。
一応……魔王軍で働いてた時に秘境で一度だけ、とある幻獣に出会ったことがあるからだ。
あの時のことは、今でも忘れられない。
何ともまあ……神々しかったなぁ。
「それに実は、この山の近くでも幻獣の目撃情報はあるんだ。だからもしかしたら、この山にも……」
そこまで言った時には、もうユノはエプロンを脱いでいた。
「すみません、少し行ってきます! お掃除お洗濯洗い物はもうすませてあるので、夕食前にはちゃんと戻ってきますから!」
ユノはそう言い残し、脱兎のように駆けて行ってしまった。
「……うーん。その幻獣は、多分こんな昼間には現れないんだけどな……」
幻獣が人前に現れる時には、大抵特殊な条件というものがある。
それは日にちだったり、天候だったりするけれど……今日は至って普通の快晴だ。
とはいえ、それをユノに伝えようにも……彼女はもう家を出てしまっている。
「まぁ……ユノのしたいようにさせるのが一番かな」
あれくらいの子には、自由気ままに気がすむまでやらせるのが一番だ。
何よりユノが好きにすることが、彼女の心の傷を埋めてくれる手助けをしてくれるかもしれない。
……と、この日はこんな感じで過ぎていき、ユノは宣言通りに夕食前には帰ってきた。
そして、頭に葉っぱをくっつけたユノの報告は「幻獣の代わりにカモノハシの赤ちゃんを見つけました!」というなんとも可愛らしいものだった。
というか、カモノハシってこの辺に住んでたんだ。
***
昨日の話を思い出した後、僕は魔法石入りの小瓶をポケットに突っ込みゆっくりと立ち上がる。
「時間はたっぷりあることだし、幻獣を捕まえようっていうのはいいけどね。でも昨日は言いそびれちゃったけど、幻獣っていうのは基本的に天候でも時期でも、滅多にないような特殊な条件下でしか現れな……」
「それなら、日食の今日はぴったりですね!」
「……へっ?」
思わず窓際まで行って上を見れば、空では確かに……太陽が黒く隠れていた。
何とタイミングがいいことに、見事な皆既日食であった。
──ただ……日食の割にはやけに明るいままだし、それにこの魔力の感じ。
もしかして今日が前に魔王様が言ってた『黒蝕の日』なのかな。
「どうですか、フリーデンさん。今日なら幻獣は……現れそうですか?」
「他の日に比べれば……可能性はあるかな」
日食というのは、魔法学的には非常に大きな意味を持つと言う。
それに、今日が本当に『黒蝕の日』だとすれば……その性質から普段は起こらないこと、幻獣の出現だって起こりうるかもしれない。
僕は前に聞いた、この山に出現するという噂の幻獣に関する情報を思い出しながら、前に幻獣と出会った秘境の地形や魔力の感じなどを思い出していく。
そうして……この山で幻獣が現れそうな場所に、あたりをつける。
「……よし。今晩幻獣を見に行こう。ただし幻獣は捕まえられるような魔物じゃないから、観察だけにしよう。……いいね?」
「むー……分かりました。危ないのは、いけないですもんね」
ユノはしぶしぶ、といったふうに頷いてくれた。
それを見て、僕は心の中でホッとした。
──ユノの聞き分けがよくて助かった。
大災害にも匹敵する力を持つと謳われる幻獣を捕獲するのは、流石に無茶だからね……。
しかし、かつての自分なら強引にでも捕獲できただろうか、と何となくそんな想像が脳裏を掠めたものの……今となってはどうでもいい話だと、思考を切り替える。
今からやらないといけないのは、持って行くものの準備だ。
それと一応……何があってもいいように、緊急脱出用にアレも持って行こうかな。
僕はその後、荷物の準備もしながらとある魔道具の調整をするのだった。