36話
文字数 5,592文字
「猛き赤よ! アサルトフレイム!」
僕が詠唱したのは、魔王軍兵士であれば大凡の魔法使いが使用可能だった平凡たる第二階梯の魔法。
されど、イグザリオンの脇腹に左手を押し当てた状態での発動により話は変わる。
「爆ぜろ!」
僕の掌とイグザリオンの脇腹の間で圧縮された魔力が、通常のアサルトフレイム以上の小爆発、衝撃波をもたらす!
「げはぁっ……!?」
腹を抉られて怯むイグザリオンに対し、こちらは反撃の手を緩めない。
純粋な魔族相手では、その高い再生能力からあの程度の傷では決定打にならないからだ。
それは半分が魔族という生い立ちゆえに再生能力が高い僕自身、よく分かっていることだ。
「駆け抜ける緑よ!」
焼けついた自分の左手に魔力を集中させて再生させながらも、この隙を逃すまいと次いで第二階梯の魔法、ウィンドスマッシュを掌底の要領でゼロ距離から打ち込む!
「させねぇ……!」
イグザリオンは咄嗟に真・準聖剣を振るって防御を試みるものの、それは下策だ。
既に僕らの間合いは、得物よりも先に拳が全てを支配する領域に入っていた。
──今なら速さは負けてない!
振り上がった真・準聖剣を首の動きだけで躱しきり、風を纏ったこちらの左拳がイグザリオンの胴へとめり込む。
「ぐっ……!」
回避不能の拳の前に、イグザリオンは地に叩きつけられ数度バウンドした。
だが、彼も然る者。
仰臥したその時にはもう、無詠唱で魔法を解放していた!
「お前も吹っ飛べ!」
同じくウィンドスマッシュを胴へと放たれ、直撃を食らった僕もまた宙高くに跳ね上げられた。
肺から空気が絞り出され、これまで受けたダメージも相まって一瞬意識が闇に沈みかかる。
『フリーデン様! ご無事ですか!?』
「……当然ッ!」
魔剣の言葉で我に帰り、魔力を大量消費した反動の痛みで意識を強引に呼び戻す。
そして……直下で立ち上がったイグザリオンと目があった。
こちらは空中では自由に動けない分、防御系の水属性魔法を発動しようかと思案した次の瞬間……イグザリオンの歪んだ笑みを視認して、背筋に氷塊を背負わされたかのような悪寒を覚えた。
「俺の本来の目的……忘れちゃあいないか?」
──しまった!?
そう思った時には既に、イグザリオンは祭壇の上にいるユノへと向かっていた。
「わ……私!?」
「ユノ……!」
ユノとワカバは互いに抱き合い、迫り来るイグザリオンに対して身を固くする。
「はっ! 俺が欲しいのはエルフの子猫ちゃんの体だけだ! だから……両方とも死んでもらって構わねぇぜ!」
驚異的な速度で二人へと迫るイグザリオンへ、空中で身動きが取れない僕はポーチから最後の杭二本を取り出して投擲する。
有無を言わせぬ奇襲攻撃、狙いは完璧。
「さっきジジイが食らっていたやつか! だがな……今の俺には止まって見えるぜ!」
しかし僕が投擲したそれらは、祭壇を駆け上がるイグザリオンに全て弾き躱され、彼の足元に突き刺さってしまった。
「これで邪魔は……なっ!?」
『ピー!』
イグザリオンがあわや二人に迫ろうとしたその時……ユノの懐に隠れていたバーンが飛び出し、不死鳥の名に恥じぬ広範囲の火炎放射を浴びせにかかる!
「それがどうしたぁ!」
だが、真・準聖剣が放つ暴風の前に爆炎の帳はかき消されてしまう。
二度の妨害をくぐり抜けたイグザリオンが、遂にユノ達の前へと辿り着く。
「万事、休すだ!」
「フリーデンさん……!」
ユノとワカバがその瞳の端に涙を浮かべた時には、イグザリオンが二人の正面で真・準聖剣を振りかぶっていた。
そうして、その刀身が振り下ろされかけたその直前。
「バーン、よく隙を作ってくれた……!」
『ピー!』
僕は宙からイグザリオンの真正面へと、躍り出ていた!
「うおっ!?」
突然現れた僕を前に、イグザリオンの動きが鈍る。
そこで生まれた隙を見逃さず魔剣で振り下ろされつつあった真・準聖剣を受け止め、イグザリオンへと再度左拳を構える。
同時、イグザリオンの足が咄嗟に僕の左手を蹴り上げた。
それによって、発動しようとしていた魔法の軌道が強引に逸らされる。
互いが互いの攻め手を一手ずつ防ぎ、空白となったコンマ数秒の間。
双方が次の攻め手を思考する微小な時間において、両者の運命を分けたのは……相棒がいるか否かの差だった。
『フリーデン様から……離れなさい!』
「何……クソッ!?」
魔剣の放った紫電がイグザリオンに直撃し、祭壇中ほどまで転げ落ちていく。
『今です!』
僕は魔剣の掛け声と共に跳躍し、意識を左拳へと向ける。
心臓から巡る魔力の流れを左拳へと集約するイメージを持ち……解き放つ!
「ラァッ!」
魔力で瞬間的に強化された追撃の拳が、赫い軌跡を残しながらイグザリオンの胸部へと炸裂した。
イグザリオンも自身の左手でこちらの拳を防ごうとするが……あまりにも鈍い!
「ぐおっ……!?」
骨格の一部を破砕する嫌な感触の後、イグザリオンは倒れかかったものの、魔族特有のタフさもあってか真・準聖剣を杖代わりにして持ちこたえた。
「へっ……この程度がどうした! こんなもん、すぐにでも再生して……!」
「させるか!」
イグザリオンが言い終わるよりも早く、文字通りの一瞬で彼の真横へと移動した僕は、そのまま魔剣で追撃を仕掛ける。
回復する隙を与えまいと強引に攻め続ける僕に、さしものイグザリオンもたじろいでいた。
「嘘だろ……っ!? 魔法石の強化 があっても、魔族化していないお前じゃあさっきからこんなに早く動ける筈が……何だ?」
イグザリオンは暴風の力もあって魔剣を受け止めながらも、足元から聞こえた破砕音の源である杭へと視線を落とす。
そして……ヴォルザーク戦の時から祭壇中に突き刺さっているヒビの入った杭を見つめ、声を上げた。
「こいつら、黒魔と風属性の魔法陣が彫られて……!? ってことは、まさか!?」
周囲に散らばる杭の能力について、察しのいいイグザリオンは気がついたようだった。
「そうとも、これらは空間転移の魔道具だっ!」
「また何つーデタラメなもんをこしらえやがった……!」
イグザリオンはデタラメなどと形容したものの、これらの杭は本来戦闘用の魔道具ではない。
以前ユノにも言ったように、これらの杭は登山用に作ったものであり。
その能力は、目視可能な極小範囲に限って空間を跳躍することができる、新手の空間転移用魔道具なのだ。
要するに、この杭を上手く使えば崩れやすい崖などを強引に這い上る必要がなくなるというわけだ。
けれど当然、そんな規格外な代物は瞬時に多用できる訳もなく……。
「ゲホッ……!」
──やっぱり二回が限界か……!
無理矢理に全身から絞り出した魔力が内臓にダメージを与えたことで込み上げてきた血塊を吐き出すも、魔剣を持つ手は力を緩めない。
魔法石から貰った魔力も尽き、視界が霞み、いよいよ限界が近いと理解する。
──だとしても……この男だけは逃さない!
今ここで、必ず倒しきる!!
「ウオォォォォオオオオ!!!」
絶叫しながらイグザリオンを真・準聖剣ごと斬り伏せんと、全身の筋力を総動員して魔剣を斬りあげる。
これが火事場の馬鹿力というものなのか、力で勝る筈のイグザリオンの真・準聖剣を暴風諸共退けることに成功。
続けて右肩から入って左わき腹へと抜ける軌道で、紫電を散らす魔剣を振り下ろす!
──如何に生命力が高い魔族でも、この一撃が通れば……!
「もらった!」
「舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突如として、イグザリオンが咆哮を張り上げ……何と、左腕で一撃を受けた。
「ぐぅっ……!?」
予想外の防御に、こちらの動きが鈍る。
けれどイグザリオンは、このような隙を逃すような男ではない。
刹那のうちに後退し、その口から詠唱を紡ぎ出す!
「地と風を司る真・準聖剣に……我、イグザリオン・フラウロスが命ず!! 仇なす者を塵とせよッ!!!」
左腕からおびただしい量の血を噴出させ、その顔を苦悶に歪めながらもイグザリオンは詠唱を終える。
魔族は本来、魔法を使う際に詠唱を必要としない。
だがしかし、これは魔法を使う際の詠唱ではない。
どちらかというと今のは……真・準聖剣に彼の意思を伝達したということに近い!
『フリーデン様! このままでは祭壇が吹き飛びます!』
主の命令によって、真・準聖剣はその力を最大限に高めていく。
刀身が砕けんばかりに震え上がり、竜など歯牙にも掛けないほどに力を増幅させていく。
魔剣の言う通り祭壇を吹き飛ばすほどの魔力の増幅を感じ、僕の本能が警鐘を鳴らす。
今真っ向からやり合っても、散々消耗した後の僕では相殺すらできまい。
それを悟った僕は魔剣を握っていない左手を、ポーチに突っ込んだ。
「アン、準備していた例の物を今使う!」
『承知致しました!』
「何……ゴタゴタぬかしていやがる! そっちもまだ何かあるみたいだし、こうなったらもう仕方がねぇ。計画はまた別の機会に引き継ぐとして……今はただ神樹の根も、この祭壇も!! お前ごと吹き飛ばしてやらぁ!!!」
僕らの会話に痺れを切らせたのか、イグザリオンは山一つを更地にできる程の魔力をこちらへと向け……遂に放出しようと打って出た!
「食らえ! これが第五階梯 をも超え、第六階梯 とも言える一撃必殺!! バースト……!」
イグザリオンがかつて対峙した勇者のような構えから、真・準聖剣を振り下ろそうとするその寸前。
『今がよろしいかと!』
「ああ!」
僕は魔剣の膨大な魔力をありったけ集約したある物を、イグザリオンへと投げつける。
それは……前に山で使った、空間転移キューブ!
「テンペストォッ!!!」
イグザリオンの怒声が轟く。
真・準聖剣の刀身から放たれた絶技は、轟音と光、爆風と破滅を引き連れてこちらに迫る。
それでもその一撃は、魔剣の膨大な魔力によって膨張しつつあった空間転移キューブに衝突した途端……みるみるうちに吸い込まれていく。
「何だ……!?」
光と衝撃と魔力の全てが、空間転移キューブへと破砕音を響かせながら捻じ込まれていき、空間を跳躍していく。
また、全てを吸い込み限界を超えた空間転移キューブが粉々になり、一拍置いたのち。
……付近から轟いたと分かるほどの凄まじい衝撃音がこの空間まで伝わってきて、地揺れによって天井から砂埃が降ってきた。
「お前……俺の斬撃を飛ばしやがったな!」
砂埃の中、魔力を極限まで消費したにもかかわらず切り札を完全に殺されたイグザリオンは悔しげに顔を歪めていた。
イグザリオンの言う通り、僕はあの大技を別の場所へと飛ばすことに成功していた。
実はここに来る前、さっき投げた空間転移キューブの転移先座標を……途中にあった別の開けた場所へと、脱出用にエイミーと一緒にあらかじめセットしておいたのだ。
まさか、こんな形で使うことになるとは思ってもみなかったが。
「オイコラ! 何か言ったらどうだ!」
噛み付かんばかりのイグザリオンに、僕は一言。
「『初見殺しとでも言える戦法で敵の寝首を搔いてきた』……だっけ?」
「お前っ……!」
「さあ、覚悟はいいか!」
互いに息も絶え絶え。
霞む視界に度重なるダメージと吐血で感覚がなくなりつつある手足は、驚くほど反応が鈍い。
それでも大技を使った反動で消耗しているイグザリオンを倒すのは、最早苦ではない。
「はぁっ!」
イグザリオンに向けて魔剣に残った魔力を、紫電を全て開放する!
「うおっ……!」
飛来した紫電を、イグザリオンは気合と共に右手の真・準聖剣で受ける。
此の期に及んでは暴風の鎧もなく、刀身で受けるのみ。
それを確認した僕は魔剣を瞬時に背後へと回し、紫電を開放する際の衝撃によって弾き飛ぶ!
「なっ……!?」
イグザリオンが瞠目した時には、こちらは既に彼の目と鼻の先。
「ハァッ!」
魔力で限界まで強化した一振りによって、紫電を発する魔剣は真・準聖剣の刀身の真ん中へと入った。
位置、角度、力、速度……全てが完璧なその時において。
『紛い物は、これでさよならです!』
誇り高き魔剣は、真・準聖剣を粉々に粉砕する!
「な、あぁっ……!」
破砕した刀身の破片が降り注ぎ、丸腰となったイグザリオンに……魔法を発動する隙を与えず、最後の一撃を叩き込む!
「正真正銘……終わりだ! イグザリオン!」
足場を踏み砕きながら、辛うじて動く左腕を振り上げる。
それは、魔法で強化されていないただの拳。
それでも……今ここで、全力を注ぎ込む!
乾坤一擲!
「ウオォォッ!!!」
奇跡でも起こったのか、それとも覚悟が何かを呼び覚ましたのか。
僕も魔剣も魔力はロクに残ってない筈なのに、左拳に紫電を纏う結晶体が展開され……重く鋭く、イグザリオンの腹部に炸裂する!
「ハァッッッ!!!」
腕を振り抜き、イグザリオンを祭壇の遥か真下へと叩き伏せる。
「……ッ、ガハッ……!」
崖崩れにも似た轟音と、砂煙の中。
決定的な一撃を受けたイグザリオンは、完全に沈黙した。
僕が詠唱したのは、魔王軍兵士であれば大凡の魔法使いが使用可能だった平凡たる第二階梯の魔法。
されど、イグザリオンの脇腹に左手を押し当てた状態での発動により話は変わる。
「爆ぜろ!」
僕の掌とイグザリオンの脇腹の間で圧縮された魔力が、通常のアサルトフレイム以上の小爆発、衝撃波をもたらす!
「げはぁっ……!?」
腹を抉られて怯むイグザリオンに対し、こちらは反撃の手を緩めない。
純粋な魔族相手では、その高い再生能力からあの程度の傷では決定打にならないからだ。
それは半分が魔族という生い立ちゆえに再生能力が高い僕自身、よく分かっていることだ。
「駆け抜ける緑よ!」
焼けついた自分の左手に魔力を集中させて再生させながらも、この隙を逃すまいと次いで第二階梯の魔法、ウィンドスマッシュを掌底の要領でゼロ距離から打ち込む!
「させねぇ……!」
イグザリオンは咄嗟に真・準聖剣を振るって防御を試みるものの、それは下策だ。
既に僕らの間合いは、得物よりも先に拳が全てを支配する領域に入っていた。
──今なら速さは負けてない!
振り上がった真・準聖剣を首の動きだけで躱しきり、風を纏ったこちらの左拳がイグザリオンの胴へとめり込む。
「ぐっ……!」
回避不能の拳の前に、イグザリオンは地に叩きつけられ数度バウンドした。
だが、彼も然る者。
仰臥したその時にはもう、無詠唱で魔法を解放していた!
「お前も吹っ飛べ!」
同じくウィンドスマッシュを胴へと放たれ、直撃を食らった僕もまた宙高くに跳ね上げられた。
肺から空気が絞り出され、これまで受けたダメージも相まって一瞬意識が闇に沈みかかる。
『フリーデン様! ご無事ですか!?』
「……当然ッ!」
魔剣の言葉で我に帰り、魔力を大量消費した反動の痛みで意識を強引に呼び戻す。
そして……直下で立ち上がったイグザリオンと目があった。
こちらは空中では自由に動けない分、防御系の水属性魔法を発動しようかと思案した次の瞬間……イグザリオンの歪んだ笑みを視認して、背筋に氷塊を背負わされたかのような悪寒を覚えた。
「俺の本来の目的……忘れちゃあいないか?」
──しまった!?
そう思った時には既に、イグザリオンは祭壇の上にいるユノへと向かっていた。
「わ……私!?」
「ユノ……!」
ユノとワカバは互いに抱き合い、迫り来るイグザリオンに対して身を固くする。
「はっ! 俺が欲しいのはエルフの子猫ちゃんの体だけだ! だから……両方とも死んでもらって構わねぇぜ!」
驚異的な速度で二人へと迫るイグザリオンへ、空中で身動きが取れない僕はポーチから最後の杭二本を取り出して投擲する。
有無を言わせぬ奇襲攻撃、狙いは完璧。
「さっきジジイが食らっていたやつか! だがな……今の俺には止まって見えるぜ!」
しかし僕が投擲したそれらは、祭壇を駆け上がるイグザリオンに全て弾き躱され、彼の足元に突き刺さってしまった。
「これで邪魔は……なっ!?」
『ピー!』
イグザリオンがあわや二人に迫ろうとしたその時……ユノの懐に隠れていたバーンが飛び出し、不死鳥の名に恥じぬ広範囲の火炎放射を浴びせにかかる!
「それがどうしたぁ!」
だが、真・準聖剣が放つ暴風の前に爆炎の帳はかき消されてしまう。
二度の妨害をくぐり抜けたイグザリオンが、遂にユノ達の前へと辿り着く。
「万事、休すだ!」
「フリーデンさん……!」
ユノとワカバがその瞳の端に涙を浮かべた時には、イグザリオンが二人の正面で真・準聖剣を振りかぶっていた。
そうして、その刀身が振り下ろされかけたその直前。
「バーン、よく隙を作ってくれた……!」
『ピー!』
僕は宙からイグザリオンの真正面へと、躍り出ていた!
「うおっ!?」
突然現れた僕を前に、イグザリオンの動きが鈍る。
そこで生まれた隙を見逃さず魔剣で振り下ろされつつあった真・準聖剣を受け止め、イグザリオンへと再度左拳を構える。
同時、イグザリオンの足が咄嗟に僕の左手を蹴り上げた。
それによって、発動しようとしていた魔法の軌道が強引に逸らされる。
互いが互いの攻め手を一手ずつ防ぎ、空白となったコンマ数秒の間。
双方が次の攻め手を思考する微小な時間において、両者の運命を分けたのは……相棒がいるか否かの差だった。
『フリーデン様から……離れなさい!』
「何……クソッ!?」
魔剣の放った紫電がイグザリオンに直撃し、祭壇中ほどまで転げ落ちていく。
『今です!』
僕は魔剣の掛け声と共に跳躍し、意識を左拳へと向ける。
心臓から巡る魔力の流れを左拳へと集約するイメージを持ち……解き放つ!
「ラァッ!」
魔力で瞬間的に強化された追撃の拳が、赫い軌跡を残しながらイグザリオンの胸部へと炸裂した。
イグザリオンも自身の左手でこちらの拳を防ごうとするが……あまりにも鈍い!
「ぐおっ……!?」
骨格の一部を破砕する嫌な感触の後、イグザリオンは倒れかかったものの、魔族特有のタフさもあってか真・準聖剣を杖代わりにして持ちこたえた。
「へっ……この程度がどうした! こんなもん、すぐにでも再生して……!」
「させるか!」
イグザリオンが言い終わるよりも早く、文字通りの一瞬で彼の真横へと移動した僕は、そのまま魔剣で追撃を仕掛ける。
回復する隙を与えまいと強引に攻め続ける僕に、さしものイグザリオンもたじろいでいた。
「嘘だろ……っ!? 魔法石の
イグザリオンは暴風の力もあって魔剣を受け止めながらも、足元から聞こえた破砕音の源である杭へと視線を落とす。
そして……ヴォルザーク戦の時から祭壇中に突き刺さっているヒビの入った杭を見つめ、声を上げた。
「こいつら、黒魔と風属性の魔法陣が彫られて……!? ってことは、まさか!?」
周囲に散らばる杭の能力について、察しのいいイグザリオンは気がついたようだった。
「そうとも、これらは空間転移の魔道具だっ!」
「また何つーデタラメなもんをこしらえやがった……!」
イグザリオンはデタラメなどと形容したものの、これらの杭は本来戦闘用の魔道具ではない。
以前ユノにも言ったように、これらの杭は登山用に作ったものであり。
その能力は、目視可能な極小範囲に限って空間を跳躍することができる、新手の空間転移用魔道具なのだ。
要するに、この杭を上手く使えば崩れやすい崖などを強引に這い上る必要がなくなるというわけだ。
けれど当然、そんな規格外な代物は瞬時に多用できる訳もなく……。
「ゲホッ……!」
──やっぱり二回が限界か……!
無理矢理に全身から絞り出した魔力が内臓にダメージを与えたことで込み上げてきた血塊を吐き出すも、魔剣を持つ手は力を緩めない。
魔法石から貰った魔力も尽き、視界が霞み、いよいよ限界が近いと理解する。
──だとしても……この男だけは逃さない!
今ここで、必ず倒しきる!!
「ウオォォォォオオオオ!!!」
絶叫しながらイグザリオンを真・準聖剣ごと斬り伏せんと、全身の筋力を総動員して魔剣を斬りあげる。
これが火事場の馬鹿力というものなのか、力で勝る筈のイグザリオンの真・準聖剣を暴風諸共退けることに成功。
続けて右肩から入って左わき腹へと抜ける軌道で、紫電を散らす魔剣を振り下ろす!
──如何に生命力が高い魔族でも、この一撃が通れば……!
「もらった!」
「舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突如として、イグザリオンが咆哮を張り上げ……何と、左腕で一撃を受けた。
「ぐぅっ……!?」
予想外の防御に、こちらの動きが鈍る。
けれどイグザリオンは、このような隙を逃すような男ではない。
刹那のうちに後退し、その口から詠唱を紡ぎ出す!
「地と風を司る真・準聖剣に……我、イグザリオン・フラウロスが命ず!! 仇なす者を塵とせよッ!!!」
左腕からおびただしい量の血を噴出させ、その顔を苦悶に歪めながらもイグザリオンは詠唱を終える。
魔族は本来、魔法を使う際に詠唱を必要としない。
だがしかし、これは魔法を使う際の詠唱ではない。
どちらかというと今のは……真・準聖剣に彼の意思を伝達したということに近い!
『フリーデン様! このままでは祭壇が吹き飛びます!』
主の命令によって、真・準聖剣はその力を最大限に高めていく。
刀身が砕けんばかりに震え上がり、竜など歯牙にも掛けないほどに力を増幅させていく。
魔剣の言う通り祭壇を吹き飛ばすほどの魔力の増幅を感じ、僕の本能が警鐘を鳴らす。
今真っ向からやり合っても、散々消耗した後の僕では相殺すらできまい。
それを悟った僕は魔剣を握っていない左手を、ポーチに突っ込んだ。
「アン、準備していた例の物を今使う!」
『承知致しました!』
「何……ゴタゴタぬかしていやがる! そっちもまだ何かあるみたいだし、こうなったらもう仕方がねぇ。計画はまた別の機会に引き継ぐとして……今はただ神樹の根も、この祭壇も!! お前ごと吹き飛ばしてやらぁ!!!」
僕らの会話に痺れを切らせたのか、イグザリオンは山一つを更地にできる程の魔力をこちらへと向け……遂に放出しようと打って出た!
「食らえ! これが
イグザリオンがかつて対峙した勇者のような構えから、真・準聖剣を振り下ろそうとするその寸前。
『今がよろしいかと!』
「ああ!」
僕は魔剣の膨大な魔力をありったけ集約したある物を、イグザリオンへと投げつける。
それは……前に山で使った、空間転移キューブ!
「テンペストォッ!!!」
イグザリオンの怒声が轟く。
真・準聖剣の刀身から放たれた絶技は、轟音と光、爆風と破滅を引き連れてこちらに迫る。
それでもその一撃は、魔剣の膨大な魔力によって膨張しつつあった空間転移キューブに衝突した途端……みるみるうちに吸い込まれていく。
「何だ……!?」
光と衝撃と魔力の全てが、空間転移キューブへと破砕音を響かせながら捻じ込まれていき、空間を跳躍していく。
また、全てを吸い込み限界を超えた空間転移キューブが粉々になり、一拍置いたのち。
……付近から轟いたと分かるほどの凄まじい衝撃音がこの空間まで伝わってきて、地揺れによって天井から砂埃が降ってきた。
「お前……俺の斬撃を飛ばしやがったな!」
砂埃の中、魔力を極限まで消費したにもかかわらず切り札を完全に殺されたイグザリオンは悔しげに顔を歪めていた。
イグザリオンの言う通り、僕はあの大技を別の場所へと飛ばすことに成功していた。
実はここに来る前、さっき投げた空間転移キューブの転移先座標を……途中にあった別の開けた場所へと、脱出用にエイミーと一緒にあらかじめセットしておいたのだ。
まさか、こんな形で使うことになるとは思ってもみなかったが。
「オイコラ! 何か言ったらどうだ!」
噛み付かんばかりのイグザリオンに、僕は一言。
「『初見殺しとでも言える戦法で敵の寝首を搔いてきた』……だっけ?」
「お前っ……!」
「さあ、覚悟はいいか!」
互いに息も絶え絶え。
霞む視界に度重なるダメージと吐血で感覚がなくなりつつある手足は、驚くほど反応が鈍い。
それでも大技を使った反動で消耗しているイグザリオンを倒すのは、最早苦ではない。
「はぁっ!」
イグザリオンに向けて魔剣に残った魔力を、紫電を全て開放する!
「うおっ……!」
飛来した紫電を、イグザリオンは気合と共に右手の真・準聖剣で受ける。
此の期に及んでは暴風の鎧もなく、刀身で受けるのみ。
それを確認した僕は魔剣を瞬時に背後へと回し、紫電を開放する際の衝撃によって弾き飛ぶ!
「なっ……!?」
イグザリオンが瞠目した時には、こちらは既に彼の目と鼻の先。
「ハァッ!」
魔力で限界まで強化した一振りによって、紫電を発する魔剣は真・準聖剣の刀身の真ん中へと入った。
位置、角度、力、速度……全てが完璧なその時において。
『紛い物は、これでさよならです!』
誇り高き魔剣は、真・準聖剣を粉々に粉砕する!
「な、あぁっ……!」
破砕した刀身の破片が降り注ぎ、丸腰となったイグザリオンに……魔法を発動する隙を与えず、最後の一撃を叩き込む!
「正真正銘……終わりだ! イグザリオン!」
足場を踏み砕きながら、辛うじて動く左腕を振り上げる。
それは、魔法で強化されていないただの拳。
それでも……今ここで、全力を注ぎ込む!
乾坤一擲!
「ウオォォッ!!!」
奇跡でも起こったのか、それとも覚悟が何かを呼び覚ましたのか。
僕も魔剣も魔力はロクに残ってない筈なのに、左拳に紫電を纏う結晶体が展開され……重く鋭く、イグザリオンの腹部に炸裂する!
「ハァッッッ!!!」
腕を振り抜き、イグザリオンを祭壇の遥か真下へと叩き伏せる。
「……ッ、ガハッ……!」
崖崩れにも似た轟音と、砂煙の中。
決定的な一撃を受けたイグザリオンは、完全に沈黙した。