37話
文字数 3,067文字
「フリーデンさん! ……あぁっ!?」
イグザリオンを倒しきった後。
祭壇の上からユノは僕へと駆け寄って来たものの……途中で足をもつれさせてしまい、倒れてしまった。
「うおぉ……っと!」
反応が鈍い足を動かし、ユノの小さな体を抱きとめる。
初めて出会った時にも感じたように、小さくて軽い体だった。
「全く、危ないから動かない方が……」
苦笑しながら頭を撫でると、ユノはぎゅっとしがみついてきてその身を震わせた。
「フリーデンさん、ごめんなさい! 私のせいで、こんなに危ない目に……!」
──ありゃりゃ……これは少し、心配かけすぎたかな。
僕はユノをゆっくりと撫で続けながら、「それは違うよ」と答える。
「こんなことになったのは、ユノのせいじゃない。悪いのは、そこで横になっているイグザリオンであり、エルフ族の総族長でありながらユノを犠牲にしようとしたヴォルザークであり……何より、神樹の力に頼って人間と戦おうという考えに至ってしまった一部のエルフ達だ。だから決して、ユノがいけない訳じゃない」
どちらかといえば、ユノは今回の事件における最大の被害者だ。
理不尽にも命を狙われた挙句、避難した先でもこうして襲われ……誰がどう考えても、ユノは被害を被った側だ。
決して、彼女が気にやむ必要はない。
逆にユノが悪いと言う輩が居たら「このひとでなし!」と即座に言い放つ自信がある。
『フリーデン様の言う通りですよ、ユノ。今回の件は、ユノはあまり気に病む必要もないかと』
「ほら、アンもこう言ってるしさ。気にしないでいいよ、ホントに」
するとどう言うわけか、ユノは目をパチクリとさせた。
「えっ……フリーデンさん。アンって、アンさんのことですよね? しかもさっきからこの剣から声がしますし……。 ……もしかして、そういうことですか?」
「『……あっ』」
……今回の一件が終わりかかっていたからか、二人揃って気が抜けていたようだった。
最後の最後でやらかしてしまった。
──ううむ……!
アンの正体が魔剣だって、どう説明したら……!
心の中の頭を抱えていたら、ユノは何かに気がついたような、はたまた納得したように胸の前で両手を軽く合わせた。
「フリーデンさんが赫々極砕の英雄なら、アンさんみたいに剣に変身できる知り合いがいたって不思議でもないですよね。魔王軍には、色んな種族の方がいたって聞いてますから」
ユノが何気なさそうに言ったことに……僕は実のところ、結構な衝撃を受けていた。
「その……ユノ。もしかして……」
恐る恐る聞いてみれば、ユノは一つ頷いた。
「はい、バッチリ聞こえていましたよ。やっぱりフリーデンさんは、あの赫々極砕の英雄……だったんですね」
──ちょっ!
イグザリオンめ、無駄に大声を出すから!!
「……って、心の中で彼に文句を言っても遅いか……じゃないじゃない! えーっと、これは違うんだ。その、騙していたとかじゃなくて、いつかは言おうと思って……って『やっぱり』?」
ユノが口にした言葉の中に「やっぱり」と言うものが混ざっていたのを思い出し、それが口から転げ出た。
ユノは視線を泳がせながら、「えーっと、その……」と、少しだけしどろもどろ気味になりかけていた。
「……はい。やっぱり、です。私、フリーデンさんが噂の英雄なんじゃないかって、実は少しだけ思っていたんです。だって……フリーデンさんの強さや知識は、一般人のレベルからは逸脱しすぎてるって私にだって分かりましたから」
『成る程……確かにフリーデン様の強さも知識も、並みのものではありませんからね。そういったところから察されてしまっていたとしても、おかしくはないかと』
魔剣にそう言われてしまえば、是非もない。
それに言われてみれば……元魔王軍の者が一般人と同じですって方も、おかしいといえばおかしいか。
……とはいえ正体を隠すならもっと周到に、という結論に至るのは事実なんだけど。
『ちなみにユノは、フリーデン様の正体が分かっていたなら確かめようとは思わなかったのですか?』
するとユノは、しょげたようになってしまった。
「その、ですね……正直に言うと、正体を聞けばいつもの優しいフリーデンさんがいなくなってしまうような、そんな気がしたからです。……私も、赫々極砕の英雄の噂をいくつか聞いたことがありますが……その中には、竜を一方的にボコボコにして食べてしまったような、怖い噂もいくつかあって……」
突然語られた事実無根なナニカに、僕は即座に反論を掲げた。
「い、いやいや!? その噂はあまり正しくないって! ユノの言ったように竜を食べたことはあるけれど、実際はもっとこう、穏便だったというか……!」
「やっぱり、食べちゃったんですか……!?」
「た、食べたといえば食べたけど、あの時は魔力を食べただけだから! だから涙目にならないで……!」
──なんてことだろうか。
これはつまり、僕の話がいくらか捻じ曲がって世の中に伝わっているせいで、ユノの中で僕のイメージが勝手に下がってたってことか……!
ショッキングな事実に、大きくうなだれてしまった。
するとふいに、僕の手の中にあった魔剣が人間の姿……アンとなる。
アンはユノの小さな手を、両手でそっと包み込んだ。
「大丈夫です。フリーデン様は恐ろしい方ではありませんから。それにユノは、フリーデン様のせいで怖い思いをしたことはない筈です。それどころか、この方はこうして貴方を護ろうと全力を尽くしてくれていた……そうですよね?」
「それは……はい、その通りです。私、いつもフリーデンさんに助けてもらってばかりで……」
どこか申し訳なさそうなユノに、アンは優しく微笑みかけた。
「それなら、何も怖がる必要はないでしょう。貴方がいつも一緒にすごしていたフリーデン様こそ、この方の真の姿なのだから。誰よりも強いのに、争いを好まず……支配欲もなく。玉座での政治よりも、山奥でのゆったりとした暮らしを好む。貴方を拾った人は、そんな御仁です」
ユノはアンの話を聞いてから、俯きながらも……再び僕に、ふにっと張り付いた。
「フリーデンさん……疑ってしまって、怖がってしまってごめんなさい。折角私のことを、こうやって助けてくださったのに……」
素直に謝りながら胸元に顔を埋めてくるユノに、僕もまた彼女を軽く抱きしめる。
「ううん。僕の噂を聞いて疑うのも怖がるのも、きっとそれが普通だよ。でも、誤解が解けたならよかった」
「やっぱりフリーデンさんは、優しい半人半魔ですね」
「……そう言ってもらえると、少し嬉しいかな」
微笑みかけてきたユノに、自分の口元が自然と上がるのを感じた。
──優しい半人半魔……か。
中途半端、混ざり物って言われることはよくあるけど……優しい半人半魔って呼ばれたのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。
ほっこりとしながら「これはこれで、頑張った甲斐があったってものかな」とか思っていたところ。
「ふふ……ハハハハハ! 何だ何だ! ……そっちは大団円みてぇだなぁおい」
祭壇の下、瓦礫の中から高笑いが響く。
そちらへと視線を移すと……案の定、そこには全身血塗れで半死半生といったふうなイグザリオンが仰臥していた。
イグザリオンを倒しきった後。
祭壇の上からユノは僕へと駆け寄って来たものの……途中で足をもつれさせてしまい、倒れてしまった。
「うおぉ……っと!」
反応が鈍い足を動かし、ユノの小さな体を抱きとめる。
初めて出会った時にも感じたように、小さくて軽い体だった。
「全く、危ないから動かない方が……」
苦笑しながら頭を撫でると、ユノはぎゅっとしがみついてきてその身を震わせた。
「フリーデンさん、ごめんなさい! 私のせいで、こんなに危ない目に……!」
──ありゃりゃ……これは少し、心配かけすぎたかな。
僕はユノをゆっくりと撫で続けながら、「それは違うよ」と答える。
「こんなことになったのは、ユノのせいじゃない。悪いのは、そこで横になっているイグザリオンであり、エルフ族の総族長でありながらユノを犠牲にしようとしたヴォルザークであり……何より、神樹の力に頼って人間と戦おうという考えに至ってしまった一部のエルフ達だ。だから決して、ユノがいけない訳じゃない」
どちらかといえば、ユノは今回の事件における最大の被害者だ。
理不尽にも命を狙われた挙句、避難した先でもこうして襲われ……誰がどう考えても、ユノは被害を被った側だ。
決して、彼女が気にやむ必要はない。
逆にユノが悪いと言う輩が居たら「このひとでなし!」と即座に言い放つ自信がある。
『フリーデン様の言う通りですよ、ユノ。今回の件は、ユノはあまり気に病む必要もないかと』
「ほら、アンもこう言ってるしさ。気にしないでいいよ、ホントに」
するとどう言うわけか、ユノは目をパチクリとさせた。
「えっ……フリーデンさん。アンって、アンさんのことですよね? しかもさっきからこの剣から声がしますし……。 ……もしかして、そういうことですか?」
「『……あっ』」
……今回の一件が終わりかかっていたからか、二人揃って気が抜けていたようだった。
最後の最後でやらかしてしまった。
──ううむ……!
アンの正体が魔剣だって、どう説明したら……!
心の中の頭を抱えていたら、ユノは何かに気がついたような、はたまた納得したように胸の前で両手を軽く合わせた。
「フリーデンさんが赫々極砕の英雄なら、アンさんみたいに剣に変身できる知り合いがいたって不思議でもないですよね。魔王軍には、色んな種族の方がいたって聞いてますから」
ユノが何気なさそうに言ったことに……僕は実のところ、結構な衝撃を受けていた。
「その……ユノ。もしかして……」
恐る恐る聞いてみれば、ユノは一つ頷いた。
「はい、バッチリ聞こえていましたよ。やっぱりフリーデンさんは、あの赫々極砕の英雄……だったんですね」
──ちょっ!
イグザリオンめ、無駄に大声を出すから!!
「……って、心の中で彼に文句を言っても遅いか……じゃないじゃない! えーっと、これは違うんだ。その、騙していたとかじゃなくて、いつかは言おうと思って……って『やっぱり』?」
ユノが口にした言葉の中に「やっぱり」と言うものが混ざっていたのを思い出し、それが口から転げ出た。
ユノは視線を泳がせながら、「えーっと、その……」と、少しだけしどろもどろ気味になりかけていた。
「……はい。やっぱり、です。私、フリーデンさんが噂の英雄なんじゃないかって、実は少しだけ思っていたんです。だって……フリーデンさんの強さや知識は、一般人のレベルからは逸脱しすぎてるって私にだって分かりましたから」
『成る程……確かにフリーデン様の強さも知識も、並みのものではありませんからね。そういったところから察されてしまっていたとしても、おかしくはないかと』
魔剣にそう言われてしまえば、是非もない。
それに言われてみれば……元魔王軍の者が一般人と同じですって方も、おかしいといえばおかしいか。
……とはいえ正体を隠すならもっと周到に、という結論に至るのは事実なんだけど。
『ちなみにユノは、フリーデン様の正体が分かっていたなら確かめようとは思わなかったのですか?』
するとユノは、しょげたようになってしまった。
「その、ですね……正直に言うと、正体を聞けばいつもの優しいフリーデンさんがいなくなってしまうような、そんな気がしたからです。……私も、赫々極砕の英雄の噂をいくつか聞いたことがありますが……その中には、竜を一方的にボコボコにして食べてしまったような、怖い噂もいくつかあって……」
突然語られた事実無根なナニカに、僕は即座に反論を掲げた。
「い、いやいや!? その噂はあまり正しくないって! ユノの言ったように竜を食べたことはあるけれど、実際はもっとこう、穏便だったというか……!」
「やっぱり、食べちゃったんですか……!?」
「た、食べたといえば食べたけど、あの時は魔力を食べただけだから! だから涙目にならないで……!」
──なんてことだろうか。
これはつまり、僕の話がいくらか捻じ曲がって世の中に伝わっているせいで、ユノの中で僕のイメージが勝手に下がってたってことか……!
ショッキングな事実に、大きくうなだれてしまった。
するとふいに、僕の手の中にあった魔剣が人間の姿……アンとなる。
アンはユノの小さな手を、両手でそっと包み込んだ。
「大丈夫です。フリーデン様は恐ろしい方ではありませんから。それにユノは、フリーデン様のせいで怖い思いをしたことはない筈です。それどころか、この方はこうして貴方を護ろうと全力を尽くしてくれていた……そうですよね?」
「それは……はい、その通りです。私、いつもフリーデンさんに助けてもらってばかりで……」
どこか申し訳なさそうなユノに、アンは優しく微笑みかけた。
「それなら、何も怖がる必要はないでしょう。貴方がいつも一緒にすごしていたフリーデン様こそ、この方の真の姿なのだから。誰よりも強いのに、争いを好まず……支配欲もなく。玉座での政治よりも、山奥でのゆったりとした暮らしを好む。貴方を拾った人は、そんな御仁です」
ユノはアンの話を聞いてから、俯きながらも……再び僕に、ふにっと張り付いた。
「フリーデンさん……疑ってしまって、怖がってしまってごめんなさい。折角私のことを、こうやって助けてくださったのに……」
素直に謝りながら胸元に顔を埋めてくるユノに、僕もまた彼女を軽く抱きしめる。
「ううん。僕の噂を聞いて疑うのも怖がるのも、きっとそれが普通だよ。でも、誤解が解けたならよかった」
「やっぱりフリーデンさんは、優しい半人半魔ですね」
「……そう言ってもらえると、少し嬉しいかな」
微笑みかけてきたユノに、自分の口元が自然と上がるのを感じた。
──優しい半人半魔……か。
中途半端、混ざり物って言われることはよくあるけど……優しい半人半魔って呼ばれたのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。
ほっこりとしながら「これはこれで、頑張った甲斐があったってものかな」とか思っていたところ。
「ふふ……ハハハハハ! 何だ何だ! ……そっちは大団円みてぇだなぁおい」
祭壇の下、瓦礫の中から高笑いが響く。
そちらへと視線を移すと……案の定、そこには全身血塗れで半死半生といったふうなイグザリオンが仰臥していた。