7話
文字数 2,769文字
ユノを我が家に迎えて、早いことにもう五日が経った。
特に問題もなさそうに、ユノはこの家での生活に慣れてくれたみたいだった。
体調も安定しているようで、本人曰く「もう全快なので大丈夫です!」とのことだった。
また、家事もある程度……というか気がついたらユノが全てすませてくれていて、僕の方といえばもっぱらポーション、魔道具作り作りをしている状態だった。
ここ数日は鉛色の曇り空や小雨続きだったので、外に出て何かをする気にもなれなかったのだ。
けれど、今朝の天気は絶好の快晴、お出かけ日和。
と言うわけで今日は、ユノを連れて山を降りてある場所に行こうと考えていた。
「ユノ。今日は出かけようと思うんだけど、一緒にどうかな?」
ユノにそう切り出すと、彼女は食後のコーヒーを二つお盆に乗せて、こちらにやって来た。
「はい。それは構いませんけど、どこに行くんですか?」
「山を降りて、街に出ようかと思ってね。色々と物を買い足したいなって……おぉ、美味しい」
ユノが目の前に置いてくれたコーヒーカップを手に取って、一口飲む。
熱さも程よくて、風味や香りもなんだか自分で淹れるよりもずっと良い気がした。
「ありがとうございます。私もコーヒーは好きなので、その……自分でも美味しいコーヒーを飲めるようにって、少し練習していた時期があったんです。それにしても、この家にあるミルはかなり使い込まれているように見えたんですけど、フリーデンさんもコーヒーがお好きなんですか?」
ユノは嬉しそうに微笑んだ後、自分もコーヒーをすすってそう聞いてきた。
「うん、実は結構好きなんだよね。あのミルも、もう使って暫く経つかな。……そうだ。今日は美味しいコーヒー豆も買おうか。そろそろ買い足さないといけなかった筈だし」
「それはいいですね! それと、いつ出発しますか?」
ユノは嬉しげな表情で両手を合わせてから、時計に目を移す。
針は、朝方寄りの時間を示していた。
「ここは結構山奥だから街に降りるのにも時間がかかるし、できるだけ早めに出たいかな。僕は少し準備をしてくるから、洗い物とかは頼んでいいかい?」
飲み終えたコーヒーカップを僕の前から下げたユノは「了解です、任せてください!」とそのまま洗い物を始めた。
そしてふと、ユノの服装を後ろから眺める。
──やっぱり、今のままじゃダメだよなぁ……。
ユノが今着ている服は、僕の服の一部を無理矢理に仕立て直して、彼女の体のサイズに合わせたものだ。
ユノも可愛い年頃の女の子だし、いつまでもダボダボな服のままでは流石に可哀想だ。
「今日買う物が、また一つ決まったかな」
「……? どうかしましたか?」
ボソッと呟いたつもりだったけど、鼻だけでなく耳もいいエルフのユノには、少し聞こえていたらしい。
くるりとこちらを向いてきた彼女に、「気にしないで」と苦笑と共に返事をする。
──さて……僕も準備を始めるかな。
僕は持っていくものを頭の中に思い浮かべながら、自室へと足を向けた。
***
「まず忘れちゃいけないのは……お金か」
自室の押入れの下は、二重底になっている。
一重目を外した後、そこにはお金がぎっしりという寸法である。
それらのお金……魔王軍時代に貯めてあった大量の給金の一部を財布に入れ、懐にしまう。
魔王軍時代は給金を使う暇もないほど働いてたから、正直お金は有り余ってるのだ。
……具体的には、上等な家をもう数軒購入してまだ余りそうなくらいには。
──いや、冷静に考えても当時の僕、働きすぎだろ……!
寧ろ今こうしてゆったりと生活しているから、当時の異常さが分かるというものなのか。
ともかく当時は勇者が現れる前だったとはいえ、魔王領での事件の収取に凶悪な魔物の討伐など、軍関係以外の名指しの依頼なんかも含めればもうてんてこ舞いだった。
……もし仮に今後働くことになっても、適度にこなそう、うん。
過去の回想もほどほどに、次は壁にかけてあったナップザックを手に取った。
それからロッカーにしまっていたフード付きのマント二つにほつれがないことを確認してから、ナップザックの中に入れる。
街に降りるなら、僕もユノも……顔はできるだけ隠した方がいいだろう。
それは言わずもがな、街にはリーラス王国軍の残党がうろついているかもしれないからだ。
僕の方は、見た目はただの人間でも……元魔王軍残党兵士として、あちら側に顔が割れてしまっているのは勿論のこと。
ユノはその少し尖った耳や整った顔立ちから、顔を一目見られればすぐにエルフだということがバレてしまう。
エルフの集落を森ごと何の躊躇いもなく焼き払うような連中が、ユノを見つければ……何が起こるかは、言うまでもないだろう。
ただ、ここまでくれば「そんな危険を冒してでも、街へ行く必要はあるのか」という話にもなってくるのだけれど。
当然ながら街に行く理由には、ユノの生活に必要なものを買い足さなければいけないから、という大きなものがある。
けれど実を言うと、ユノにはある程度外界と交流を持ってもらいたいから、というのもある。
ユノに年齢を尋ねたところ、やっぱり十四歳であるという。
ユノがいくら学問に精通している匂いを漂わせた利口な子でも、こんな山奥にずっと引きこもって生活するのはよくないだろうということくらい、僕にも分かる。
──それにあの子はエルフだから、オフラ大森林の外がどんな世界なのか……まだよくは知らないだろうしね。
エルフ達は外界の事情を知らなかったから、リーラス王国軍の物量の前にあっさりと滅ぼされかけた。
僕はユノには……そうなって欲しくはない。
多少面倒に思えても他者から定期的に情報を仕入れることは、この世界で生きて行く上では欠かせない行為なのだと思う。
自分を助けるという意味でも……誰かと助け合うという意味でも。
どうやっても、誰しも一人では生きてはいけない。
──それと……できればユノにも、知って欲しいな。
世の中には怖いこと以外に楽しいことも沢山あって、人間や魔物をひっくるめて広い意味での「良い人」も大勢いるんだってことを。
……と、あれこれと考えながらも準備は着々と進んでいき。
部屋を出た時にはもう、「全部終わりました!」とユノがこちらに駆けて来ているところだった。
「それなら、戸締りだけ確認して行こうか」
「行きましょう!」
久しぶりの外出ということだからか、ユノも大分晴れ晴れとしていた。
さぁ、それじゃあ行こうか。
商人の街、ローラロシンへ。
特に問題もなさそうに、ユノはこの家での生活に慣れてくれたみたいだった。
体調も安定しているようで、本人曰く「もう全快なので大丈夫です!」とのことだった。
また、家事もある程度……というか気がついたらユノが全てすませてくれていて、僕の方といえばもっぱらポーション、魔道具作り作りをしている状態だった。
ここ数日は鉛色の曇り空や小雨続きだったので、外に出て何かをする気にもなれなかったのだ。
けれど、今朝の天気は絶好の快晴、お出かけ日和。
と言うわけで今日は、ユノを連れて山を降りてある場所に行こうと考えていた。
「ユノ。今日は出かけようと思うんだけど、一緒にどうかな?」
ユノにそう切り出すと、彼女は食後のコーヒーを二つお盆に乗せて、こちらにやって来た。
「はい。それは構いませんけど、どこに行くんですか?」
「山を降りて、街に出ようかと思ってね。色々と物を買い足したいなって……おぉ、美味しい」
ユノが目の前に置いてくれたコーヒーカップを手に取って、一口飲む。
熱さも程よくて、風味や香りもなんだか自分で淹れるよりもずっと良い気がした。
「ありがとうございます。私もコーヒーは好きなので、その……自分でも美味しいコーヒーを飲めるようにって、少し練習していた時期があったんです。それにしても、この家にあるミルはかなり使い込まれているように見えたんですけど、フリーデンさんもコーヒーがお好きなんですか?」
ユノは嬉しそうに微笑んだ後、自分もコーヒーをすすってそう聞いてきた。
「うん、実は結構好きなんだよね。あのミルも、もう使って暫く経つかな。……そうだ。今日は美味しいコーヒー豆も買おうか。そろそろ買い足さないといけなかった筈だし」
「それはいいですね! それと、いつ出発しますか?」
ユノは嬉しげな表情で両手を合わせてから、時計に目を移す。
針は、朝方寄りの時間を示していた。
「ここは結構山奥だから街に降りるのにも時間がかかるし、できるだけ早めに出たいかな。僕は少し準備をしてくるから、洗い物とかは頼んでいいかい?」
飲み終えたコーヒーカップを僕の前から下げたユノは「了解です、任せてください!」とそのまま洗い物を始めた。
そしてふと、ユノの服装を後ろから眺める。
──やっぱり、今のままじゃダメだよなぁ……。
ユノが今着ている服は、僕の服の一部を無理矢理に仕立て直して、彼女の体のサイズに合わせたものだ。
ユノも可愛い年頃の女の子だし、いつまでもダボダボな服のままでは流石に可哀想だ。
「今日買う物が、また一つ決まったかな」
「……? どうかしましたか?」
ボソッと呟いたつもりだったけど、鼻だけでなく耳もいいエルフのユノには、少し聞こえていたらしい。
くるりとこちらを向いてきた彼女に、「気にしないで」と苦笑と共に返事をする。
──さて……僕も準備を始めるかな。
僕は持っていくものを頭の中に思い浮かべながら、自室へと足を向けた。
***
「まず忘れちゃいけないのは……お金か」
自室の押入れの下は、二重底になっている。
一重目を外した後、そこにはお金がぎっしりという寸法である。
それらのお金……魔王軍時代に貯めてあった大量の給金の一部を財布に入れ、懐にしまう。
魔王軍時代は給金を使う暇もないほど働いてたから、正直お金は有り余ってるのだ。
……具体的には、上等な家をもう数軒購入してまだ余りそうなくらいには。
──いや、冷静に考えても当時の僕、働きすぎだろ……!
寧ろ今こうしてゆったりと生活しているから、当時の異常さが分かるというものなのか。
ともかく当時は勇者が現れる前だったとはいえ、魔王領での事件の収取に凶悪な魔物の討伐など、軍関係以外の名指しの依頼なんかも含めればもうてんてこ舞いだった。
……もし仮に今後働くことになっても、適度にこなそう、うん。
過去の回想もほどほどに、次は壁にかけてあったナップザックを手に取った。
それからロッカーにしまっていたフード付きのマント二つにほつれがないことを確認してから、ナップザックの中に入れる。
街に降りるなら、僕もユノも……顔はできるだけ隠した方がいいだろう。
それは言わずもがな、街にはリーラス王国軍の残党がうろついているかもしれないからだ。
僕の方は、見た目はただの人間でも……元魔王軍残党兵士として、あちら側に顔が割れてしまっているのは勿論のこと。
ユノはその少し尖った耳や整った顔立ちから、顔を一目見られればすぐにエルフだということがバレてしまう。
エルフの集落を森ごと何の躊躇いもなく焼き払うような連中が、ユノを見つければ……何が起こるかは、言うまでもないだろう。
ただ、ここまでくれば「そんな危険を冒してでも、街へ行く必要はあるのか」という話にもなってくるのだけれど。
当然ながら街に行く理由には、ユノの生活に必要なものを買い足さなければいけないから、という大きなものがある。
けれど実を言うと、ユノにはある程度外界と交流を持ってもらいたいから、というのもある。
ユノに年齢を尋ねたところ、やっぱり十四歳であるという。
ユノがいくら学問に精通している匂いを漂わせた利口な子でも、こんな山奥にずっと引きこもって生活するのはよくないだろうということくらい、僕にも分かる。
──それにあの子はエルフだから、オフラ大森林の外がどんな世界なのか……まだよくは知らないだろうしね。
エルフ達は外界の事情を知らなかったから、リーラス王国軍の物量の前にあっさりと滅ぼされかけた。
僕はユノには……そうなって欲しくはない。
多少面倒に思えても他者から定期的に情報を仕入れることは、この世界で生きて行く上では欠かせない行為なのだと思う。
自分を助けるという意味でも……誰かと助け合うという意味でも。
どうやっても、誰しも一人では生きてはいけない。
──それと……できればユノにも、知って欲しいな。
世の中には怖いこと以外に楽しいことも沢山あって、人間や魔物をひっくるめて広い意味での「良い人」も大勢いるんだってことを。
……と、あれこれと考えながらも準備は着々と進んでいき。
部屋を出た時にはもう、「全部終わりました!」とユノがこちらに駆けて来ているところだった。
「それなら、戸締りだけ確認して行こうか」
「行きましょう!」
久しぶりの外出ということだからか、ユノも大分晴れ晴れとしていた。
さぁ、それじゃあ行こうか。
商人の街、ローラロシンへ。