11話

文字数 4,627文字

 エルフの三人組を傭兵の皆さんに引き渡した後、長く事情聴取をされていたために気がつけば夜遅くになってしまっていた。
 きっとユノもエイミーも心配してるだろうと、僕は夜でも賑わいを見せる街中を駆け、エイミーのお店へと戻った。

「ごめん、大分遅くなっちゃった」

 ドアを開けて店の中に入り、カウンターの奥へ進むと……エイミーが涙目ですっ飛んで来た。

「大分遅くなっちゃった、じゃないわよ! やられちゃったかと思って心配したじゃない!!」

「ご、ごめんごめん。でもこの通り、大丈夫だから」

 両腕を広げて無事を示すと、エイミーはホッと胸を撫で下ろしてから……目を細めて、何故だか僕のことをじーっと見つめてきた。
 ──何だろうか、嫌な予感がする。

「その……どうかした?」

 エイミーは僕の全身を見回してから、軽く詰め寄ってきた。

「……体、一応見せて。怪我とかあったら、前みたいに治癒(ヒール)かけてあげるから」

「……!」

 予想外の申し出に、不覚にもほんの少しの間固まってしまった。

「何よ。静かになったってことは、やっぱり怪我があるの?」

「そういうわけじゃないけど、その……」

 ──できれば体を見せたくないというか、見て欲しくないというか……。
 どう言ったらいいものかと困ってたら、エイミーが両手を開閉して本格的に迫ってきた。

「えーい、焦れったいわね! こうなったら無理矢理にでも診るわよ! 貴方、昔から怪我していても平然としていることも結構あったから、ちゃんと確認しとかないと心配でこっちが参っちゃうわ!」

「えっ、いや、ちょっ……!」

 まぁ、何というかこの手の状況の時女の子も方が強いのはお約束な訳でして。
 薄着の僕は抵抗も虚しく、あっという間にスルッと上半身の服を脱がされてしまった。

「……何よ、これ」

 また、僕の体を見たエイミーはやはりというか、いい顔をしていなかった。
 というのも……僕の体中にある古傷、正確には勇者一味に深々と付けられた傷を目にしてしまったからに他ならない。

 傷そのものは、当然塞がっている。
 塞がって、いるのだけど……。

「半人半魔の再生能力があっても消えない傷ってことは……これ全部、聖剣やそれに類する武器に傷つけられた跡ってことよね。それに、体中の魔力も崩された痕跡も見えるわ。……フリーデンが勇者のところに一人で乗り込んでいった、っていうのは聞いてたけど、相性の悪い武器でこんなになるまで斬られて……よく生きてたわね」

「……奇跡的にね」

「今日受けた傷はなさそうだけど……それでも治癒(ヒール)、一応かけるわよ」

 古傷を見たエイミーはやはりというかで必要以上に心配してしまったらしく、珍しく黙り込んで治癒(ヒール)を僕の全身にかけ始めた。
 ……そうして、僕が癒しの魔法(ひかり)をかけられてしばらく経ってから。

「な……何この体!? 魔力の供給路もめちゃくちゃなままじゃない!?」

 僕の全身に触れたことで、エイミーもその辺りの不調に気づいてしまったらしかった。

「……まぁ、聖剣に斬られた後だから仕方ないね」

 エイミーは僕の胸の古傷、聖剣を突き立てられた痕に軽く触れた。

「それは……魔力の流れを司る心臓の近くも刺されたみたいだから、仕方がないかもしれないけど。でもこんな状態じゃ、日常生活を送るのだって難しいかもしれないのに……!」

「いや、普通に生活する分には大丈夫だよ。今日追っ手を倒すのにも、どうにか魔法も使えたし」

 エイミーは目を剥いて「魔法使ったの!? こんな体で!?」と素っ頓狂な声を上げた。

「……非常時だったし、やむなしだったかな」

「やむなしじゃないわよ! ……ああでも、フリーデンのポテンシャルは前々からおかしいくらい高かったから、こんな並外れたこともできるのかしら……。普通なら、今頃寝たきり生活でもおかしくないのに……」

「いやいや、そんな大げさな……」

 エイミーはぺしっと僕の背中を軽めに叩いた。
 ……痛くなかったけど、何となくエイミーの気持ちが伝わってきて僕は閉口した。

「大げさじゃないわよ。十分あり得る話だし、多分フリーデンじゃなかったら生きててもこんなに自由にはできないわ。……それに、体もゆっくり回復してるみたいだし、その辺も含めて流石って感じかしらね」

 エイミーは僕に気がすむまで僕に治癒(ヒール)をかけてから「フリーデンが私達の前からいなくなった理由が、やっと分かったわ」と言って、ようやく服を返してくれた。
 そうそう、お察しの通り療養も兼ねて山奥に引っ込んだ訳で……って、山奥?
 ……そうだ、肝心のことを聞き忘れてた。

「ちなみにユノは? あれから大丈夫だった?」

「もちろん大丈夫よ。フリーデンが帰って来なくて心配していたみたいだけど……どうにか食事お風呂はすませて、今は私の部屋で寝ているわ。……ちなみに、追って来たのはどこの誰だったの?」

 エイミーは心配そうにしながら、そう聞いて来た。
 ……今回の件は、ここでちゃんと話しておいた方がよさそうか。

「僕達を追って来ていたのは、エルフだった。それも狙いは僕じゃなくて……どうもユノみたいなんだ」

 あのエルフの三人組は当初、僕そのものに用事はなさそうだった。
 また、エイミーが狙いだった可能性については……ほぼ皆無だと思う。
 何せこの街に住んでいるエイミーが狙いなら、わざわざ僕達が一緒にいる時に襲おうと追いかけてくる必要はないからだ。
 エイミーが一人でいる時の方が、襲撃の成功率は大きく跳ね上がるだろう。
 そうなれば……これはもう消去法で、ユノが狙いだったとしか思えない。
 それに何度思い返して見ても、僕とエルフ族の接点は……ユノしかない。

「……何それ、どういうこと?」

 訝しげにするエイミーに、僕も首を横に振る他になかった。

「分からない。彼らを引き渡したこの街の傭兵達に、どういうことかを聞きだすように頼んだけど……」

「上手くいくかは、分からないのね」

 エルフは生来、魔法への耐性そのものは魔族以上に高いと聞く。
 今回の騒動を起こした理由を問いただそうと、魔法で口を割らせようにも……多分、難しいところがあるだろう。

「……それとフリーデン。あの子、どこで拾ったの? 外界を嫌うエルフがあの子を狙ってこんな多種族の入り乱れるローラロシンにまでやってくるなんて、ただ事じゃないわ」

「そうだね。……エイミーには、全部話しておくよ」

 こうして、僕はエイミーに知っていることを全て話した。
 山奥でユノを拾い、ユノの故郷は、恐らく焼かれてしまっているということ。
 そしてユノ本人は……エルフの元へ、帰りたくはないと言っていることも。

「そっか……また凄い事情がありそうね。肝心なことはユノちゃんが知ってるかもしれないから、あの子に直接聞くのがいいだろうけど……」

「でもそれは、ユノの傷口を抉ることになる。だからできる限り……今はよしたいんだ」

 こうなってしまった以上、いつかは聞かなければいけない時がくるだろう。
 けれど、僕はあの子に「話せるようになったら聞かせてくれればいい」と約束した。
 それに、ようやくユノが少しずつ落ち着きつつあるのに……また下手な話をして、怯えさせてしまうような真似はしたくない。
 だから今はただ、あの子が事情を打ち明けられるような心境に落ち着いてくれるまで、守っていくだけだ。

 エイミーは僕の考えを分かってくれたのか、いつも通りの調子で「仕方ないわね〜」と言ってくれた。

「フリーデンがそう言うなら、私もあの子には何も聞かないわ。それに私の方でも、今生き残っているエルフがどういうふうになっているのか、調べてみるから」

「悪いね、凄く助かる」

 山奥に住んでいる僕では、世の中の情報は中々手に入らない。
 それを代わりに調べてくれると言うのなら、ありがたいことこの上ない申し出だ。

「気にしないで。昼間も言ったけれど、私と貴方の仲じゃない。……あ。そ、れ、と……私と貴方の仲の話なんだけど」

 エイミーはどこかもったいぶるようにそう言って、小さくしなをつけた。

「前に勇者を倒すまでお互い生き残ったら、私と一緒になってくれるって話をしたけど……まだ覚えている?」

 ムニっと大きな胸を腕に押し付けながら聞かれて、思わずたじろいでしまった。

「え、ええ!? それ、お酒が入った時の冗談じゃなかったの!?」

 正直、あの時はいつも通りに適当な洒落を言われてただけだと思ってた。
 ──なんてことだ、まさか本気だったとは!?
「えっと、その……」とどもっていたら、エイミーはぷっと吹き出した。

「もう、冗談よ冗談! フリーデンは相変わらず女の子に弱いのね〜」

 エイミーの言葉で、またからかわれていたらしいことに気がついて、ホッとした一方で……どこか残念な感じがあったというか。
 僕の今の心境は、何とも言い難い感じに仕上がった。

「さてさて、冗談はこれくらいにしておいてっと。……こんな時間だし、今日は泊まっていくでしょ? 夕飯の準備をしておくから、フリーデンはお風呂に入ってきて」

「え、いいの!? ……今日は何から何まで、本当にありがとね」

 エイミーは「うんうん、感謝したまえ〜」と言いつつ、僕を風呂場まで案内してくれた。

 ***

「それにしても、フリーデンも元気そうで本当に良かったわ。気がついたらいなくなっていて、皆で心配したけれど……今は山奥に住んでいたのね」

 エイミーはキッチンで食事を温め直しながら、独り言を呟いた。

 ──それに、優しいところは相変わらずね。

 フリーデンは、魔王軍時代からずっとお人好しな性格だった。
 それにこんなご時世なのでユノを一目見た時から、集落を焼かれたエルフの生き残りを拾ったのだろうということは、実はエイミーにも検討がついていたのだ。
 けれど……。

「まさか、こんなことになるなんてね……」

 鍋の中身を焦がさないよう、エイミーは火元の魔道具のスイッチを切る。
 そして椅子に座り込み、彼女は珍しくため息をついた。

 きっとフリーデンは、いつ終わるとも知れないこの件が解決するまで、ユノを守り続けるのだろう。
 それは誰あろう、長い間フリーデンと一緒にいたエイミーにもよく分かっているところだったし、それにエイミー自身も、ユノにはこれ以上不幸な目に遭って欲しくないと願っている。
 しかし……エイミーはフリーデンの強さを知っていながらも、それでも彼のことが心配だった。

 ──魔王軍を引退した今、もっと楽に生きてもいいのに……どうしてこう頑張っちゃう人なのかしらね。

 ただし、そんな彼だからずっとずっと……私は彼がきっと好きでいるのだろうとも、エイミーは思っていた。

「それとそうと……さっきはどうして冗談よ、なんて言っちゃったのかしら。……はあぁぁ……」

 勢いに任せて本気だと言ってしまえば、人のいいフリーデンはすぐにオチただろうにと……彼女は悩ましそうにしながら、肩を落としたのだった。
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