21話
文字数 3,238文字
「いかにも、私は魔剣。正しき名をアンタレスと申します」
剣の姿で宙に浮きながら名乗ったアンタレスは次の瞬間、光と共に再び人の姿になっていた。
……本当に、何事もなかったかのように。
「……驚いたな。魔剣も精霊剣の一種だとは聞いていたけど、ここまで完璧に人の姿になることができるなんて……」
それにこうやって人の姿でいる間は魔力を抑えているらしく、本当にただの人間にしか感じられない。
……それがどれだけの離れ業であるか、魔力を扱ったことのある者なら誰しもが分かることだろう。
「私は元々精霊ですから。こうして人に似せた元の姿を魔力で構築することもできます……さて」
アンタレスはこほんと小さく咳払いをしてから。
「こうして私の正体をご覧いただけたことで、そして先日の黒蝕の日からも、聡明なフリーデン様なら全てを悟られたかと思います。それでは、今後の予定についてですが……」
「……ごめん。一体どういうことか、詳しく説明をしてくれるとありがたいかな。特に……君が僕のことを、新しい魔王って呼ぶあたりから」
話が飛躍しすぎていて、もう何が何だかよく分からんというのが正直なところだ。
そもそも魔剣とは、魔王の証とも称されるものだ。
しかし……その魔剣が何故わざわざこんな山奥にまでやって来て、僕を、引退した身の元兵士を魔王と呼ぶのか。
それと、黒蝕の日とは一体何の関係が。
アンタレスはきょとんとした顔で「……あらっ?」っと呟いた。
「失礼を承知でお聞きするのですが、その……フリーデン様は、魔王の継承権について……ご存知ではないのですか?」
「……うん」
魔王の継承権……確かそれは、多くの節に分かれていたものだった。
でも、次の魔王はいずれ生まれるであろう魔王様のご子息だと思っていたし、何より僕とはあまり関係のない話だと思ってたから、実を言うとよく覚えていないのだ。
「それでは、僭越ながらご説明をさせていただきます」
アンタレスは懐……もとい服と豊かな胸の隙間から羊皮紙を出し、僕に見せてきた。
……め、目に毒な取り出し方だ……。
「貴方様が満たしている継承権を端的に表してしまえば、この節になります」
僕はアンタレスの広げた羊皮紙を、上からじっくりと見ていく。
そこには確かに、魔王の継承権に関する内容が綴られていた。
まず一つ目は……やっぱり、代々強い力を持つという魔王 様の血縁者から魔王を選出する旨だ。
これについては「一族の力が如何に強大と言え、血縁内で魔王の座を占めるのはいかようなものか」という声が、歴史上何度か上がったこともあったらしいけれど。
僕としては、強い魔物が頂点に立つという魔王領の根底にあるしきたりに則っているのであれば、悪くないと思っている。
それに魔王様は他の魔物や亜人と比べて桁違いに魔力が強大で、文字通り「魔」物の「王」様と呼ぶに相応しい力を誇っていた。
でも、それもその筈……何せエル様の一族は、かの『バエル』の末裔であったらしいのだから。
そういう意味でも、強い力を持つ『バエル』に連なる血族の者が魔王になるというのは、悪い話ではないと思う。
次に続くのは……「魔王領に属し、魔王に一騎打ちで勝った者」という内容だ。
これも強い魔物が頂点に立つという、魔王領のしきたりに則っている。
そうやって一つずつ継承権を確認していき……最後、アンタレスが指差す一節には、端的にこう書かれていた。
【斃されし魔王に代わり、勇者を討伐した者。太陽と月が影で覆われた後 、新たな魔王とならん】
……。
…………。
──そ、そゆこと!?
斃された魔王の代わりに、魔物の天敵である勇者を討伐した者。
それは見ようによっては、魔王をも超える魔王領最強の魔物 であるという証にもなる。
……半人半魔の僕が最強の魔物 な訳、実際には多分これっぽっちもないのだけど。
──そもそも勇者を倒した時は……戦う前に仲間から白魔で強化 を幾重にもかけてもらって、それで相打ちがやっとだったし。
それでも、ものは言いようということで。
……要するに、この一見適当に見える【斃されし魔王に代わり、勇者を討伐した者】という継承権の一節も、強い魔物が頂点に立つという魔王領のしきたりに十分則っているのだ。
──いやはやそれにしても、まさか継承権にこんな一節があっただなんて……。
それと、太陽と月が影で覆われた後 ってつまり……おお、黒蝕の日の後ってことか!
合点がいった僕は右手を軽く握り、左手のひらを軽くポンと叩いた。
「そのご様子では……納得してくださったようですね」
アンタレスはこちらの様子を見て満足げな笑みを浮かべ、話を続ける。
「そうです。勇者を討伐した貴方様は、この世で唯一魔王の継承権を有しているお方なのです。貴方様はもしかしたら、かの有名な四天王が魔王になるべきだと思われたかもしれません。しかし、あの方々が如何に強く有能であられても、今の所は魔王を継ぐ資格がないのです」
なるほど。
魔王を選定すると言われる魔剣 が僕の目の前に現れた理屈は、一応一通り分かった。
……でもさ。
「その……ここは特例措置ということで、僕以外の誰かを魔王にすることとかって、できないかな? ほら、僕は半人半魔だし。僕よりも素の力が強い、純粋な魔物や混じり気のない亜人なんて結構いそうだし。……何より、こんな山奥に引きこもってる僕が魔王になるよりも、やる気がある人がやった方がいいんじゃないかなぁって……」
言い訳を重ねてみるものの、そもそもの話、僕に魔王なんて重大な役職が務まる訳がない。
それに……もしこの場で本音を言えるとするなら、僕はこのように言うことだろう。
──僕はただ……静かに過ごしたいだけなんですけど……!
魔王なんてやったら、魔王 様みたい多忙な生活になること間違いなしだし。
それは、ちょっとどころかかなり嫌かなぁって……!
……はい。
とはいえアンタレスは、僕を魔王にする気でわざわざこんな山奥にまで来た訳だ。
だから言うとしても、もう少しオブラートに当たり障りなく包まなければ。
……何てことを画策していたら。
「それは……不可能です」
アンタレスは、静かに首を横に振った。
「あの継承権に関する取り決めは、全て初代の魔王様が決定されたものです。そして私はそのルールに則り、新たなる魔王を選定し、お迎えに上がる役割を持つ者でもあります。ですから……先ほど見せたものに、どれか一つでも当てはまるお方がいる限り、例外は特例措置も含めて一切認められません。それにですが……」
アンタレスは僕の手を取り、再び柔らかなその両手で包み込んだ。
「継承権のルールがなかったとしても、私自身、フリーデン様には新たな魔王になっていただきたく思います。何せ……私を勇者の手から救い出してくださった方ですから」
アンタレスは何故か語尾をすぼめながら顔を赤らめ、僕から目を逸らしてしまった。
彼女は戦時中、どこかへと失われてしまったとされていた。
しかし……彼女の口ぶりからして、きっと勇者に持ち去られていたのだろう。
──ただ、僕がアンタレスを勇者の手から救い出したと言われても……。
「……ごめん。それ……いつのことだっけ……?」
苦笑しながら、後ろ頭をかきつつそう言ってみたところ。
次の瞬間、アンタレスが石のように固まった……気がした。
……いや、こう言うのもどうか許して欲しい。
だって正直なところ……僕が魔剣を勇者から救ってたなんてご大層な話、僕自身もたった今、初めて聞いたのだから。
剣の姿で宙に浮きながら名乗ったアンタレスは次の瞬間、光と共に再び人の姿になっていた。
……本当に、何事もなかったかのように。
「……驚いたな。魔剣も精霊剣の一種だとは聞いていたけど、ここまで完璧に人の姿になることができるなんて……」
それにこうやって人の姿でいる間は魔力を抑えているらしく、本当にただの人間にしか感じられない。
……それがどれだけの離れ業であるか、魔力を扱ったことのある者なら誰しもが分かることだろう。
「私は元々精霊ですから。こうして人に似せた元の姿を魔力で構築することもできます……さて」
アンタレスはこほんと小さく咳払いをしてから。
「こうして私の正体をご覧いただけたことで、そして先日の黒蝕の日からも、聡明なフリーデン様なら全てを悟られたかと思います。それでは、今後の予定についてですが……」
「……ごめん。一体どういうことか、詳しく説明をしてくれるとありがたいかな。特に……君が僕のことを、新しい魔王って呼ぶあたりから」
話が飛躍しすぎていて、もう何が何だかよく分からんというのが正直なところだ。
そもそも魔剣とは、魔王の証とも称されるものだ。
しかし……その魔剣が何故わざわざこんな山奥にまでやって来て、僕を、引退した身の元兵士を魔王と呼ぶのか。
それと、黒蝕の日とは一体何の関係が。
アンタレスはきょとんとした顔で「……あらっ?」っと呟いた。
「失礼を承知でお聞きするのですが、その……フリーデン様は、魔王の継承権について……ご存知ではないのですか?」
「……うん」
魔王の継承権……確かそれは、多くの節に分かれていたものだった。
でも、次の魔王はいずれ生まれるであろう魔王様のご子息だと思っていたし、何より僕とはあまり関係のない話だと思ってたから、実を言うとよく覚えていないのだ。
「それでは、僭越ながらご説明をさせていただきます」
アンタレスは懐……もとい服と豊かな胸の隙間から羊皮紙を出し、僕に見せてきた。
……め、目に毒な取り出し方だ……。
「貴方様が満たしている継承権を端的に表してしまえば、この節になります」
僕はアンタレスの広げた羊皮紙を、上からじっくりと見ていく。
そこには確かに、魔王の継承権に関する内容が綴られていた。
まず一つ目は……やっぱり、代々強い力を持つという
これについては「一族の力が如何に強大と言え、血縁内で魔王の座を占めるのはいかようなものか」という声が、歴史上何度か上がったこともあったらしいけれど。
僕としては、強い魔物が頂点に立つという魔王領の根底にあるしきたりに則っているのであれば、悪くないと思っている。
それに魔王様は他の魔物や亜人と比べて桁違いに魔力が強大で、文字通り「魔」物の「王」様と呼ぶに相応しい力を誇っていた。
でも、それもその筈……何せエル様の一族は、かの『バエル』の末裔であったらしいのだから。
そういう意味でも、強い力を持つ『バエル』に連なる血族の者が魔王になるというのは、悪い話ではないと思う。
次に続くのは……「魔王領に属し、魔王に一騎打ちで勝った者」という内容だ。
これも強い魔物が頂点に立つという、魔王領のしきたりに則っている。
そうやって一つずつ継承権を確認していき……最後、アンタレスが指差す一節には、端的にこう書かれていた。
【斃されし魔王に代わり、勇者を討伐した者。太陽と月が影で覆われた
……。
…………。
──そ、そゆこと!?
斃された魔王の代わりに、魔物の天敵である勇者を討伐した者。
それは見ようによっては、魔王をも超える魔王領最強の
……半人半魔の僕が最強の
──そもそも勇者を倒した時は……戦う前に仲間から白魔で
それでも、ものは言いようということで。
……要するに、この一見適当に見える【斃されし魔王に代わり、勇者を討伐した者】という継承権の一節も、強い魔物が頂点に立つという魔王領のしきたりに十分則っているのだ。
──いやはやそれにしても、まさか継承権にこんな一節があっただなんて……。
それと、太陽と月が影で覆われた
合点がいった僕は右手を軽く握り、左手のひらを軽くポンと叩いた。
「そのご様子では……納得してくださったようですね」
アンタレスはこちらの様子を見て満足げな笑みを浮かべ、話を続ける。
「そうです。勇者を討伐した貴方様は、この世で唯一魔王の継承権を有しているお方なのです。貴方様はもしかしたら、かの有名な四天王が魔王になるべきだと思われたかもしれません。しかし、あの方々が如何に強く有能であられても、今の所は魔王を継ぐ資格がないのです」
なるほど。
魔王を選定すると言われる
……でもさ。
「その……ここは特例措置ということで、僕以外の誰かを魔王にすることとかって、できないかな? ほら、僕は半人半魔だし。僕よりも素の力が強い、純粋な魔物や混じり気のない亜人なんて結構いそうだし。……何より、こんな山奥に引きこもってる僕が魔王になるよりも、やる気がある人がやった方がいいんじゃないかなぁって……」
言い訳を重ねてみるものの、そもそもの話、僕に魔王なんて重大な役職が務まる訳がない。
それに……もしこの場で本音を言えるとするなら、僕はこのように言うことだろう。
──僕はただ……静かに過ごしたいだけなんですけど……!
魔王なんてやったら、
それは、ちょっとどころかかなり嫌かなぁって……!
……はい。
とはいえアンタレスは、僕を魔王にする気でわざわざこんな山奥にまで来た訳だ。
だから言うとしても、もう少しオブラートに当たり障りなく包まなければ。
……何てことを画策していたら。
「それは……不可能です」
アンタレスは、静かに首を横に振った。
「あの継承権に関する取り決めは、全て初代の魔王様が決定されたものです。そして私はそのルールに則り、新たなる魔王を選定し、お迎えに上がる役割を持つ者でもあります。ですから……先ほど見せたものに、どれか一つでも当てはまるお方がいる限り、例外は特例措置も含めて一切認められません。それにですが……」
アンタレスは僕の手を取り、再び柔らかなその両手で包み込んだ。
「継承権のルールがなかったとしても、私自身、フリーデン様には新たな魔王になっていただきたく思います。何せ……私を勇者の手から救い出してくださった方ですから」
アンタレスは何故か語尾をすぼめながら顔を赤らめ、僕から目を逸らしてしまった。
彼女は戦時中、どこかへと失われてしまったとされていた。
しかし……彼女の口ぶりからして、きっと勇者に持ち去られていたのだろう。
──ただ、僕がアンタレスを勇者の手から救い出したと言われても……。
「……ごめん。それ……いつのことだっけ……?」
苦笑しながら、後ろ頭をかきつつそう言ってみたところ。
次の瞬間、アンタレスが石のように固まった……気がした。
……いや、こう言うのもどうか許して欲しい。
だって正直なところ……僕が魔剣を勇者から救ってたなんてご大層な話、僕自身もたった今、初めて聞いたのだから。