24話

文字数 3,309文字

 ──ユノの手を焦がしかけた時とは違って、今の明らかに殺意があったよね!?

 どうやらバーンは、アンが気に入らなかったようだった。
 けど、一体どうしてなんだ……。
 少なくとも僕は、ただ困惑する他なかった。

 また、バーンが爆発範囲を絞ったのか、幸い周囲の家具に被害はなかった。
 そして黒煙の中から現れたアンは、げほげほと咳きこんでいた。
 ……流石は魔剣。
 あんな爆発に巻き込まれたのに、いかなる超常の法則が働いたのか、服も含めて火傷一つないようだった。

「……全く、随分とアグレッシブな雛ですね。焼き鳥にされたいのでしょうか?」

 突然爆発されたことで、アンは当然というべきかでプルプルと震えながら怒り出した。
 ……笑顔のまま怒るものだから、正直僕でさえちょっと怖く感じる。

『ピー!』

 バーンはアンに煽られて怒ったのか、体に纏う炎を大きくしていく。
 それを見かねて、僕は両手に魔法陣を展開して軽い白魔で炎耐性を付与(エンチャント)し、そのままバーンをすっぽりと覆った。

「こら、バーン。不用意に燃えたらいけないって言ったでしょ。どうしてこんな真似を」

 バーンは僕の手の中で振り返り『?』とくりくりとしたつぶらな瞳で見つめてくる。
 か、可愛い……いや、落ち着け僕。

 これはきっとバーンの作戦に違いないんだから、見た目で許しちゃだめだ。
 こういう時こそ、しっかり注意することが大切だ。

 決意を固めていると、アンが低い声で話し出した。

「……フリーデン様。もうよろしいのではないでしょうか」

「アン?」

 気がつけば、アンは瞳を赤く輝かせながらバーンへと迫っていた。

「このような無礼なひよこ……本当に焼き鳥にしてしまいましょうっ!」

『ピ、ピー!?』

 アンの殺気(しかし多分本気じゃないと思う)をモロに受けたバーンは、悲鳴をあげて小刻みに震え出した。

「今更許しを乞うても無駄です。魔剣である私への敬意を払わない魔物など……幻獣とは言え言語道断。許しがたいです!」

『ピィィィィィィィィィ!?』

 両手をワナワナとさせながら迫って来たアンに、僕の手の中で逃げることができないバーンはさっきよりも数段大きな悲鳴を上げ……。

「あっ」

 手の中から抜け出してから、コーヒーカップの後ろに隠れてしまった。
 ……小さく見え隠れする尾羽が、小刻みに震えていた。

 ──そんなに怖かったんだ……。

「……ふん、まあ良いです。今回はこの辺りで許して差し上げましょう」

 震えるバーンの姿に、アンも溜飲が下がったようだった。
 ちなみに当然だけども、この後バーンがアンを巻き込んで爆発するような……事態はもう二度と起こらなかった。

 ***

「畑の範囲は……ざっとこれくらいかな」

 麦わら帽子とワンピース姿のユノが手渡してくれた鍬で、地面に線を引いていく。
 家を建ててくれたドワーフの友人曰く、このあたりの土は「畑作はやろうと思えばそれなりにできる」程度の土であるらしい。
 事実、既にできている畑の方では色んな作物が美味しそうに実っている。

「時にフリーデン様。ドリアードなどは召喚しないのですか? そうした方が、畑の質もより良いものになると思うのですが」

「ドリアード? 土と草木を司るっていう、あの精霊?」

 アンはそのドリアードで間違いないと、首肯した。

 ドリアードとは、土地神とも称される精霊の一種だ。
 存在するだけで土地の生命力を活性化させ、草木の成長を促進させ、その結果として生態系そのものを豊かにしてくれるありがたい存在であると聞いている。
 ただ……。

「うーん。呼べるならそれに越したことはないけれど、僕はそっち方面には精通していないからちょっと難しいかな」

 実を言うと魔王軍時代に前衛だったこともあり、召喚系魔法のような後衛が主に扱う魔法は一部を除きあまり得意ではないのだ。
 ドリアードを呼ぶ術式そのものは何となく分かるけど……魔力の調整はどんな感じだったか。
 混ぜ込む魔力の量は『白魔:水:土:風=一:四:六:六』……とかだった気がするけど、魔王軍の書庫でざっと魔導書に目を通したくらいだからうろ覚えもいいところだ。

「フリーデン様、そんなに難しい顔をしないでください。ユノはエルフですし、彼女も呼びかければ問題なく応えてくれる筈です」

「えっ、そうなんですか?」

 当のユノは何も知らないのか、目を丸くしていた。
 もっとも、僕もそれについては知らなかったけども。

「あら、知らなかったのですか? エルフとドリアードは、古くからの同盟関係にあるのですよ。それに同じ森林に住まう者同士だからか、気も合うようでして」

 アンは軽く説明をしてから、小石を持って地面に何かを書き出した。
 一見してそれは、円形魔法陣状の召喚術式だ。
 その魔法陣に、アンは白魔、水、土、風の印を描いていく。

 白魔は物事を活性化させる、転じて向上の意。
 水は万物の源、あらゆる精霊の要。
 土は形を与える良き鋳型、万象を支える。
 風は運気を運ぶもの、心を濯ぐは澄んだ流れ。

 それぞれの印に込められた意味を、アンはゆっくりと読み上げる。
 その後、アンは魔法陣を囲うように巨大な正方形を書き込み、その四方に小石を配置した。

「単なる簡易召喚術式だと不安定だから、結界に見立てた石の正方形で囲ってある程度の安定性を獲得しているっていうことかな。でも……精霊を呼ぶなら召喚術式よりも降霊術式の方がいいと思ったんだけど、そういうものでもないのかい?」

 精霊の体には実体があるものの、その在り方はどちらかと言うと霊に近いものがある。
 そして今アンが書いたのは、属性の印は精霊のドリアードを呼び出すものだけど、形式的には使い魔などを呼び出す召喚術式となっている。
 それに加え、ドリアードのように有名な精霊を呼び出す術式には、多分魔力の伝導率が良い水銀か、溶かしたオリハルコンのどちらかくらいは触媒として必須だろう。
 いくらなんでも土と石だけで描いた召喚術式じゃあ難しいのでは……。

「……なんてことを、フリーデン様は考えていらっしゃるかもしれませんが。心配はないですよ。ドリアードに呼びかけるのは主にユノですが、召喚術式を起動させるのはフリーデン様ですから」

 考えを言い当てられて、思わずぎょっとした。
 しかしその後にアンが言った「僕が召喚術式を起動させるから大丈夫」といった旨の言葉に、思わず首を傾げてしまった。

「……どゆことことだい?」

「そのままです。凡庸な魔法使いならさておき、フリーデン様くらいの一流の使い手なら、こんな適当な術式でもドリアード程度容易に召喚可能でしょう」

「い、いやいや。僕が一流って、凄く適当な物言いな気が……」

 ──僕はあくまで【前衛】であって、純粋な【魔法使い】としては比較的凡庸な方だと思うんだけど……。
 現に短縮するのが精一杯で、無詠唱で魔法撃てないし。

 そもそもの話、一流の魔法使いとは第五階梯(フュンフクラス)の魔法を連発していた魔王様や、四天王クラスの方のことを指す言葉だろう。
 いくら最盛期の僕でも第五階梯(フュンフクラス)を何度も連打できたほど、魔法に特化していた訳じゃない。
 ……のだけども。

「アンさん。やっぱりフリーデンさんは、とても凄い方なんですか?」

「ええ。この方は魔法使いとしての実力も本当に一級品ですよ。特に、魔力のコントロール能力は非常に高いです。フリーデン様のお力は、かつてこの方の魔法で助け出された私が保証します」

「おおお……っ!」

 ──瞳を輝かせるユノの無邪気な期待が、重たくのしかかるっ……!
 しかも「私、精霊を見たことがないので楽しみです!」とか言っているし!

 アンのお陰でハードルを上げられた僕は「こりゃ失敗はできないぞ……!」と、体が痛まない程度に魔力を循環させるのだった。
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