2話

文字数 2,702文字

「さて、今日はどれくらいの大きさの魚が釣れるかな」

 鼻歌混じりに、いつも釣りをする場所へと向かう。
 目的地に着くと、まずは釣竿とビクを下ろして、靴を脱いで浅瀬に足を踏み入れた。
 ──うーん……夏が近いから、気持ちがいいな。
 程よくひんやりとした清い水が、足を撫でてくれる。
 暫く水の冷たさを堪能してから、いつも通りに川底の石をどかして、小さな川虫を捕まえた。

「これくらい採れれば良いかな」

 湖から上がって、小さな石の上に腰掛けながら、釣竿の準備をして川虫を針に付ける。
 今日も上手い具合に調整できた手応えを感じ、竿を軽く掲げてみた。
 そうして、糸を水中に垂らしてから待つこと数十秒。

「おおっ、今日は少し早い……なっと!」

 ウキが勢いよく沈み込むのと同時に、素早く竿を上に振り上げる。
 元気よく跳ねる魚を手元まで寄せ、釣り針を取った。
 大きさは僕の手のひらから肘くらい。
 結構良いサイズで、中々幸先がいい。
「後三匹くらい釣れたらいいな」と思いながら釣れた魚をビクに放り込み、新たな餌を針に付けた。

 ……その後。
 二匹が追加で釣れ、最後の一匹を釣ろうと針に餌をつけようとした時、川の方から湖に何かが流れ込んでくるのが見えた。
 あれは……流木だろうか。
 この一帯は僕以外に住んでいる人がいないくらい深い山奥で、しかもこの山の特性上魔物なんかも住んでいない。
 何より湖に流れ込む川も上流と言えるところだから、ここに流れてくるのは流木くらいのものだろう。
 ……ただ、あの流木は何かが変だと感じて目を凝らす。
 何が変かと言えば……そうだ、色合いがおかしい。
 あれは木の幹特有の枯れた茶色や淡い灰色じゃなく、泥にまみれているけれどどこか白っぽい。
 そしてそれが正面にゆっくりと流れて来た時、思わず息を飲んだ。

「なっ……人!?」

 何かがおかしいと感じた流木の正体は、何と浮いている流木に掴まっている人だった。
 体の大きさからして、多分子供じゃないだろうか。
 ──急いで助けないと……!
 湖に飛び込んだ途端、その子が流木を手放して沈んでいく。
 僕もその子を追うようにして、軽く息を吸って一気に潜った。
 透明度の高い透き通った湖であることが幸いし、水中でもその子の姿をはっきりと捉えることができた。
 その子を抱きかかえ、素早く浮上する。

「大丈夫? しっかりするんだ!」

 泥にまみれたその体を、軽く揺すってみる。

「う……うぅ……」

 その子は小さく目を開いてから、また静かに目を閉じた。

「よかった、まだ息はある……!」

 氷の様に冷え切った小さな体を抱きかかえ、僕は急いで我が家へと戻った。

 ***

 抱えていた子をベッドに下ろし、毛布をかけてやる。
 次に僕は風呂場へ飛んで行き、最低級、第一階梯の水魔法と炎魔法の魔法陣を重ねがけする。
 体の損傷も大分治り、魔法も最上級の第五階梯やその前の第四階梯までいかないくらいならどうにか使えるようになってきた。
 ……無理は禁物だけどね。

「清き青と猛き赤……調和せよ、二重魔法(デュアルスペル)!」

 熱湯を生み出しながら、湯船に溜まりつつあるそれの温度を手で確かめ、調整していく。
 こういう時、魔法はとても便利だ。
 誰かを救う手助けになってくれる。
 湯船にお湯が溜まりきってから、ベッドで横になるその子を風呂場へと抱えて行く。

「あ……うぅ……」

 お湯につけた途端、その子は小さく身じろぎをした。
 もしかしたら、どこかに傷があって染みているのかもしれない。

「ごめんね、少しだけ我慢して。君の体を綺麗にしないと、どこに傷があるのか分からないんだ。何より、体を温めて体温を上げないと」

 その子は返事の代わりに小さく首を動かし、また寝息を立て始める。

「……さて。まずは服を脱がせないと」

 元の質は良さそうなのに今はボロ切れ同然になっているその服装から、何かのトラブルに巻き込まれたのかもしれないと推察できるけど……今はそれどころじゃない。
 ぱぱっと手早く脱がせて、体を綺麗にしなければ。

「……あっ」

 そして一思いに服を脱がせたところで、はたと気づいた。
 その子には……男にある筈のものがなく、体もそれなりに丸みを帯びていて、膨らみかけの胸があって。
 つまり……そういうことです。
 ……はい。

「……い、いやいや。今は非常時だから……でも、ごめんね……」

 顔が泥だらけだったから、男の子なのか女の子なのか、いまいち分からなかったのだ。
 罪悪感を覚えながらも女の子の体を一通り綺麗にした後、顔や頭を手に展開した魔法陣から出るお湯で洗う。
 すると、思わぬことが判明した。

「……びっくりした。この子、エルフなのか」

 小さな童顔に、透き通った銀髪。
 そして少し尖っている、特徴的な耳。
 間違いなく、エルフ族の女の子だった。
 エルフ族は亜人種に分類される、森の狩人と呼ばれる者達だ。
 自然と調和して生きる種族であり、滅多に森を出ることがないことから外部、特に人間との接触は殆どなかった種族にして……だからこそ、あの勇者のとった弾圧政策に気づくのが遅れ、真っ先に滅ぼされかかった種族。
 生き残ったエルフ族は集まり、どこかに集落を形成して生きているという話を、風の噂で聞いたことがある。
 でも、この子が流れて来たこの山の上には集落はおろか、魔物すらも住んでいない筈だ。

「それなら、一体どうしてこの子は……」

 考えに耽りかけて、顔を左右に振る。
 今は考えるより、この子を助ける方が先決だ。
 女の子を湯船から上げタオルで体を拭いながら、その体にどんな傷があるかを確かめる。
 ──よかった、軽い擦り傷が手足にあるだけだ。深い傷口は見当たらない。
 とりあえず僕の服を着せて、シーツと毛布を取り替えたベッドに女の子を寝かせる。

「次は……この子の体力を回復させないと」

 見るからに衰弱しているこの女の子をただ寝かせておくだけにするのは、正直不安だ。
 体力も相当落ちているようだし、風邪をひいて高熱を出して、そのまま重篤化する可能性もある。
 ──それなら……あれを作ろうかな。
 体力を回復させられる上に、傷口も塞ぐことができる。
 材料は一通り揃っている。
 もう一度女の子を見ると……やっぱり、少しだけ顔が青い。
「早く作って飲ませた方がいいか」と判断した僕は、彼女の眠る部屋をそっと後にした。
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