25話
文字数 3,443文字
僕は細心の注意を払いながら、魔力を召喚術式に送り込んでいく。
地面に刻まれた召喚術式の中へと流れた魔力の一部が、徐々に光として大気中に溢れ出る。
「綺麗な虹……!」
召喚術式から出た光によって七色の虹が架かり、ユノが感嘆の声を上げた。
そして魔力が臨界まで高まる中……僕は詠唱を始める。
召喚術や降霊術にも、魔法と同じように詠唱が必要だ。
僕は一応、詠唱を最低限まで短縮できるけれど……それでも、必ず唱えなければならないことがある。
それは、僕ら精霊を呼び出したいという「意思」である。
「半人半魔のフリーデンが、地と草木を司り、風を纏う精霊 に告げる。我らの呼びかけに応えよ!」
そこまで言ってから、僕はユノに目配せをする。
するとユノはまだ虹に見とれていたらしく、少し焦り気味になりながらも。
「け、顕現してください!」
ユノが呼びかけると、召喚術式から出た光が人型になっていく。
光粒子が接合し、輪郭を形成し、魔力が質量を持った実体へと変貌していく。
それが数秒続いた後……召喚術式の上には、一人の少女が佇んでいた。
肩までかかる淡い緑色の髪に、どこか眠たそうな瞳。
身長はユノと同じくらいで、顔は身長相応の愛らしい童顔だ。
服装は、青葉や木の皮を加工したようなものを着ている。
……というか……何というか。
「君はドリアード、だよね?」
思っていたよりも、普通の人間に近い容姿をしていた。
前に聞いた話だと、ドリアードはもっと植物然とした姿をしている、っていうことだったけど……。
「おや、これはこれは」
僕だけじゃなく、どうやらアンも驚いていたらしい。
口に手を当て、目を丸くしていた。
「私、この子に見覚えがあります。神樹に付いていたドリアードの一人ですね」
「へぇ……うん!? 神樹に付いていたドリアード!?」
さらっとアンが言った言葉を理解するのに、約数秒。
それから数拍置いて、また凄い方を召喚してしまったことに気がつき、声が上ずってしまった。
あの神樹の力を受けて育ったドリアードともなれば……文字通り、破格の力を持ったドリアードであることだろう。
現に、その体から感じられる魔力の密度は魔剣状態のアンほどではないにせよ、規格外と言って差し支えなさそうなものだった。
高位の精霊は人と同じ姿をするというけど……なるほど。
神樹に付いていたという彼女は、文字通り「最上位のドリアード」なのだろう。
何にせよ小さな畑一つのために、また大層な御仁を呼んでしまったものだと思う。
「……如何にも。私は……【神樹のドリアード】が一人。名を……ワカバ。そして……お久しぶりです、アンタレ……」
「いいえ、今の私はアンです」
ゆったりとした自己紹介と共に、ワカバと名乗ったドリアードに自分の真名を呼ばれかけたアンは、咄嗟に話に割り込んだ。
「……左様……ですか。ちなみに……貴方と共にいる、私を呼び出したそこの半人半魔さんは……うんうん、そういうこと。道理で私を……容易に召喚できた訳」
ワカバはどういう訳か、どこか納得したような雰囲気だった。
というより、僕が半人半魔だと一発で見抜いたのか……ちょっとだけびっくりした。
「……さて。次に……久しぶり、ユノ。……元気にしていた?」
ワカバは、そう言ってユノに微笑みかける。
一方のユノは、いつの間にか口元を押さえて涙目になっていた。
──あれっ……知り合い!?
いやでも、ユノはドリアードを見たことがないって言っていたような……。
僕が困惑しているうちに、気がつけばユノはワカバにひしっと抱きついていた。
「ワ、ワカバ! 無事だったんですね!? 私てっきり、あの日リーラス王国軍に殺されちゃったんだと……! それにワカバ、ドリアードだったんですか!?」
「ええ。黙っていて……そして心配させて、ごめんなさい。私はこの通り……無事だから」
「い、生きていてよかった……っ!」
ユノはワカバに張り付いたまま、わんわんと泣き出した。
──そうか。
どうやら二人は面識があるようだけど、ユノ本人はワカバがドリアードだと知らなかったようだね。
詳しい事情は分からないけれど、とりあえずは、ワカバがユノの呼びかけに応えた理由はよく分かった。
だって……ね。
「二人は、親友なんだね」
「……そう。私とユノは……親友。ずっとずっと、親友」
ワカバはユノの背を撫でながら、ちらりと僕の方を見てきた。
「それで、今日は……何の用事で呼んだの?」
「この土地に畑を作りたい。だから、貴方の加護を受けたいんだ」
「……分かった。でも……交換条件、だから」
精霊の言う交換条件とは、等価交換を意味している。
要は仕事に対する報酬を提示しろ、ということだ。
それなら……小さな魔法石を十粒くらいだろうか。
この面積の畑なら、それくらいで足りるだろうし。
……なんて、甘いことを考えていた時期が僕にもありました。
「……えいっ」
ワカバが手を振り上げ、横にかざしてそこから風に乗せた魔力を放出した。
だけどそれだけで……畑どころかこの山そのものが、とんでもない魔力と生命力を帯び出した。
最早、土塊一つからですら、はっきりとした魔力を感じられる。
「……これで、山全部を畑にしても……大丈夫」
上位の第五階梯 の魔法にも匹敵する奇跡を容易に起こしながら、グッとサムズアップをしてくるワカバを見て、流石に恐縮せざるを得なかった。
──これが、神樹のドリアードの力……!
流石にスケールが違う。
……それと、こんなにも大きな山に何事もなかったかのように加護を与えられてしまったけれど。
僕は一体、ワカバに何を払わされるのだろうか……。
不安になってきてそれを聞こうとしたら、先んじてワカバが話し出した。
「それで……交換条件として、一つだけ……お願いがあるの」
気後れしたようにそう言うワカバの表情からは……夕暮れ時に道に迷って帰れなくなってしまった子供のような、困り果てた雰囲気を感じ取ることができた。
話を聞こうと頷いて返事をすれば、ワカバはユノをぎゅっと抱きしめながら。
「……貴方にはオフラ大森林にあった神樹を、完全に破壊して欲しい」
「なっ……!?」
──山一つに加護を与えた対価に、自分の親とも言える神樹の破壊を頼むなんて……!
あまりに突飛なその頼みに、不覚にも唖然としてしまった。
……そもそもの話、神樹はリーラス王国軍によって倒された筈だ。
それでエルフ達が今、神樹を必死に再生させようとしているらしいのに……どうして、何故そんなことを。
それを問いただそうとした時にはもう、表情を硬くしたアンがワカバの前に歩み出ていた。
「貴方、それが何を意味するのか分かっているのですか? どのような事情なのかは分かりませんが、そんなことをすればドリアードの貴方は……」
「分かって……います」
ワカバは一つ深呼吸をしてから、泣きそうな表情で訴えかけてきた。
「でも……そうしないと、ユノが危ないのです。……もう、私でも抑えきれなくなってきている。それに、今神樹を破壊することができるのは……きっと、そこの半人半魔さんくらいなものだと思う。だから……お願い」
「私が、危ない? それって……?」
きょとんとしながら聞き返すユノに、ワカバは「大丈夫。私達が……絶対に守る」とユノを抱きしめる力を強める。
ワカバのそれらの言動から、本格的に訳ありでかつ、ユノにも大分関係のある話であることが読み取れた。
「君の願いは分かったよ。でもまずは、ユノが危ない理由とか、神樹を破壊してほしい訳とか、その辺をちゃんと聞かせてもらいたいんだ。ユノ本人もよく分かっていなさそうだし……僕としても、詳しい事情を知りたく思うからさ」
ユノが危ないというところから、彼女が同族に狙われていることを思い出す。
──ここは一旦、話を整理しないと。
どうにも嫌な予感がする……っ!?
「それを貴様が知る必要はない。半人半魔」
突如として殺気の込められた声が、僕らの間を通り抜けていった。
地面に刻まれた召喚術式の中へと流れた魔力の一部が、徐々に光として大気中に溢れ出る。
「綺麗な虹……!」
召喚術式から出た光によって七色の虹が架かり、ユノが感嘆の声を上げた。
そして魔力が臨界まで高まる中……僕は詠唱を始める。
召喚術や降霊術にも、魔法と同じように詠唱が必要だ。
僕は一応、詠唱を最低限まで短縮できるけれど……それでも、必ず唱えなければならないことがある。
それは、僕ら精霊を呼び出したいという「意思」である。
「半人半魔のフリーデンが、地と草木を司り、風を纏う
そこまで言ってから、僕はユノに目配せをする。
するとユノはまだ虹に見とれていたらしく、少し焦り気味になりながらも。
「け、顕現してください!」
ユノが呼びかけると、召喚術式から出た光が人型になっていく。
光粒子が接合し、輪郭を形成し、魔力が質量を持った実体へと変貌していく。
それが数秒続いた後……召喚術式の上には、一人の少女が佇んでいた。
肩までかかる淡い緑色の髪に、どこか眠たそうな瞳。
身長はユノと同じくらいで、顔は身長相応の愛らしい童顔だ。
服装は、青葉や木の皮を加工したようなものを着ている。
……というか……何というか。
「君はドリアード、だよね?」
思っていたよりも、普通の人間に近い容姿をしていた。
前に聞いた話だと、ドリアードはもっと植物然とした姿をしている、っていうことだったけど……。
「おや、これはこれは」
僕だけじゃなく、どうやらアンも驚いていたらしい。
口に手を当て、目を丸くしていた。
「私、この子に見覚えがあります。神樹に付いていたドリアードの一人ですね」
「へぇ……うん!? 神樹に付いていたドリアード!?」
さらっとアンが言った言葉を理解するのに、約数秒。
それから数拍置いて、また凄い方を召喚してしまったことに気がつき、声が上ずってしまった。
あの神樹の力を受けて育ったドリアードともなれば……文字通り、破格の力を持ったドリアードであることだろう。
現に、その体から感じられる魔力の密度は魔剣状態のアンほどではないにせよ、規格外と言って差し支えなさそうなものだった。
高位の精霊は人と同じ姿をするというけど……なるほど。
神樹に付いていたという彼女は、文字通り「最上位のドリアード」なのだろう。
何にせよ小さな畑一つのために、また大層な御仁を呼んでしまったものだと思う。
「……如何にも。私は……【神樹のドリアード】が一人。名を……ワカバ。そして……お久しぶりです、アンタレ……」
「いいえ、今の私はアンです」
ゆったりとした自己紹介と共に、ワカバと名乗ったドリアードに自分の真名を呼ばれかけたアンは、咄嗟に話に割り込んだ。
「……左様……ですか。ちなみに……貴方と共にいる、私を呼び出したそこの半人半魔さんは……うんうん、そういうこと。道理で私を……容易に召喚できた訳」
ワカバはどういう訳か、どこか納得したような雰囲気だった。
というより、僕が半人半魔だと一発で見抜いたのか……ちょっとだけびっくりした。
「……さて。次に……久しぶり、ユノ。……元気にしていた?」
ワカバは、そう言ってユノに微笑みかける。
一方のユノは、いつの間にか口元を押さえて涙目になっていた。
──あれっ……知り合い!?
いやでも、ユノはドリアードを見たことがないって言っていたような……。
僕が困惑しているうちに、気がつけばユノはワカバにひしっと抱きついていた。
「ワ、ワカバ! 無事だったんですね!? 私てっきり、あの日リーラス王国軍に殺されちゃったんだと……! それにワカバ、ドリアードだったんですか!?」
「ええ。黙っていて……そして心配させて、ごめんなさい。私はこの通り……無事だから」
「い、生きていてよかった……っ!」
ユノはワカバに張り付いたまま、わんわんと泣き出した。
──そうか。
どうやら二人は面識があるようだけど、ユノ本人はワカバがドリアードだと知らなかったようだね。
詳しい事情は分からないけれど、とりあえずは、ワカバがユノの呼びかけに応えた理由はよく分かった。
だって……ね。
「二人は、親友なんだね」
「……そう。私とユノは……親友。ずっとずっと、親友」
ワカバはユノの背を撫でながら、ちらりと僕の方を見てきた。
「それで、今日は……何の用事で呼んだの?」
「この土地に畑を作りたい。だから、貴方の加護を受けたいんだ」
「……分かった。でも……交換条件、だから」
精霊の言う交換条件とは、等価交換を意味している。
要は仕事に対する報酬を提示しろ、ということだ。
それなら……小さな魔法石を十粒くらいだろうか。
この面積の畑なら、それくらいで足りるだろうし。
……なんて、甘いことを考えていた時期が僕にもありました。
「……えいっ」
ワカバが手を振り上げ、横にかざしてそこから風に乗せた魔力を放出した。
だけどそれだけで……畑どころかこの山そのものが、とんでもない魔力と生命力を帯び出した。
最早、土塊一つからですら、はっきりとした魔力を感じられる。
「……これで、山全部を畑にしても……大丈夫」
上位の
──これが、神樹のドリアードの力……!
流石にスケールが違う。
……それと、こんなにも大きな山に何事もなかったかのように加護を与えられてしまったけれど。
僕は一体、ワカバに何を払わされるのだろうか……。
不安になってきてそれを聞こうとしたら、先んじてワカバが話し出した。
「それで……交換条件として、一つだけ……お願いがあるの」
気後れしたようにそう言うワカバの表情からは……夕暮れ時に道に迷って帰れなくなってしまった子供のような、困り果てた雰囲気を感じ取ることができた。
話を聞こうと頷いて返事をすれば、ワカバはユノをぎゅっと抱きしめながら。
「……貴方にはオフラ大森林にあった神樹を、完全に破壊して欲しい」
「なっ……!?」
──山一つに加護を与えた対価に、自分の親とも言える神樹の破壊を頼むなんて……!
あまりに突飛なその頼みに、不覚にも唖然としてしまった。
……そもそもの話、神樹はリーラス王国軍によって倒された筈だ。
それでエルフ達が今、神樹を必死に再生させようとしているらしいのに……どうして、何故そんなことを。
それを問いただそうとした時にはもう、表情を硬くしたアンがワカバの前に歩み出ていた。
「貴方、それが何を意味するのか分かっているのですか? どのような事情なのかは分かりませんが、そんなことをすればドリアードの貴方は……」
「分かって……います」
ワカバは一つ深呼吸をしてから、泣きそうな表情で訴えかけてきた。
「でも……そうしないと、ユノが危ないのです。……もう、私でも抑えきれなくなってきている。それに、今神樹を破壊することができるのは……きっと、そこの半人半魔さんくらいなものだと思う。だから……お願い」
「私が、危ない? それって……?」
きょとんとしながら聞き返すユノに、ワカバは「大丈夫。私達が……絶対に守る」とユノを抱きしめる力を強める。
ワカバのそれらの言動から、本格的に訳ありでかつ、ユノにも大分関係のある話であることが読み取れた。
「君の願いは分かったよ。でもまずは、ユノが危ない理由とか、神樹を破壊してほしい訳とか、その辺をちゃんと聞かせてもらいたいんだ。ユノ本人もよく分かっていなさそうだし……僕としても、詳しい事情を知りたく思うからさ」
ユノが危ないというところから、彼女が同族に狙われていることを思い出す。
──ここは一旦、話を整理しないと。
どうにも嫌な予感がする……っ!?
「それを貴様が知る必要はない。半人半魔」
突如として殺気の込められた声が、僕らの間を通り抜けていった。