9話
文字数 3,634文字
声をかけられたことで、フードを被った男なんて、と僕は軽く周囲を見回すが……この辺りだと、やっぱり僕だけみたいだった。
そうして、僕は声の主の方へ振り向く。
「えいやっ!!」
「うわっ!?」
すると次の瞬間には、僕の被っていたフードが外れていた。
……いや、正面にいる女の人の両手でフードを脱がされた、と言った方が正確か。
ともかく僕の素顔は……周囲の人々に、呆気なく晒されることとなった。
「おおー! やっぱりフリーデンじゃない! もー、どこに行ったのかって皆で心配してたのよー! アンネ様も『あいつはどこかに行った』くらいしか教えてくれなかったし!」
更に驚くべきことは続く。
その女の人はあれこれと話しながら、そのまま僕の胸に飛び込んで来たのだ。
突然暖かい感触と甘い匂いに包まれ、不覚にも一瞬体が固まってしまう。
そして「一体この人は誰だ!?」と思わず胸元に視線を下ろした途端……自然とため息が漏れた。
──これは、ドギマギすることもなかったかな……うん。
少なくとも彼女の場合、この手のスキンシップは前から日常茶飯事だったし。
あれこれと自分の中で納得してたら、女の人は下から僕の両頬をぐいっと軽く持ち上げた。
「ダメだぞーフリーデン。ため息を一回するごとに幸せが一つ逃げるって、前に言ったでしょー? ほら、頬を上げて笑って笑って」
誰のお陰でため息が出たと思っているのか、と口から出かかるが……彼女に限ってはそれを言っても仕方がないかと、喉奥に引っ込める。
「久しぶりだね、エイミー。相変わらず元気そうで何よりだよ。……それとできれば僕のフードを取るのは、やめて欲しかったかな」
フードを被り直しながらそう言えば、エイミーは「にしし」としてやったり顔だ。
エイミーの身なりは所々に露出があるような、相変わらずラフな感じであった。
そして鱗が見え隠れする特徴的な耳もまた、元気そうにピンとしている。
そう、エイミーはただの、綺麗なオレンジ色の瞳と髪が特徴的な可愛らしい女性ではない。
彼女は炎属性魔法を得意とする、竜人族の一人なのだ。
更にちなみに……魔王軍にいながら商人になりたいと豪語し続けていたのは、他でもないエイミーである。
「どうしてエイミーがこの街にいるのさ。買い物かい?」
「違うわよ。実は私、この街でお店をやっているの! 昔からの夢だったからねー」
その夢は知っているし、多分同期の中ではそれを知らない人の方が少なかったよ、と心の中で突っ込む。
──それにしても……本当に有言実行とは、少したまげたな。
このご時世に畑違いの転職は、相当大変だったろうに。
「それとフリーデン、一緒にいるその人は……おおっ!? 可愛い子じゃない! 名前は? もっと顔をよく見せて!」
可愛い物好きなエイミーは、ユノを見てかなり興奮気味だ。
でも、「あ、あうあう……」とたじろぐユノのフードにエイミーが手を伸ばした瞬間……その手を軽く掴んで止める。
──それは、ダメだよ。
非難がましくこちらを見て来たエイミーは、僕と目を合わせた途端……何かに気づいたかのように、視線を泳がせた。
「その……よし! 二人とも、私 のお店に来て! お茶でも飲みながらゆっくりと話しましょ!!」
エイミーは僕達の手を引いて、ぐいぐいと人混みの中を進んで行った。
それと……何が何だかよく分からなさそうなユノが終始目をぱちくりとさせていたのは、言うまでもないだろう。
***
「ここが私のお店。その名もエイミー商会!」
「そのまんまだね」
「細かいことは気にしなーい!」と、エイミーは店の中へと僕らを招き入れる。
店内を見れば、どうやらこのエイミー商会は雑貨屋らしかった。
オーソドックスなところからいけば、コップや鞄。そして怪しげなところを言うなら……明らかに呪術的な魔道具とドクロ!
……というかこれ、本当に呪えるやつじゃん……。
流石は元魔王軍……僕もだけど。
「おーい、いつまでもお店の中を見ていないで、二人ともこっちこっち」
エイミーの手招きに従い、僕とユノはカウンターを抜けて店の裏へと入る。
そこはテーブルや椅子、流しなどがあって、簡易的な休憩室のようになっていた。
「好きに座って。今紅茶とお菓子を用意するから。あ、それとフリーデンはいいとして、ユノちゃんは砂糖やミルクは入れる派?」
「両方とも、お願いします……」
「おっけー」
エイミーが紅茶をいれているうちに、縮こまり気味なユノが僕の肩をつんつんとしてから耳打ちしてきた。
「その……フリーデンさんとエイミーさんは、お友達なんですか?」
「まぁ、そうだね。正確には、僕とエイミーは前に同じ職場で働いていた同僚だよ。前にドワーフの知り合いがいるって言ったよね? 彼と同じところさ」
「そうだったんですね。道理で仲がよさそうだと思いました」
ユノはエイミーが怪しい人物ではないと分かって、ほっとしたようだった。
「そうそう。私とフリーデンはずっと一緒にやってきた仲だから……ね?」
エイミーは紅茶とクッキーをこちらに差し出しながら、小さくウインクをしてきた。
「はいはい、そうだね」と適当に返事をしながら紅茶を飲んで、ふぅと一息つく。
「それとこうやって店の中に来た訳だし、二人ともフード脱いだら? 少し暑いでしょ」
そう催促をするエイミーの本心は、明らかにユノの素顔が見たいというものだろう。
ユノがこちらを一瞥してきたので、僕は頷いてからフードを脱いだ。
そうして、ユノもまた僕に続いてフードを取った……ところ。
「おおぉ! 貴方、エルフだったのね! 改めてだけど、私はエイミー。貴方の名前はなんて言うの?」
エイミーは机越しにユノに抱きついた。
ユノは少し驚いたようにしながらも、小さく微笑んで「……ユノです」と言った。
「そっかーユノちゃんかー。癒される〜!」
エイミーは暫くユノの抱き心地を堪能してから、ふと僕へと視線を移す。
「それでフリーデン。今日は買い物をしに来たと思うんだけど、何を買う予定なの?」
「それは……ちょっと来て。それと、ユノは少し待っていて。お店の中を回ってくるから」
僕はエイミーと共に店の中ほどまで来てから、ユノに聞こえないくらい小さな声で話す。
「実は、ユノの生活用品を買いに来たんだ。ただ……こういう話をおおっぴらにすると、ユノがまた縮こまっちゃいそうだから」
「そゆことね。ちなみに、生活用品って服とかも?」
「うん。それも含めて色々ね」
いつまでも僕の古着を着せておく訳にもいかないし。
「それなら、私も一緒に選んであげる。それにいいお店もいくつか知っているし、私が行けばいくらか値引いてくれるかもしれないし。当然この商店のものなら、格安で売るわよ!」
「それはありがたいけど……いいの?」
するとエイミーは肩を組んできて「何を今更ー!」と元気一杯に告げた。
「私とフリーデンの仲じゃない! それに……貴方には数え切れないくらい、命を助けてもらったから。ここで少しくらいは、恩を返しておかないとね」
「エイミー……」
魔王軍時代、どちらかと言えば前衛寄りの僕とエイミーは最前線で戦うことも多かった。
その時確かに僕は何度かエイミーを助けたけれど、それはお互い様だし、気にしないでと言ったのに。
それなのに、彼女は未だにそのことを心に留めているらしかった。
「もう、そんな顔をしないの! 赫々極砕の二つ名が泣くわよ」
かつてのことを思い出していたら、どうも表情に何かが出ていたらしい。
エイミーに言われて我に帰る……というか。
「……その呼び方、定着していたんだ……」
どうしよう。
面と向かって言われたからか、少し小っ恥ずかしくなってきた。
それによく考えれば、何だか勇者にもそう呼ばれてた気がする。
ただ……この呼ばれ方のそもそもの始まりは、決して大層なものではない。
元々は酒の席で、誰かがふざけて言い出しただけだ。
でもこんな呼び方を、まさかエイミーにまでされる日が来ようとは……。
「何を言ってるのよ。定着しているも何も、巷じゃ【赫々極砕の英雄】は有名よ。世界を救った大英雄だもの……さて、そろそろ戻るわよ。あまりに遅いと、ユノちゃんもそわそわしちゃうわ」
そう言い残し、エイミーはさっさと店の奥へと戻っていった。
その背中を見つめて立ち尽くし……僕はこう思わずにはいられなかった。
──あの呼び方、巷に広がってるのか……。
……よもや世の中であんな呼び方をされる日が来るとは、正直思ってもみなかった。
そうして、僕は声の主の方へ振り向く。
「えいやっ!!」
「うわっ!?」
すると次の瞬間には、僕の被っていたフードが外れていた。
……いや、正面にいる女の人の両手でフードを脱がされた、と言った方が正確か。
ともかく僕の素顔は……周囲の人々に、呆気なく晒されることとなった。
「おおー! やっぱりフリーデンじゃない! もー、どこに行ったのかって皆で心配してたのよー! アンネ様も『あいつはどこかに行った』くらいしか教えてくれなかったし!」
更に驚くべきことは続く。
その女の人はあれこれと話しながら、そのまま僕の胸に飛び込んで来たのだ。
突然暖かい感触と甘い匂いに包まれ、不覚にも一瞬体が固まってしまう。
そして「一体この人は誰だ!?」と思わず胸元に視線を下ろした途端……自然とため息が漏れた。
──これは、ドギマギすることもなかったかな……うん。
少なくとも彼女の場合、この手のスキンシップは前から日常茶飯事だったし。
あれこれと自分の中で納得してたら、女の人は下から僕の両頬をぐいっと軽く持ち上げた。
「ダメだぞーフリーデン。ため息を一回するごとに幸せが一つ逃げるって、前に言ったでしょー? ほら、頬を上げて笑って笑って」
誰のお陰でため息が出たと思っているのか、と口から出かかるが……彼女に限ってはそれを言っても仕方がないかと、喉奥に引っ込める。
「久しぶりだね、エイミー。相変わらず元気そうで何よりだよ。……それとできれば僕のフードを取るのは、やめて欲しかったかな」
フードを被り直しながらそう言えば、エイミーは「にしし」としてやったり顔だ。
エイミーの身なりは所々に露出があるような、相変わらずラフな感じであった。
そして鱗が見え隠れする特徴的な耳もまた、元気そうにピンとしている。
そう、エイミーはただの、綺麗なオレンジ色の瞳と髪が特徴的な可愛らしい女性ではない。
彼女は炎属性魔法を得意とする、竜人族の一人なのだ。
更にちなみに……魔王軍にいながら商人になりたいと豪語し続けていたのは、他でもないエイミーである。
「どうしてエイミーがこの街にいるのさ。買い物かい?」
「違うわよ。実は私、この街でお店をやっているの! 昔からの夢だったからねー」
その夢は知っているし、多分同期の中ではそれを知らない人の方が少なかったよ、と心の中で突っ込む。
──それにしても……本当に有言実行とは、少したまげたな。
このご時世に畑違いの転職は、相当大変だったろうに。
「それとフリーデン、一緒にいるその人は……おおっ!? 可愛い子じゃない! 名前は? もっと顔をよく見せて!」
可愛い物好きなエイミーは、ユノを見てかなり興奮気味だ。
でも、「あ、あうあう……」とたじろぐユノのフードにエイミーが手を伸ばした瞬間……その手を軽く掴んで止める。
──それは、ダメだよ。
非難がましくこちらを見て来たエイミーは、僕と目を合わせた途端……何かに気づいたかのように、視線を泳がせた。
「その……よし! 二人とも、
エイミーは僕達の手を引いて、ぐいぐいと人混みの中を進んで行った。
それと……何が何だかよく分からなさそうなユノが終始目をぱちくりとさせていたのは、言うまでもないだろう。
***
「ここが私のお店。その名もエイミー商会!」
「そのまんまだね」
「細かいことは気にしなーい!」と、エイミーは店の中へと僕らを招き入れる。
店内を見れば、どうやらこのエイミー商会は雑貨屋らしかった。
オーソドックスなところからいけば、コップや鞄。そして怪しげなところを言うなら……明らかに呪術的な魔道具とドクロ!
……というかこれ、本当に呪えるやつじゃん……。
流石は元魔王軍……僕もだけど。
「おーい、いつまでもお店の中を見ていないで、二人ともこっちこっち」
エイミーの手招きに従い、僕とユノはカウンターを抜けて店の裏へと入る。
そこはテーブルや椅子、流しなどがあって、簡易的な休憩室のようになっていた。
「好きに座って。今紅茶とお菓子を用意するから。あ、それとフリーデンはいいとして、ユノちゃんは砂糖やミルクは入れる派?」
「両方とも、お願いします……」
「おっけー」
エイミーが紅茶をいれているうちに、縮こまり気味なユノが僕の肩をつんつんとしてから耳打ちしてきた。
「その……フリーデンさんとエイミーさんは、お友達なんですか?」
「まぁ、そうだね。正確には、僕とエイミーは前に同じ職場で働いていた同僚だよ。前にドワーフの知り合いがいるって言ったよね? 彼と同じところさ」
「そうだったんですね。道理で仲がよさそうだと思いました」
ユノはエイミーが怪しい人物ではないと分かって、ほっとしたようだった。
「そうそう。私とフリーデンはずっと一緒にやってきた仲だから……ね?」
エイミーは紅茶とクッキーをこちらに差し出しながら、小さくウインクをしてきた。
「はいはい、そうだね」と適当に返事をしながら紅茶を飲んで、ふぅと一息つく。
「それとこうやって店の中に来た訳だし、二人ともフード脱いだら? 少し暑いでしょ」
そう催促をするエイミーの本心は、明らかにユノの素顔が見たいというものだろう。
ユノがこちらを一瞥してきたので、僕は頷いてからフードを脱いだ。
そうして、ユノもまた僕に続いてフードを取った……ところ。
「おおぉ! 貴方、エルフだったのね! 改めてだけど、私はエイミー。貴方の名前はなんて言うの?」
エイミーは机越しにユノに抱きついた。
ユノは少し驚いたようにしながらも、小さく微笑んで「……ユノです」と言った。
「そっかーユノちゃんかー。癒される〜!」
エイミーは暫くユノの抱き心地を堪能してから、ふと僕へと視線を移す。
「それでフリーデン。今日は買い物をしに来たと思うんだけど、何を買う予定なの?」
「それは……ちょっと来て。それと、ユノは少し待っていて。お店の中を回ってくるから」
僕はエイミーと共に店の中ほどまで来てから、ユノに聞こえないくらい小さな声で話す。
「実は、ユノの生活用品を買いに来たんだ。ただ……こういう話をおおっぴらにすると、ユノがまた縮こまっちゃいそうだから」
「そゆことね。ちなみに、生活用品って服とかも?」
「うん。それも含めて色々ね」
いつまでも僕の古着を着せておく訳にもいかないし。
「それなら、私も一緒に選んであげる。それにいいお店もいくつか知っているし、私が行けばいくらか値引いてくれるかもしれないし。当然この商店のものなら、格安で売るわよ!」
「それはありがたいけど……いいの?」
するとエイミーは肩を組んできて「何を今更ー!」と元気一杯に告げた。
「私とフリーデンの仲じゃない! それに……貴方には数え切れないくらい、命を助けてもらったから。ここで少しくらいは、恩を返しておかないとね」
「エイミー……」
魔王軍時代、どちらかと言えば前衛寄りの僕とエイミーは最前線で戦うことも多かった。
その時確かに僕は何度かエイミーを助けたけれど、それはお互い様だし、気にしないでと言ったのに。
それなのに、彼女は未だにそのことを心に留めているらしかった。
「もう、そんな顔をしないの! 赫々極砕の二つ名が泣くわよ」
かつてのことを思い出していたら、どうも表情に何かが出ていたらしい。
エイミーに言われて我に帰る……というか。
「……その呼び方、定着していたんだ……」
どうしよう。
面と向かって言われたからか、少し小っ恥ずかしくなってきた。
それによく考えれば、何だか勇者にもそう呼ばれてた気がする。
ただ……この呼ばれ方のそもそもの始まりは、決して大層なものではない。
元々は酒の席で、誰かがふざけて言い出しただけだ。
でもこんな呼び方を、まさかエイミーにまでされる日が来ようとは……。
「何を言ってるのよ。定着しているも何も、巷じゃ【赫々極砕の英雄】は有名よ。世界を救った大英雄だもの……さて、そろそろ戻るわよ。あまりに遅いと、ユノちゃんもそわそわしちゃうわ」
そう言い残し、エイミーはさっさと店の奥へと戻っていった。
その背中を見つめて立ち尽くし……僕はこう思わずにはいられなかった。
──あの呼び方、巷に広がってるのか……。
……よもや世の中であんな呼び方をされる日が来るとは、正直思ってもみなかった。