17話
文字数 3,763文字
フェニックスの卵を拾ってから早二週間。
僕とユノは、相変わらずのんびりと過ごしていた。
日々の生活の糧を得るために野うさぎを捕まえる罠を作ったり、食べられる山菜やキノコをユノに教えていったり。
はたまた少し疲れた時なんかは、湖の辺 りで揃って夕方まで昼寝をしたり。
魔王軍に在籍していた時みたいに任務にも訓練にも追われることのない、自由気ままな生活を送っていた。
けれどそんなゆったりとした日々の中でも、いくらか変わっていくこともあって。
これは、そんな日々の話だ。
***
「魔力の制御に関する術式は、こんな感じだったっけ。……よし、合ってたか」
地下室の隅で、僕は椅子に座って工具を手にしながら、試験的に作っている魔道具に魔法陣を刻み込んでいた。
明るさを調節した魔力灯の下、魔力をちびちびと魔道具に流し込んで感触を確かめながら、細いペン状の工具で慎重に円形の魔法陣を描いていく。
魔法陣とは本来、魔法を発動する際に勝手に出現しては消えるものだ。
でも、それはただ無意味に出現する訳ではない。
魔法陣とは言ってしまえば、属性魔力の調整や出力制御に関する術式の略図なのだ。
つまり、魔法陣が現れてくれるからこそ魔法は最適な発現を行うことができる、とも言い換えることができる。
そして、その魔法陣などを道具に物に刻み込んだものこそが……魔力を供給するだけで魔力調節などの仕事をする代物、すなわち魔道具となるのだ。
そんな訳で、僕は魔道具に魔法陣を刻み込んでいるものの……実を言うと、少し悩んでいた。
魔法陣に魔力を通すと、妙に魔力がどこかで微妙に断線してしまっているような感覚があるのだ。
これは一旦、チェックしてもらおうかな。
「ユノ、ちょっと来てくれるかい?」
「はーい!」
魔法石をじっくりと眺めていたユノは、それを棚に戻してこちらへと駆けて来た。
「この魔法陣なんだけど、ユノの力で少し魔力を繋げてみてくれないかな?」
「分かりました。それでは、せーのっ」
ユノは魔法陣に触れ、魔力を流し込む。
すると……さっきまで断線していたところへ、みるみるうちに魔力が流れていく。
一緒に生活しているうちにユノには「魔法を無詠唱で発動できる」というエルフ特有の力以外にも、不思議な能力が備わっていることが分かってきた。
それはこうして「魔力を繋ぐことができる」というものだ。
感じからして魔法ではなく、恐らくごく稀に亜人族や魔族の中の一部に発現すると言われている個人特性 だと思われる。
けれど、ユノ本人もこの能力についてはよく分からないらしく……やろうとしたらできたとか。
──いやはや、かく言う僕もこんな能力は見たことも聞いたこともないから、こういう曖昧なことしか分からないんだけどね。
……と、僕があれこれ考え、ユノが魔力を流してから暫く。
今とさっきの魔法陣の状態を比較してみて、何故魔力の断線が起こっていたのかがようやく判明した。
「四重目の魔法陣内の魔力制御式が、一本多かったのか。ユノ、もう大丈夫。ありがとね」
「お役に立ててよかったです。それにしても、フリーデンさんが最近作っているこれは……何なんですか? 見た目はただの……杭、ですよね?」
ユノの言う通り、僕の手の中にあるのは二十センチ前後の短剣ほどの黒い杭だ。
ちなみに、材質は魔法石を金属質に変化させたもので、机の上にはこれがまだ十本前後積んである。
「これは、ちょっとした登山道具だよ。この辺りには崖も多いから、少し工夫をして移動をしやすくしようかなって」
僕は表向きはそう言ってみたものの……携帯しやすい杭の用途以外に、いざとなったら投擲・刺突武器としても使えるから、というのも実はあったりする。
「そうなんですか。……彫られている魔法陣が細かい上に複雑すぎて、どんな効果を発揮する魔法陣なのか私にはさっぱりです。黒魔ってことは分かるんですけど……」
興味津々といったふうに魔法陣を眺めるユノの頭を、僕はぽんぽんと軽く撫でた。
「完成したら使い道を教えてあげるから、もう少し待っていて」
「分かりました。でも、その前に少し休憩しませんか? フリーデンさん、ずっと作業していますし」
「休憩? そういえば、今の時間は……うわっ、もうお昼なんだ」
時計を見れば、もうお昼時だった。
集中していると、時間の流れは本当に速く感じられる。
まだ昼前だとばかり思っていた。
「そうですね。私、昼食を作ってきます。できたらお呼びしますから、フリーデンさんはゆっくりしていてください」
「それなら、お願いしようかな」
肩を回すと、軽くポキポキと音が鳴った。
ううむ、ユノの言う通り少し休憩した方がいいか。
「今日も腕によりをかけて作ってきます!」
ユノは地下室を出て、小走りで階段を駆け上がって行った。
──それじゃあ一旦、散らかった道具を片付けようかな……。
机の上の杭や工具に手を伸ばすと、ふいに上から大きな声がした。
「ふ、フリーデンさん!!」
「ええっ、もうできたの!? ……って、そんな訳がないか」
いくら時間の流れが早く感じても、流石にもう昼食が完成している、だなんてことはないだろう。
それなら、何かあったのだろうか。
僕は急いで階段を駆け上がり、キッチンへと向かう……すると。
『ピーピー』
「か、孵っています……」
「ほ、本当だ……」
なんと……キッチンに置いてあった孵卵器の中で、フェニックスの雛が孵っていた。
孵卵器の中を覗き込みながら、ユノは仰天していた。
「鳥の雛って、こんなにも早く孵るものでしたっけ……!?」
「……少し早い気はするけど、幻獣の雛だからこういうことも……あるのかな」
というよりも寧ろ、幻獣という常識の外にある存在だからこういうこともある、と無理矢理に納得するしかない。
だって現に、雛はこうして卵の中から出てきているんだから。
「それにしてもこの子、本当に可愛いですね。無事に孵ってくれてよかった〜」
孵卵器の中の雛を見ているうちに、ユノは次第に頬を緩ませていった。
そして孵卵器の蓋を開け、雛へと右手を伸ばす。
一見するとこの雛は、柔らかそうな黄色い産毛に覆われていて、ただのヒヨコにも見える。
だからこそ、ユノは何事もなさそうに触ろうとしたんだろうけど……。
「おっと!」
『ピー!』
雛に触れそうだったユノの手を掴んで孵卵器から離した途端、ぼふん! という軽い音を立てて雛の総身から火が出た。
「も……燃えました!?」
火傷しかけた右手について何事もないことを確認すると、ユノはほっと一息ついた。
「い、一応フェニックスだからね。燃えもするだろうさ……突然だったから僕もびっくりだけども」
一方の雛に目をやれば、パチパチと総身から火の粉を散らして小首を傾げていた。
『どうかしたの?』とくりくりした黒い瞳が尋ねてきている。
……純粋無垢っていうのも恐ろしいのかもなぁ、って少し思ったりした。
「それにしても……孵卵器は焦げていませんね」
ユノは右手をさすりながら、焦げ一つ付いていない孵卵器を見つめる。
そして……よくぞ聞いてくれました。
「それは勿論さ。僕が魔法石を使って作った一品だからね。孵化した雛も発火するだろうと思って、術式を組み込んで炎耐性を付けてあるんだ」
「えっ!? ……いくら手持ちに沢山あるからといって、貴重な魔法石で……またさらりととんでもないことを……!」
ユノが何かを言った気がしたけど、声が小さくて上手く聞き取れなかった。
『ピー! ピー!』
また、孵卵器の中の雛が、ふと炎を大きくしながら鳴き出した。
どうかしたのかと思っていたら、単純なことに気がつく。
「もしかして、お腹が減っている……とか?」
ユノは軽く両手を合わせ、「それです!」と閃いたように言った。
「雛のご飯は……虫ですよね? 私、今から採ってきます」
ユノはそう言って、居間から飛び出そうとした……その手前。
「あ、フリーデンさん。その子の名前の候補、考えておいてくださいね! 私はもう、いくつか候補がまとまっていますから」
そう言い残し、ユノは今度こそ家から飛び出した。
──雛の名前かぁ。
言われてみれば、まだ生まれてこないだろうって思っていたから何も考えていなかった。
ここは見た目通り可愛い名前にするべきか、それともフェニックスらしいかっこいい名前にするべきか……。
どうしようかと悩んでいるうちに、涙目で虫をつまんでいるユノが戻って来た。
そして雛に虫を与えたところ、何故か怒ってその虫を燃やしてしまい、本格的にユノが泣きそうになってしまった。
結局その後、四苦八苦しながら雛の口に合うものを模索していった結果……。
昼食に使う予定だったうさぎ肉を食べることが判明して……この日はあっという間に過ぎていった。
僕とユノは、相変わらずのんびりと過ごしていた。
日々の生活の糧を得るために野うさぎを捕まえる罠を作ったり、食べられる山菜やキノコをユノに教えていったり。
はたまた少し疲れた時なんかは、湖の
魔王軍に在籍していた時みたいに任務にも訓練にも追われることのない、自由気ままな生活を送っていた。
けれどそんなゆったりとした日々の中でも、いくらか変わっていくこともあって。
これは、そんな日々の話だ。
***
「魔力の制御に関する術式は、こんな感じだったっけ。……よし、合ってたか」
地下室の隅で、僕は椅子に座って工具を手にしながら、試験的に作っている魔道具に魔法陣を刻み込んでいた。
明るさを調節した魔力灯の下、魔力をちびちびと魔道具に流し込んで感触を確かめながら、細いペン状の工具で慎重に円形の魔法陣を描いていく。
魔法陣とは本来、魔法を発動する際に勝手に出現しては消えるものだ。
でも、それはただ無意味に出現する訳ではない。
魔法陣とは言ってしまえば、属性魔力の調整や出力制御に関する術式の略図なのだ。
つまり、魔法陣が現れてくれるからこそ魔法は最適な発現を行うことができる、とも言い換えることができる。
そして、その魔法陣などを道具に物に刻み込んだものこそが……魔力を供給するだけで魔力調節などの仕事をする代物、すなわち魔道具となるのだ。
そんな訳で、僕は魔道具に魔法陣を刻み込んでいるものの……実を言うと、少し悩んでいた。
魔法陣に魔力を通すと、妙に魔力がどこかで微妙に断線してしまっているような感覚があるのだ。
これは一旦、チェックしてもらおうかな。
「ユノ、ちょっと来てくれるかい?」
「はーい!」
魔法石をじっくりと眺めていたユノは、それを棚に戻してこちらへと駆けて来た。
「この魔法陣なんだけど、ユノの力で少し魔力を繋げてみてくれないかな?」
「分かりました。それでは、せーのっ」
ユノは魔法陣に触れ、魔力を流し込む。
すると……さっきまで断線していたところへ、みるみるうちに魔力が流れていく。
一緒に生活しているうちにユノには「魔法を無詠唱で発動できる」というエルフ特有の力以外にも、不思議な能力が備わっていることが分かってきた。
それはこうして「魔力を繋ぐことができる」というものだ。
感じからして魔法ではなく、恐らくごく稀に亜人族や魔族の中の一部に発現すると言われている
けれど、ユノ本人もこの能力についてはよく分からないらしく……やろうとしたらできたとか。
──いやはや、かく言う僕もこんな能力は見たことも聞いたこともないから、こういう曖昧なことしか分からないんだけどね。
……と、僕があれこれ考え、ユノが魔力を流してから暫く。
今とさっきの魔法陣の状態を比較してみて、何故魔力の断線が起こっていたのかがようやく判明した。
「四重目の魔法陣内の魔力制御式が、一本多かったのか。ユノ、もう大丈夫。ありがとね」
「お役に立ててよかったです。それにしても、フリーデンさんが最近作っているこれは……何なんですか? 見た目はただの……杭、ですよね?」
ユノの言う通り、僕の手の中にあるのは二十センチ前後の短剣ほどの黒い杭だ。
ちなみに、材質は魔法石を金属質に変化させたもので、机の上にはこれがまだ十本前後積んである。
「これは、ちょっとした登山道具だよ。この辺りには崖も多いから、少し工夫をして移動をしやすくしようかなって」
僕は表向きはそう言ってみたものの……携帯しやすい杭の用途以外に、いざとなったら投擲・刺突武器としても使えるから、というのも実はあったりする。
「そうなんですか。……彫られている魔法陣が細かい上に複雑すぎて、どんな効果を発揮する魔法陣なのか私にはさっぱりです。黒魔ってことは分かるんですけど……」
興味津々といったふうに魔法陣を眺めるユノの頭を、僕はぽんぽんと軽く撫でた。
「完成したら使い道を教えてあげるから、もう少し待っていて」
「分かりました。でも、その前に少し休憩しませんか? フリーデンさん、ずっと作業していますし」
「休憩? そういえば、今の時間は……うわっ、もうお昼なんだ」
時計を見れば、もうお昼時だった。
集中していると、時間の流れは本当に速く感じられる。
まだ昼前だとばかり思っていた。
「そうですね。私、昼食を作ってきます。できたらお呼びしますから、フリーデンさんはゆっくりしていてください」
「それなら、お願いしようかな」
肩を回すと、軽くポキポキと音が鳴った。
ううむ、ユノの言う通り少し休憩した方がいいか。
「今日も腕によりをかけて作ってきます!」
ユノは地下室を出て、小走りで階段を駆け上がって行った。
──それじゃあ一旦、散らかった道具を片付けようかな……。
机の上の杭や工具に手を伸ばすと、ふいに上から大きな声がした。
「ふ、フリーデンさん!!」
「ええっ、もうできたの!? ……って、そんな訳がないか」
いくら時間の流れが早く感じても、流石にもう昼食が完成している、だなんてことはないだろう。
それなら、何かあったのだろうか。
僕は急いで階段を駆け上がり、キッチンへと向かう……すると。
『ピーピー』
「か、孵っています……」
「ほ、本当だ……」
なんと……キッチンに置いてあった孵卵器の中で、フェニックスの雛が孵っていた。
孵卵器の中を覗き込みながら、ユノは仰天していた。
「鳥の雛って、こんなにも早く孵るものでしたっけ……!?」
「……少し早い気はするけど、幻獣の雛だからこういうことも……あるのかな」
というよりも寧ろ、幻獣という常識の外にある存在だからこういうこともある、と無理矢理に納得するしかない。
だって現に、雛はこうして卵の中から出てきているんだから。
「それにしてもこの子、本当に可愛いですね。無事に孵ってくれてよかった〜」
孵卵器の中の雛を見ているうちに、ユノは次第に頬を緩ませていった。
そして孵卵器の蓋を開け、雛へと右手を伸ばす。
一見するとこの雛は、柔らかそうな黄色い産毛に覆われていて、ただのヒヨコにも見える。
だからこそ、ユノは何事もなさそうに触ろうとしたんだろうけど……。
「おっと!」
『ピー!』
雛に触れそうだったユノの手を掴んで孵卵器から離した途端、ぼふん! という軽い音を立てて雛の総身から火が出た。
「も……燃えました!?」
火傷しかけた右手について何事もないことを確認すると、ユノはほっと一息ついた。
「い、一応フェニックスだからね。燃えもするだろうさ……突然だったから僕もびっくりだけども」
一方の雛に目をやれば、パチパチと総身から火の粉を散らして小首を傾げていた。
『どうかしたの?』とくりくりした黒い瞳が尋ねてきている。
……純粋無垢っていうのも恐ろしいのかもなぁ、って少し思ったりした。
「それにしても……孵卵器は焦げていませんね」
ユノは右手をさすりながら、焦げ一つ付いていない孵卵器を見つめる。
そして……よくぞ聞いてくれました。
「それは勿論さ。僕が魔法石を使って作った一品だからね。孵化した雛も発火するだろうと思って、術式を組み込んで炎耐性を付けてあるんだ」
「えっ!? ……いくら手持ちに沢山あるからといって、貴重な魔法石で……またさらりととんでもないことを……!」
ユノが何かを言った気がしたけど、声が小さくて上手く聞き取れなかった。
『ピー! ピー!』
また、孵卵器の中の雛が、ふと炎を大きくしながら鳴き出した。
どうかしたのかと思っていたら、単純なことに気がつく。
「もしかして、お腹が減っている……とか?」
ユノは軽く両手を合わせ、「それです!」と閃いたように言った。
「雛のご飯は……虫ですよね? 私、今から採ってきます」
ユノはそう言って、居間から飛び出そうとした……その手前。
「あ、フリーデンさん。その子の名前の候補、考えておいてくださいね! 私はもう、いくつか候補がまとまっていますから」
そう言い残し、ユノは今度こそ家から飛び出した。
──雛の名前かぁ。
言われてみれば、まだ生まれてこないだろうって思っていたから何も考えていなかった。
ここは見た目通り可愛い名前にするべきか、それともフェニックスらしいかっこいい名前にするべきか……。
どうしようかと悩んでいるうちに、涙目で虫をつまんでいるユノが戻って来た。
そして雛に虫を与えたところ、何故か怒ってその虫を燃やしてしまい、本格的にユノが泣きそうになってしまった。
結局その後、四苦八苦しながら雛の口に合うものを模索していった結果……。
昼食に使う予定だったうさぎ肉を食べることが判明して……この日はあっという間に過ぎていった。