31話

文字数 3,934文字

「……そうか。魔王軍に与していた貴公であれば、人間を滅ぼすという考えに少しは賛同の意を示すかと思っていたが……見当違いであったか。それでは、致し方あるまい……!」

 ヴォルザークは失望の意を示しながらローブを脱ぎ捨てると、手にしていた杖を自身の正面に突き刺し、喉奥から掠れた咆哮を上げた。
 それと同時に、ヴォルザークから発される魔力とこの空間に溜まっている魔力が、杖へと集約していくのを感じる。
 空間を歪ませるほどの魔力の奔流が次第に目に見えるほどに強まっていき、これは目の前の出来事がただ事ではないと悟るには十分すぎていた。

『フリーデン様!』

「あぁ!」

 魔剣の切迫した声音と共に、僕は反射的に彼女を振るって三日月状の紫電を射出する。
 さながらそれは、第三階梯並みの擬似魔法と言える魔力を保持していた。
 即興の一撃ではあったものの、ヴォルザークを完全に捉える必中の軌道に乗っている。

 ──これなら……なっ!?

 必殺を感じて魔剣を振るった直後、目の前で起こった光景に僕は我が目を疑った。

「どうした英雄、この程度か?」

 何とヴォルザークは余裕ありげに紫電を左腕で受け止め……そのまま握り潰すようにして、消し去ってしまった!

『そんな馬鹿な……!?』

 衝撃を受ける魔剣を他所に、ヴォルザークは魔力の吸収に伴って体を変化させていく。

 頭髪は白髪から、若々しい金髪に。
 呻り声も、どんどん野太く……力強くなっていく。
 曲がっていた腰がすらりと伸び、顔から皺が消える。
 最後に二の腕をはじめとして全身の筋肉がばくん! と跳ね上がり……老人だったヴォルザークは、筋骨隆々とした生気溢れる益荒男と化していた。

「な……何が起こっているんですか!?」

 あまりに突飛なその光景を前に、ユノの声は上ずっている。
 そんなユノを庇うように、ワカバが足を引きずりながらもユノの前に出た。

「これは……活性化の、力。地属性魔法特有の、効果にして……この空間にある神樹の魔力の残滓を、使った結果……!」

 ワカバの言う通り、確かにこれは魔法の力によるものだろう。
 だとしても、如何に神樹の魔力を使っているとはいえこんなにも急激に若返るのは流石に異常だ。

 ──どんな仕掛けがあれば、こんなことが……!?

「……気になるか、この儂がどのようにして若さを取り戻したのか。それは……これの力を借り受けたのだ!」

 人間でいうところの二十代後半くらいの姿となったヴォルザークは、ニヤリと笑みを浮かべてから杖を掲げる。
 すると、その杖が光を放って変化を始めた。

『……! この感じはっ!』

 魔剣の鬼気迫る声から、彼女が怒っていることが窺える。
 そしてその怒りは……杖の正体がとある剣であることに起因するものであるということも、すぐに察することができた。

 杖が変化した姿は……端的に表せば、長剣だった。

 柄に刻まれているのは、リーラス王国の紋章。
 その刀身はいぶし銀に輝き、そこにも紋章が彫られている。
 一見して華美な装飾の見られない、シンプルな見た目。
 しかしその刀身からは、魔殺兵装(デーモンブレイカー)を保持した武具特有の、(うなじ)の辺りが痺れるような気配が伝わってくる。

 僕はその剣のことを……よく見知っていた。

「それは……準聖剣!? そんなものを、何故貴方が!?」

 ヴォルザークが握っている剣は、かつて僕が苦しめられた準聖剣と同種もので間違いなかった。
 まさか、此の期に及んでそんなものを目にすることになるとは……これが因果か。

 ヴォルザークは、不満げに鼻を鳴らした。

「ふん、儂とてこのような代物を使うつもりはなかったのだが……多大な魔力を消費する儀式に必要なものである以上、そして貴公らを退けるためには仕方があるまい!」

 開き直るような物言いのヴォルザークとは対照的に、魔剣は悔しそうに呻いた。

『準聖剣……。星の光と……罪もない精霊数百人を生贄に錬成された、外道の武器! そんなものを総族長自ら手にするとは……エルフも堕ちたものです!』

「……!」

 ──そうか。

 準聖剣がどんなふうに生み出されたのかは知らなかったけど……そんな方法だったのか。
 道理で魔殺兵装(デーモンブレイカー)なんて精霊系統の特性が付与される訳だ。

 魔剣が歯を強く噛みしめているような気がして、僕は自然とその柄を軽く撫でていた。

『……フリーデン様。取り乱してしまい、申し訳ございません』

「ううん。……正直僕も、怒ってるよ。まさかリーラス王国が、そんなことまでしていたなんて……!」

 僕の心中は、最早穏便ではなかった。

 準聖剣を作り上げた方法は、正しい意味で唾棄すべきものだ。
 僕らと同じように意思あるものを犠牲にすることで生み出される武器なんて、作ることを許される道理がどこにもない。
 準聖剣はもう二度と生み出されてはならないもので、魔剣の言うように外道の武器だ。
 けれど、もう存在しているものは……これ以上、その刃にかかる犠牲者が増えるその前に。

 ──極限まで……再構成不可能なレベルまで破壊するしかない!

「ほう。この剣が憎いか、魔剣よ。……それにしても、先ほどからそうやって半人半魔の手の中にあるところを見ると、魔王の座を蹴ったその男がよほど気に入ったらしいな。……まあよい。どちらにせよそのような中途半端な者の手に渡るような尻軽であれば、儂が準聖剣……いや、この【真・準聖剣】を使い、文字通り真二つにしてくれよう!」

 ──真・準聖剣?

 一体どういうことかと疑問に感じた直後、準聖剣の刀身が逆巻く豪風と鈍重な暗緑色の魔力を纏い出す。
 それが神樹の魔力だと理解するのに、さほど時間はかからなかった。

「くっくっく……ハハハハハ! これだ! これこそ儂が望んでいた力そのものだ!」

 ヴォルザークの哄笑に応えるかのように、刀身が纏う魔力は高まり、周囲に吹き荒れる豪風の強さもまた増していく。

 莫大な神樹の魔力を使った、強引な刀身への強化(バフ)
 どうやらそれが真・準聖剣の正体のようだった。
 けれど、たかが強化(バフ)などと笑うことなどできない。

 輝かしかったと思われる神樹の魔力など今や見る影もなく、そこに在るのは報復の悪意に汚された鉛色の混じった重たい緑。
 それを目にして、正直おぞましいと感じた。
 そう、悪意のこもった純粋な力ほど……恐ろしいものもないのだ。
 死闘の予感を覚え、僕は魔剣の柄を固く握りこむ。

 その刹那、魔剣が『誰が尻軽なものですか!』とヴォルザークに臆することなく言い放った。

『全く、分かったような口を利かないでいただきたいものです。何より、あの聖剣(おんな)の紛い物で私を壊そうなどと……! そのような妄言、我が主の前では叶わないと知りなさい!』

「ならば……愚かな半魔の主諸共、斬り伏せてくれよう!」

 往年の力を取り戻したらしいヴォルザークは、全力で祭壇を蹴って肉薄してくる。
 真・準聖剣から発される豪風が祭壇を形作る岩を削りながらこちらに向かってくる様は、嵐そのものが僕へと向かってきているようにすら思えた。

「させるか……っ!」

 こちらも魔剣を上段に構え、振り下ろす!

 手元の魔剣と真・準聖剣が、火花を散らして衝突する。
 その一連の動作だけで、僕らの足場には蜘蛛の巣状のヒビが生まれ、砕けていく。
 また、魔力の性質が真逆である両者が斬り結んでいる面からは、強烈に魔力が反発し合っており、少しでも気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだった。

「あくまで儂に抗うと言うのならばいいだろう! しかし! いかに英雄と言えど手負いの半人半魔の限界など……見え透いておるわ!」

 ヴォルザークは高笑いをしながら、ジリジリとこちらに準聖剣を押し付けて来る。
 豪風による速度強化に加え、地属性魔法が擬似的な強化(バフ)をしていることもあって……力比べでは、分が悪いか!

「フリーデンさん……!」

 進退窮まったその時、泣きそうなユノの声が聞こえて我に帰る。
 見れば、ユノは僕の方を見ながら胸のあたりで両手を組んでいた。

 それは……どの種族でも同じように、祈り願う者がとる姿勢だ。
 希望を信じ、絶望を跳ね除けようとする仕草そのものだ。

 ──それなら……ユノの前にいる僕が、退く訳にはいかない。
 今この場で、一番恐ろしい思いをしているユノが希望を信じているなら……僕が退いてどうする!

「むっ……? 儂が押されている、だと!?」

「ウオォ……ッ!」

 唸りながら全身の筋肉に魔力を流し込み、こちらも無理矢理に即興の強化(バフ)をかける。
 引き上がる筋力と同時に、全身に疼痛が走る。
 ……だからどうした、この程度ッ!

「貴方の言うように、確かに僕は万全じゃない……だとしても!」

 次いで魔剣に魔力を流し込み……紫電と共に、刀身から魔力を解放する!

「負けられるかっ!」

 ***

『──そうだフリーデン、お前はいつだってそうしてきただろう。
 ──己が信念に従い……守ってみせろ!』

 ***

 紫電のその先、朧げに見えた白昼夢。
 そこに立っている遠い人影の激励を受け……僕は力を最大限にまで引き上げる!

「ハァッ!」

「ん、ぬうぅぅっ!?」

 紫電を散らした渾身の振り抜きが炸裂し、ヴォルザークを祭壇直下へ叩き落とす!
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