10話

文字数 5,377文字

 僕達はエイミーのお店を出てから、ユノの生活用品を色々と買って回っていた。
 それと並行して、僕自身が欲しかったものもいくつか買っていく。
 たとえば……そう。

「これとか、いい大きさかなぁ」

 魔道具店で売られていたガラスの小瓶をいくつか手にとって、色々な角度から眺めていく。
 この透明度もいいけれど、手にすっぽりと収まるこの大きさが気に入った。
 大柄な瓶は、地下室の限られたスペースを取るからあまり好かないのだ。

「エイミーさん、フリーデンさんは瓶をあんなに沢山買って、どうするおつもりなんでしょうか?」

「あれは間違いなく、趣味で集めた薬草とポーション用ね。それに溶かした魔法石を保存するのにも使うのかも」

「……あんなに凄い薬草を、フリーデンさんは趣味で集めてたんですか……。それに魔法石を溶かしたりするのって、かなり熟練した技術が必要だって本で見たことがあるんですけど……もしかして、前にフリーデンさんとエイミーさんがいた職場って、加工品店とかですか? ドワーフの方もいたって聞いていますし」

「あ、うーん……まぁ、そんなところね」

 買った小瓶をナップザックに詰めている間に、ユノとエイミーは何かを話していたようだった。
 仲が良さそうで何よりだ……というか、エイミーが初対面で抱きついたユノを無下に扱う訳がないか。

「二人とも、行くよー」

「はいよー」

「分かりました」

 ***

 そんなこんなで、半日もしないうちに買い物はつつがなく終了した。
 ユノの生活用品やコーヒー以外にも、本のような娯楽品も買えて、買い物の内容については大満足だった。
 後はこれらを持って、一旦エイミーのお店に戻るだけ……という訳には、どうもいかなさそうだった。

 帰り道、路地に入って露店で買った蒸しパンを頬張っていたら、ふいにエイミーが肩を寄せてくる。
 そして、正面を向いたまま囁いた。

「ねえ……気づいてる?」

「うん、実は昼過ぎくらいからずっと」

「……そんなに前からつけられていたのね。私、さっきまで気づかなかったわ」

 実はエイミーの言う通り、僕達はずっと誰かに後をつけられている。
 まるで送り狼みたいに。
 ただし、人が多いところで下手に刺激するのもマズいと思ったからこうして放置しているのだけど……さっきから、心なしかあちらとの距離が縮まっている気がする。
 エイミーが彼らの気配に気がついたのも、多分それが原因だろう。

「どうするの? 狙いは多分……」

「僕……かな?」

 勇者を倒した僕を恨んで、命を狙う者なんてごまんといることだろう。
 それにもしかしたら、かつて魔王軍時代に潰した闇組織の生き残りっていう線もある。
 そうなれば、後ろからつけてきているのは魔物の類か……。

「……ごめんなさい、多分あの時ね。私がフリーデンのフードを取ったから……」

 エイミーは柄にもなくしょんぼりとしていた。

「いや、それはもう構わないよ。久しぶりの再会だったし、エイミーがはしゃぎたくなる気持ちもわかるし。それに、魔法で僕の正体が暴かれた可能性もあるからさ。……さて、彼らの相手は僕がするよ。エイミーは、ユノを連れて先に戻って」

 エイミーは少し迷った後、「分かったわ」と小さく首肯した。

「それなら、貴方の荷物もこっちで預かるから。……気をつけてね。……さ、ユノちゃん! フリーデンはちょっと用事があるらしいから、私達は先に帰るわよ〜」

 エイミーはユノを連れ、手短な裏道に入って行った。
 この辺りの土地勘があるエイミーは、裏道に入った方が追手を撒きやすいと踏んだのだろう。

「……? 分かりました。フリーデンさん、それでは先に行っていますね」

「うん、後でね」

 きょとんとした顔をしながら、ユノはエイミーに手を引かれて行く。
 ──これでよし。
 もし仮に僕への有効打として、ユノやエイミーを人質にするよう追っ手が手回しをしたとしても……そもそもエイミーは結構強いし逃げ足も速いから、心配はいらないだろう。
 後はここで、僕が彼らを倒すだけだ。

「もう隠す必要もないか」とフードを取って待ち構えれば、追っ手も僕に逃げる意思がないことを感じたのか、その数秒後に曲がり角から姿を現した。
 全部で三人、全員さっきまでの僕のように、フードで顔を隠している。
 三人とも細身の長身で、少なくともドワーフやゴブリンではないなと悟る。

「貴方がたの狙いは何でしょうか。やっぱり、僕の命ですかね?」

 単刀直入に問いかければ、追っ手は三人ともぴたりと静止した。
 その後、真ん中の人物が一歩前に出て、押し殺したかのような声で一言。

「……答えてやる義理はない」

 その声音から、少なくとも真ん中の人物は男であるらしい。
 また、その男が腰から剣を引き抜くと、両脇の二人も剣を構える。
 ただしその三人が構える剣は……この辺りでよく目にする長剣とは、異なった形状をしていた。

 ──あれは……レイピアか。

 刃は美しくも繊細で、その先端が鋭く尖っている刺突剣。
 ただしレイピアは、この辺りではあまり多用される武器種ではない。
 何故ならレイピアのようにどちらかといえば繊細な武器を使うよりも、長剣や、大味な大剣や戦鎚を扱った方が魔法なんかで弾かれにくいし、その方がかえって自らも守りやすいからだ。
 オークやハイコボルトなんかを相手にすれば、それはよく分かるだろう。

 ただし、それはあくまで定石的な話。
 実際には他の種族よりも非力だからという理由で、大味な武器を扱えないという者達もいる。
 もっとも……レイピアを好んで使うと聞く種族は、ただ一つだ。
 長身であるということも、その種族に見られる特徴と重なっている。

 ──でもだからといって、何故その種族が僕を狙う……?

 もし目の前に相対する彼らが、僕の考えている種族の一員であったとしても……僕とは今まで何の接点もないし、恨まれる謂れだってない筈なのだ。

 ──いや、仮に接点があるとするなら、まさか……!

 考えを深めていたら、突如として正面の男が踏み込んできた。
 数メートルあった筈の距離差は、レイピアの刀身の長さをもってしても詰められるものでは……いや、ダメだ!

「くっ……!」

 勘任せに首を曲げれば、次の瞬間には僕の頭があった空間を何かが通過していった。
 見れば男のレイピアには魔法陣が展開されていて、魔法が放たれたことが分かった。

 ──あれは風の魔法陣!
 おそらくは第三階梯(ドライクラス)、それも無詠唱……ということは!

 魔法を無詠唱で放つことができる種族は、大きく分けて三つ。
 一つは人間……といっても、それは卓越した技能と並外れた魔力量を持つ者のみに限られる。
 次に魔族。
 この種族は生まれた時から、真の意味で魔法のエキスパートだ。

 そして、最後に……!

「……っ! 考える暇すらくれないか!!」

 正面の男の両脇にいた二人にも同様の魔法を放たれ、体を捻って紙一重で躱す。
 勇者との戦いから暫く経ったとはいえ、僕の体は療養中で万全とは言えない。
 それでも、少しでも動きを止めれば風の魔法で貫かれるのは火を見るよりも明らかだ。
 となれば……即座に攻めに転じるのみ!

 ──さて、この体でどこまでやれるか……!

「ふっ!」

 一息で両足に魔力を巡らせ、強化した脚力をもって大きく跳び上がる。
 そのまま狭い路地の利点を生かし、三角飛びの要領で建物の間を跳ねまわり、追っ手を撹乱しにかかる。
 それと同時に……!

「猛き赤よ! アサルトフレイム!」

 解放する魔法の属性(いろ)を宣言して、第二階梯(ツヴァイクラス)の術名を口にする!
 しかし、それだけでは終わらない。

連続射撃(リピート)!!」

 基本詠唱に加えて連続発動のオリジナル詠唱を差し込み、魔法を変化させる。
 次の瞬間、手のひらの魔法陣に集約された炎が追っ手に向かって矢のように、次々に放たれた。

「ほう、詠唱を最小限に短縮しているのか」

「それに魔法の即興編集能力……成る程。この男、ただの人間ではないな」

「だが、この程度で我らを仕留めようなどと、舐められたものだ!」

 追っ手は張り巡らされた爆炎の弾幕を、その起動を目視で読んで回避していくが、それはこちらも織り込み済み。
 最初から無詠唱で魔法を使える種族相手に半人半魔の僕の魔法がマトモに当たるとは思ってもないし、何より第二階梯の魔法の連続射撃がやっとな今の僕では、魔法を撃ち合ったとしても分が悪いだろう。

 それでも、問題ない。
 僕の狙いは……こうして三人をバラバラにして、連携を断つことにある!

「はぁっ!」

「何を……っ!?」

 三角飛びと魔法の発動を中断し、地上にいる一人へと頭上から詰め寄る。
 魔法で分が悪いなら……肉体技で沈めるだけのこと。
 瞬時に距離を詰めたことで、目の前の追手は僕への対応が間に合っていない。

 ──ガラ空きだ!

 拳を軽く握り、勢いのままに無防備な胴体に一撃を叩き込む。
 確かな手応えと共に、追手の一人はレイピアを取り落とし「ぐっ」と小さく呻きながらその場に崩れ落ちた。
 また、それと同時に背後からの鋭い殺気を感知する。

「背を見せたな、間抜け!」

「誰がっ!」

 僕は地に落ちたレイピアを手に取って振り向きざまに構え、背後から無詠唱で放たれた魔法弾を明後日の方向に弾き飛ばす。
 こちらを貫こうと、追っ手は再度魔法を発動しようとするが……残念。
 いくら無詠唱でも、この距離なら魔法よりも剣技で仕留めた方が早い!

 追っ手がレイピアと魔法陣を上段に構えた時には、僕はその真下にいた。
 レイピアは細身であり、刺突用の剣だ。
 それでも刃が付いている以上、最高の位置、程よい角度、最適な強さで振りさえすれば……!

「ハァッ!」

 下から真上へ切り上げると、僕と追手の持つレイピアは、甲高い音を立てながらそれぞれ真二つに折れた。

「こんな馬鹿な……ぐっ!?」

 得物を破壊され呆気にとられている目の前の追っ手へ、折れたレイピアを至近距離で投擲。
 追っ手がそれを強引に躱した隙に、魔力で強化した手刀を叩き込んでそのまま地に伏せる。

 そうして、油断なく構えを取る最後の追っ手に向かい……僕は言葉を投げかけた。

「さて、残る追っ手は貴方だけだ。……ここ提案ですが、この場は仲間を連れて退くというのはどうですか? ……エルフの襲撃者さん」

「僕としてもこれ以上体に負担はかけたくないし」と思いつつ追っ手の正体を看破すれば、正面の男はフードを取ってその顔を晒した。
 細く端正な顔立ちに、ユノと同じ銀色の髪と長い耳。
 ──レイピアを使い、無詠唱で魔法を放つ長身となれば……やっぱり、エルフ族だったか。

 エルフの男は、小さく首を横に振った。

「……残念ながら、その提案は受け入れられない。我々の正体を見破った貴公を、このままみすみす放置する訳にもいかないのでな。先ほどまでは我々の邪魔をする貴公には、意識を失ってもらうだけでもよかったのだが……」

「もう命を失ってもらわないと困る、と……」

 ──それと、『我々の邪魔をする貴公』……か。
 つまり当初の目的は僕の命じゃなかったということは、彼らの狙いは……そういうことか。

「それでは……ゆくぞ!」

 エルフの男は獣の如き俊敏な踏み込みで、瞬く間に僕の目の前へと躍り出る。
 そして男は無詠唱の魔法で瞬時に強化(バフ)をかけ、刺突によって心臓を狙う、文字通りの一撃必殺を放ってきた。
 それに対しこちらは丸腰の上、体が軋んでいるような有様。

 ──だとしても……!

 聖剣の一振りに比べれば緩慢に感じられる閃光の一刺しを、すんでのところで体の軸をずらして避ける。

「なっ……!?」

 勢いのままに真横へと回り込み……男の無防備な体を、掌底で突き飛ばす!

「ハァッ!!」

「ぐはぁ……っ!?」

 インパクトの瞬間、手のひらに魔力を込めて威力を底上げする。
 男はそのまま建物にぶつかって倒れ、意識を手放した。
 それから追っ手の三人が意識を失っていることを確かめてから、一息つく。

「……っ!?」

 ……気を抜いた途端、魔力を通わせていた手足に痛みを覚える。
 その痛みは徐々に引いていくものの……さっきの安堵の一息とは別に、思わずため息が漏れてしまった。

 ──まさか、第二階梯の魔法を使っただけでこんな反動があるとは……。
 これで第四、第五階梯の魔法を使ったら、一体どうなってしまうことやら。

 やはりこれからも戦闘は極力避けるに越したことはないか、と改めて感じた。

「それと……とりあえず彼らは、この街の傭兵に引き渡すか」

 街の中で起こった事件だし、そうするのが一番だろう。
 そうと決めた僕はこの後、傭兵の詰所に直行したのだった。
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