幕間 蠢く闇
文字数 1,521文字
某日夕刻、旧オフラ大森林にて。
宵闇に沈もうとしている立ち枯れた森を、一つの人影が歩んでいた。
周囲の暗さもあり、その容姿はよく見て取れないものの、辛うじてマントに身を包んだ旅装の若い男であると分かる。
男はふいに歩みを止め、空を仰いでから心底つまらなさそうに告げた。
「約束の場所はこの辺だろ、とっとと出て来いよ。いつまでかくれんぼする気だ? こういうまどろっこしいのは、趣味じゃないんだけどな」
「……ふむ。バレておったか」
男の声に応じるように、地面に伸びていた木々の影の一つがむくりと起き上がった。
次いで、わだかまった闇のようだったそれは、次第に実体を持った輪郭を帯びていく。
形状が定まったそれはかろうじて人型ではあったが……その顔は能面のように平たく、凹凸がない。
ただしその嗄れた声音から、それの正体もとい本体は、どうも老人であるらしかった。
男は現れたそれを見定めてから、小さく舌打ちをした。
「チッ……何だよ、シャドウゴーレムの魔法か。つまらねーな。せっかくご本人様が登場するかと思っていたのによ。爺さん、あんた意外と小心者か?」
男の軽口が気に入らなかったのか、シャドウゴーレムと呼ばれた者は存在しない鼻を鳴らして答える。
「ふん。信用しておらん者の前に我が身を晒すほど、儂も阿呆ではないということよ。それに貴公がかの四天王に匹敵する実力者なら、警戒するのも仕方があるまい」
シャドウゴーレムの言いように、男は鼻白んだ様子で小さくため息をついた。
それから、呆れ声で語り出す。
「おいおい。そこ、せめてあの英雄様に匹敵するって言っちゃあくれねぇか? 比較対象があの負け犬 四天王なんてしょうもない連中だと、流石に悲しくなっちまうよ」
「ふむ……それもそうか」
「あぁ、そうだぜ」
それから二人は何がおかしいのか、肩を揺らして小さく笑い出した。
……ただしそれは、単に互いが愛想笑いをしただけなのかもしれないが。
男はひとしきり笑ってから、自らのマントの中に手を突っ込んだ。
「それで単刀直入に聞くんだが、俺を信用してもらうにはやっぱり……こいつを渡せばいいのか?」
男は懐から、幾重にも包帯と封印符が施された細長い物体を強引に取り出し、放り投げる。
シャドウゴーレムはそれを受け止めると、不器用な手つきで包帯と封印符を剥がしてから中身を検め……再び肩を揺らした。
次にその口なきその体から漏れてきたのは先ほどとは打って変わった、正真正銘の歓喜が篭った笑い声だった。
奈落の底から湧いたかのような薄気味悪い歓喜を隠すことなく、シャドウゴーレムの本体は宵闇に歓声をあげていた。
「ふっふっふ……あっはっはっは! 確かに本物……魔力を解き放つことに特化した、我が目的に必要なものよな。……よかろう。貴公との同盟、しかと受けよう」
シャドウゴーレムが満足げな声と共に差し出してきたのっぺりとした手を、男はがっしりと握り返した。
「信用してもらえたみたいで何よりだ。互いの目的のために、それなりに仲良くしようや」
「それは当然。儂らには共通の目的があるのだから、しばらくの間は仲違いをすることもそうなかろう。……さて。同盟を結んだ以上は互いの信頼のためにも、これから儂本体の場所に案内しよう。ついてくるがいい」
踵を返したシャドウゴーレムの後を、男は無言でついて行く。
そうして二人の人影は、夜の闇へと紛れていった。
また、この時……男の口元に歪んだ笑みが張り付いていたのを、老人 は見抜くことができなかった。
宵闇に沈もうとしている立ち枯れた森を、一つの人影が歩んでいた。
周囲の暗さもあり、その容姿はよく見て取れないものの、辛うじてマントに身を包んだ旅装の若い男であると分かる。
男はふいに歩みを止め、空を仰いでから心底つまらなさそうに告げた。
「約束の場所はこの辺だろ、とっとと出て来いよ。いつまでかくれんぼする気だ? こういうまどろっこしいのは、趣味じゃないんだけどな」
「……ふむ。バレておったか」
男の声に応じるように、地面に伸びていた木々の影の一つがむくりと起き上がった。
次いで、わだかまった闇のようだったそれは、次第に実体を持った輪郭を帯びていく。
形状が定まったそれはかろうじて人型ではあったが……その顔は能面のように平たく、凹凸がない。
ただしその嗄れた声音から、それの正体もとい本体は、どうも老人であるらしかった。
男は現れたそれを見定めてから、小さく舌打ちをした。
「チッ……何だよ、シャドウゴーレムの魔法か。つまらねーな。せっかくご本人様が登場するかと思っていたのによ。爺さん、あんた意外と小心者か?」
男の軽口が気に入らなかったのか、シャドウゴーレムと呼ばれた者は存在しない鼻を鳴らして答える。
「ふん。信用しておらん者の前に我が身を晒すほど、儂も阿呆ではないということよ。それに貴公がかの四天王に匹敵する実力者なら、警戒するのも仕方があるまい」
シャドウゴーレムの言いように、男は鼻白んだ様子で小さくため息をついた。
それから、呆れ声で語り出す。
「おいおい。そこ、せめてあの英雄様に匹敵するって言っちゃあくれねぇか? 比較対象があの
「ふむ……それもそうか」
「あぁ、そうだぜ」
それから二人は何がおかしいのか、肩を揺らして小さく笑い出した。
……ただしそれは、単に互いが愛想笑いをしただけなのかもしれないが。
男はひとしきり笑ってから、自らのマントの中に手を突っ込んだ。
「それで単刀直入に聞くんだが、俺を信用してもらうにはやっぱり……こいつを渡せばいいのか?」
男は懐から、幾重にも包帯と封印符が施された細長い物体を強引に取り出し、放り投げる。
シャドウゴーレムはそれを受け止めると、不器用な手つきで包帯と封印符を剥がしてから中身を検め……再び肩を揺らした。
次にその口なきその体から漏れてきたのは先ほどとは打って変わった、正真正銘の歓喜が篭った笑い声だった。
奈落の底から湧いたかのような薄気味悪い歓喜を隠すことなく、シャドウゴーレムの本体は宵闇に歓声をあげていた。
「ふっふっふ……あっはっはっは! 確かに本物……魔力を解き放つことに特化した、我が目的に必要なものよな。……よかろう。貴公との同盟、しかと受けよう」
シャドウゴーレムが満足げな声と共に差し出してきたのっぺりとした手を、男はがっしりと握り返した。
「信用してもらえたみたいで何よりだ。互いの目的のために、それなりに仲良くしようや」
「それは当然。儂らには共通の目的があるのだから、しばらくの間は仲違いをすることもそうなかろう。……さて。同盟を結んだ以上は互いの信頼のためにも、これから儂本体の場所に案内しよう。ついてくるがいい」
踵を返したシャドウゴーレムの後を、男は無言でついて行く。
そうして二人の人影は、夜の闇へと紛れていった。
また、この時……男の口元に歪んだ笑みが張り付いていたのを、