14話
文字数 3,079文字
「ユノ。これから来る幻獣をこっそり観察するために、僕達は今から姿を消すよ」
「姿を……消す?」
首を傾げたユノに、僕は「こういうことさ」と言ってから。
「包み込む白よ、インビジブル!」
いつも通りに【解放する魔法の属性】と【術名】のみに短縮した詠唱を口にし、僕らの足元に展開した魔法陣の輝きを強めた。
魔法とは炎、水、地、風、白魔、黒魔の六属性から成る、自然の力を人間に扱えるようにした技術のことだ。
今僕が発動したのは白魔にあたるもので、基本的には対象の支援、及び強化を得意とする魔法とされている。
「!? か、体が透明になっていく……!? このままだとお互いのことが見えなくなっちゃうのでは……!?」
魔法の効果によって、僕達の体は足元から透明になっていく。
それに気づいたユノはあわあわとしながら、僕にしがみついて来た。
「大丈夫だよ。透明になっても同じ魔法の効果範囲内にいる僕達は、お互いのことを視認できるから」
「そ、そうですか。それならよかったです……」
安堵したユノは、みるみるうちに透明になっていく。
多分僕もユノから見れば、透明になっていることだろう。
「うわぁ……! 透明なのに、本当にフリーデンさんが見えます! こんなに不思議な魔法、見たことも聞いたこともありません」
「不思議な魔法……か。ちょっとそうかもしれないね」
笑って誤魔化してみるものの……うん、確かに不思議な魔法だろう。
何せこれは元々、魔王軍の魔導開発課で試験的に開発されていた、敵地潜入用の軍用魔法なのだ。
世の中一般には知れ渡っていない代物には違いない。
「……来た」
「……!」
巨大な羽音が聞こえ、ユノは自分の口を両手で塞ぐ。
その後すぐに……それは現れた。
『ギャオオオオオオ!』
極大の嘶きと共に、光が周囲を包み込む。
月明かりの上から空間を塗りつぶす閃光に、目が細まった。
それから次第に光に慣れてきた目で、旧火口の上空に飛来したその姿を視認していく。
それは、金色に輝く光を纏い、全身から爆炎を噴き出していた。
また、赤を基調とした羽毛に総身を包み込んでおり、鋭い鉤爪は赤い魔力結晶で構成されている。
その姿は、複数に分かれた尾羽が特徴的な……数メートルはある巨鳥だった。
──あんな姿をした幻獣なんて、間違いなくこの世に一種のみ。
目撃情報の通りだ。
あれが伝説として語り継がれる不死鳥、フェニックスか……!
その姿から幻獣の正体を看破するが、僕は文字通り手に汗を握り込んでいた。
何せフェニックスといえば、存在確率が最も低いと言われている幻獣の一体であるからだ。
存在していたとしても魔狼や一角獣以上に個体数が少なく、そもそも高高度を飛行するために人前に現れることはそうないと言い伝えられている。
何より……あの幻獣図鑑においても、主人公が最後に出会う幻獣がこのフェニックスなのだ。
正直なところ、その神々しい姿とこの奇跡的な巡り合わせには、感動すら覚えていた。
横にいるユノを見れば、彼女もまたぽかんと口を開けて固まっていた。
『ギャオオオオ……』
滞空していたフェニックスは、次第にゆっくりと旧火口の中へと降りて来た。
──この後は……どうするんだろうか。
普通の鳥獣型の魔物が地上に降りてくるのは、食料を得るためだ。
しかし、この岩肌が目立つ旧火口内には、フェニックスの餌となるような生物はいない
強いて言うなら僕らだけど……流石に軍用魔法、あちらに見つかっている様子は特にない。
『……』
さて、このフェニックスは一体何をする気なのだろうかと観察していたら、旧火口の中心で静かに鎮座していたフェニックスは突然……小刻みに震え出した。
「……?」
ユノも「どういうことでしょうか?」といったふうに首を傾げている。
それに……何だろう。
若干フェニックスの腰が浮いてきた気がする。
見ようによってはお尻から何か出て来そうな、そんな体勢だ。
あれではまるで……。
「うんち……でしょうか?」
こらこらユノ。
僕もそう思ったけど、思ったとしても女の子がそういう汚いことを言ってはいけません。
「……というか、鳥ってあんな体勢でうんちするっけ?」なんて馬鹿なことを、考えていたところ。
『ピエエエエエエエエ!!!』
「「!?」」
フェニックスは何の前触れもなく、絞め殺される寸前の鶏みたいな声を上げた。
今度こそ何かが起こるのではと、僕とユノは揃って腰を浮かせた。
……それと、丁度同じタイミングで。
──ポンッ!
「「……」」
フェニックスのお尻から、勢いよく何かが出た。
当のフェニックスは『ピギャー』と、妙に気持ち良さそうな鳴き声を上げている。
フェニックスの総身から溢れ出る炎と陽炎で、そのお尻の下にあるものはよく見えないけど……。
「本当にうんち……だったんでしょうか?」
ユノは至極真面目そうな表情でそう言った。
……さて。
──本当に、その可能性が濃厚だから困った……っ!
もしフェニックスのお尻から出たものがうんちだとしたら、僕達は恐らく「フェニックスが脱糞する現場を目撃した史上初の二人」になることだろう。
しかしながら……。
──これ、何の栄誉もなさそうな史上初だよね……!?
しょうもなさにかけては世界最高クラスかもしれないけどさ!
そして何より、ユノが可哀想だ……もうあんまりである。
せっかく憧れの幻獣を見に来たのに、まさかその脱糞現場を目撃することになってしまうとは……。
神々しさもへったくれもなさすぎる……。
『ギャオオオ〜』
半ば呆れかえっていたら、何も知らない下手人 はそのままバッサバッサと飛び去ってしまった。
……この旧火口、もしかしてあのフェニックスのトイレだったりして……。
また、最早脱力しきってしまった僕とは対照的に、ユノはまだまだ動くことのできる元気が残っていたらしい。
ぴょいっと岩陰から飛び出して、フェニックスが踏ん張っ……座っていた場所へと駆け寄っていく。
僕はインビジブルの魔法を解きながら、立ち上がってユノの後を追った。
それと何と声をかけたら良いやらと悩んだ末、辛うじて言葉を絞り出す。
「その……ユノ。……汚いから、あまり近づかない方が……」
「……ごめんなさい、フリーデンさん。うんちじゃありませんでした」
「……へっ?」
ユノの言葉に、思わず目を見開く。
今……なんて言った?
「これ、見てください!」
ユノはフェニックスがいたお陰で黒く焦げた岩肌の、その一点を勢いよく指す。
そこは丁度、フェニックスのお尻があったところで、うんちをしたところでも……って、あれっ?
「……卵?」
ユノは興奮気味に瞳を輝かせながら、何度も頷いた。
卵の数は一つで、大きさは手のひらサイズだ。
色は白ではなく金色をしていて、ツヤツヤとした表面が月明かりを受けて、美しく光り輝いていた。
「……そっか。つまりあれは産卵だったのか……」
──何だ、僕らが見たのは汚い現場じゃなかったのか。
よかったよかった……って。
「た……卵!? フェニックスの!?」
どうやら僕らは、意外なことにとんでもない現場に居合わせたらしかった。
「姿を……消す?」
首を傾げたユノに、僕は「こういうことさ」と言ってから。
「包み込む白よ、インビジブル!」
いつも通りに【解放する魔法の属性】と【術名】のみに短縮した詠唱を口にし、僕らの足元に展開した魔法陣の輝きを強めた。
魔法とは炎、水、地、風、白魔、黒魔の六属性から成る、自然の力を人間に扱えるようにした技術のことだ。
今僕が発動したのは白魔にあたるもので、基本的には対象の支援、及び強化を得意とする魔法とされている。
「!? か、体が透明になっていく……!? このままだとお互いのことが見えなくなっちゃうのでは……!?」
魔法の効果によって、僕達の体は足元から透明になっていく。
それに気づいたユノはあわあわとしながら、僕にしがみついて来た。
「大丈夫だよ。透明になっても同じ魔法の効果範囲内にいる僕達は、お互いのことを視認できるから」
「そ、そうですか。それならよかったです……」
安堵したユノは、みるみるうちに透明になっていく。
多分僕もユノから見れば、透明になっていることだろう。
「うわぁ……! 透明なのに、本当にフリーデンさんが見えます! こんなに不思議な魔法、見たことも聞いたこともありません」
「不思議な魔法……か。ちょっとそうかもしれないね」
笑って誤魔化してみるものの……うん、確かに不思議な魔法だろう。
何せこれは元々、魔王軍の魔導開発課で試験的に開発されていた、敵地潜入用の軍用魔法なのだ。
世の中一般には知れ渡っていない代物には違いない。
「……来た」
「……!」
巨大な羽音が聞こえ、ユノは自分の口を両手で塞ぐ。
その後すぐに……それは現れた。
『ギャオオオオオオ!』
極大の嘶きと共に、光が周囲を包み込む。
月明かりの上から空間を塗りつぶす閃光に、目が細まった。
それから次第に光に慣れてきた目で、旧火口の上空に飛来したその姿を視認していく。
それは、金色に輝く光を纏い、全身から爆炎を噴き出していた。
また、赤を基調とした羽毛に総身を包み込んでおり、鋭い鉤爪は赤い魔力結晶で構成されている。
その姿は、複数に分かれた尾羽が特徴的な……数メートルはある巨鳥だった。
──あんな姿をした幻獣なんて、間違いなくこの世に一種のみ。
目撃情報の通りだ。
あれが伝説として語り継がれる不死鳥、フェニックスか……!
その姿から幻獣の正体を看破するが、僕は文字通り手に汗を握り込んでいた。
何せフェニックスといえば、存在確率が最も低いと言われている幻獣の一体であるからだ。
存在していたとしても魔狼や一角獣以上に個体数が少なく、そもそも高高度を飛行するために人前に現れることはそうないと言い伝えられている。
何より……あの幻獣図鑑においても、主人公が最後に出会う幻獣がこのフェニックスなのだ。
正直なところ、その神々しい姿とこの奇跡的な巡り合わせには、感動すら覚えていた。
横にいるユノを見れば、彼女もまたぽかんと口を開けて固まっていた。
『ギャオオオオ……』
滞空していたフェニックスは、次第にゆっくりと旧火口の中へと降りて来た。
──この後は……どうするんだろうか。
普通の鳥獣型の魔物が地上に降りてくるのは、食料を得るためだ。
しかし、この岩肌が目立つ旧火口内には、フェニックスの餌となるような生物はいない
強いて言うなら僕らだけど……流石に軍用魔法、あちらに見つかっている様子は特にない。
『……』
さて、このフェニックスは一体何をする気なのだろうかと観察していたら、旧火口の中心で静かに鎮座していたフェニックスは突然……小刻みに震え出した。
「……?」
ユノも「どういうことでしょうか?」といったふうに首を傾げている。
それに……何だろう。
若干フェニックスの腰が浮いてきた気がする。
見ようによってはお尻から何か出て来そうな、そんな体勢だ。
あれではまるで……。
「うんち……でしょうか?」
こらこらユノ。
僕もそう思ったけど、思ったとしても女の子がそういう汚いことを言ってはいけません。
「……というか、鳥ってあんな体勢でうんちするっけ?」なんて馬鹿なことを、考えていたところ。
『ピエエエエエエエエ!!!』
「「!?」」
フェニックスは何の前触れもなく、絞め殺される寸前の鶏みたいな声を上げた。
今度こそ何かが起こるのではと、僕とユノは揃って腰を浮かせた。
……それと、丁度同じタイミングで。
──ポンッ!
「「……」」
フェニックスのお尻から、勢いよく何かが出た。
当のフェニックスは『ピギャー』と、妙に気持ち良さそうな鳴き声を上げている。
フェニックスの総身から溢れ出る炎と陽炎で、そのお尻の下にあるものはよく見えないけど……。
「本当にうんち……だったんでしょうか?」
ユノは至極真面目そうな表情でそう言った。
……さて。
──本当に、その可能性が濃厚だから困った……っ!
もしフェニックスのお尻から出たものがうんちだとしたら、僕達は恐らく「フェニックスが脱糞する現場を目撃した史上初の二人」になることだろう。
しかしながら……。
──これ、何の栄誉もなさそうな史上初だよね……!?
しょうもなさにかけては世界最高クラスかもしれないけどさ!
そして何より、ユノが可哀想だ……もうあんまりである。
せっかく憧れの幻獣を見に来たのに、まさかその脱糞現場を目撃することになってしまうとは……。
神々しさもへったくれもなさすぎる……。
『ギャオオオ〜』
半ば呆れかえっていたら、何も知らない
……この旧火口、もしかしてあのフェニックスのトイレだったりして……。
また、最早脱力しきってしまった僕とは対照的に、ユノはまだまだ動くことのできる元気が残っていたらしい。
ぴょいっと岩陰から飛び出して、フェニックスが踏ん張っ……座っていた場所へと駆け寄っていく。
僕はインビジブルの魔法を解きながら、立ち上がってユノの後を追った。
それと何と声をかけたら良いやらと悩んだ末、辛うじて言葉を絞り出す。
「その……ユノ。……汚いから、あまり近づかない方が……」
「……ごめんなさい、フリーデンさん。うんちじゃありませんでした」
「……へっ?」
ユノの言葉に、思わず目を見開く。
今……なんて言った?
「これ、見てください!」
ユノはフェニックスがいたお陰で黒く焦げた岩肌の、その一点を勢いよく指す。
そこは丁度、フェニックスのお尻があったところで、うんちをしたところでも……って、あれっ?
「……卵?」
ユノは興奮気味に瞳を輝かせながら、何度も頷いた。
卵の数は一つで、大きさは手のひらサイズだ。
色は白ではなく金色をしていて、ツヤツヤとした表面が月明かりを受けて、美しく光り輝いていた。
「……そっか。つまりあれは産卵だったのか……」
──何だ、僕らが見たのは汚い現場じゃなかったのか。
よかったよかった……って。
「た……卵!? フェニックスの!?」
どうやら僕らは、意外なことにとんでもない現場に居合わせたらしかった。