3話
文字数 3,285文字
階段を降りていくうちに、空気がひんやりとしたものへと変わっていく。
この家は木造平屋建て……というのは、外観上の話だ。
実際は地下にも部屋があって、そこは薬剤や魔道具の材料の保管庫にしている。
地下室は温度が変化しにくいので、薬品の材料や魔道具の保管に適しているのだ。
「この家を建ててもらった時、地下室も造ってもらって良かったな」
この家を建てたのは魔王軍に在籍していた頃にして、働き盛りだった約二年前だ。
腕のいいドワーフの親友に建ててもらったこの家は、本当に住み心地が良くて感謝している。
「スイッチは……この辺だったような」
階段を降りて薄暗い地下室に足を踏み入れ、壁についている魔力灯のスイッチを入れた。
天井に埋め込まれている魔力灯内部の魔法石が強く発光し、地下室が明るくなる。
戸棚を開け、必要な材料が入っている小さな甕を手早く取り出して机に乗せ、液体が入っているガラス瓶数本と空の大瓶なども取り出し、甕の横に置く。
今から僕が作るのは、治癒アイテムであるポーションだ。
ただし……通常のものよりは少し効果が薄いものを、多めに作ろうと思う。
理由は単純で、これから飲ませるあの女の子が子供だからだ。
ポーションはそもそも、大の大人の中でも体が強い兵士などが極端に疲労した時、または大怪我をした時に飲むものだ。
しかも即効性がある薬で、切り傷なんかも数分で塞がってしまうような代物だ。
それを体の小さな女の子にそのまま飲ませるのは……経験上、無理があるだろう。
強すぎる薬は、害にしかならない。
だから薄いものを沢山作って、時間をかけてゆっくりと飲ませようという訳だ。
「まずは材料の確認。竜の泉から分けてもらった水。小瓶三本分と、希釈するために追加で小瓶一本半分。薬草は皇鳥双葉を煎じたもの……いや、強すぎるかな。それなら一段階弱い王冠クラスの虎仔草を干したものを使おう。量を多くしたいから、三束かな。それと、苦味を弱めるものとして……果糖を使おう」
材料を計量しながらその種類と量を口に出すことで、測り違いや入れ忘れのリスクを減らす。
自分で使うのなら目分量でいいけれど、今回はあの女の子用だ。
秤に乗せて重さも確かめながら、慎重に準備を整えていく。
ふと壁に掛けてある時計を見れば、ここに来てから十分が経過していた。
女の子に何かあるといけないから、できるだけ早く地下室から出ないといけない。
できれば、後十分くらいで。
鍋に材料を入れ、小さな釜の上に置く。
普通なら釜に火を入れ、鍋を加熱するところだ。
でも時間もないし……よし。
魔法のリハビリも兼ねてあれを使おう。
「ふっ……!」
両手に魔力を込め、魔力を放出する。
赤い魔力の出力を調整し、最適化して青い魔力へと変えていく。
そして、その魔力が鍋を包み込み……ボフン! という音と煙を立てて鍋の中身を変化させた。
「……できたかな?」
恐る恐る鍋の中を覗き込むと、中には緑色の液体ができていた。
──よし、錬金術成功! 色もいい感じ!
「錬金術でポーション作るとか……お前それ金属を作る術だろ」と魔王軍時代にからかわれたのをふと思い出すが、今なら「いやいや、時間がない時にこれ滅茶苦茶便利だよ!」と言い返してやれそうだ。
なにせ、非常時は速さが正義なのだから。
その後、ポーションを入れた大瓶を抱えた僕は、ゆっくりと地下室を出た。
そのまま女の子が眠る部屋、僕の自室へと向かう。
音を立てないようにドアを開ければ、女の子は静かな寝息を立てて眠っていた。
一旦大瓶を机の上に置き、コップの中にポーションを注ぎ入れる。
「ごめん、ちょっといいかな?」
女の子の背中とベッドの間に手を入れて、華奢な体を優しく起こす。
「ううん……」
瞼を薄く開いた女の子は、力ない碧眼の瞳でこちらを見ていた。
「起こして悪いね。でも……もし飲めそうなら、このポーションを飲んで欲しいんだ」
女の子は小さく頷いた。
「ゆっくりといくからね……」
その小さく柔らかな唇にコップの口をつけ、ゆっくりと傾けていく。
女の子は喉が渇いていたのか、くぴくぴと少しずつ、それでも確かにポーションを飲んでいく。
「よく飲めたね」
女の子はまた、静かに頷く。
その体をゆっくりと横たえさせ、毛布をかけると、再び安らかな寝息が聞こえてきた。
これで暫くの間は、様子を見るしかない。
でも、ポーションも飲めたしきっと大丈夫だろう。
大瓶を抱えて自室を後にして、キッチンの一角に置いてある冷蔵保管庫に大瓶を入れる。
本格的な夏の前とはいえ、油断して長時間常温で放置していたら、ポーションが暑さでダメになってしまうかもしれない。
ポーションはそこそこ繊細なアイテムなのだ。
「……そういえば、お腹が減ってきたな。朝ご飯も食べていなかったし」
時刻はもう、太陽が頭の上にある頃だ。今から食べるようだと、これはお昼ご飯だろう。
玄関に放置していたビクから、魚を取り出してキッチンに持ってくる。
そして魚の鱗と内臓を取ってから、三枚におろしていく。
それから器に味付けした魚を入れ、オーブンでじっくりと加熱していく。
その間に、包丁やまな板を洗っておく。
──それにしても、ここでのゆったりとした生活にもだいぶ慣れてきたなぁ。
少し前までの喧騒にまみれた生活が、本当に嘘みたいだ。
かつて魔王軍で共に轡を並べて戦った戦友たちは、今は何をしているのだろうか。
傭兵になった人が多いと聞いたけど、中には旅をしている人もいるみたいだし……皆、自分の道を進んでいることだろう。
もっとも、こうやって今までとは真逆の生活をしている僕も、その一員なのだけど。
気がつけば洗い物はすんでいて、香ばしく魚の匂いが部屋に充満し始める。
そろそろパンを温めようか、そう考えていたら、ドアが小さく開く音がした。
「もしかして!?」と思いドアの方へと駆け寄れば、そこには……ふらふらとした女の子が、ドアノブに体重を預けながらどうにか立っていた。
どうやら思いの外、薄めたポーションが良く効いたらしい……それでも。
「もう少し寝ていた方がいいよ! まだ体力も回復しきってないだろうし」
辛そうな女の子の体を抱え上げ、ベッドに戻そうとする。
すると、その子は弱々しく首を横に振る。
「……おねが……い、です。何か……食べさせて、ください。ここ数日……何も……」
女の子は消え入りそうな声で、そう呟いた。
どうやら女の子はポーションの効き目もさることながら、オーブンから漂ってくる匂いにつられて空腹で目を覚ましたらしかった。
「……って、数日間何も食べていないの!? 少し待ってて」
女の子をベッドに運びキッチンに戻ってから、焼き魚と軽く温めたパンに、手早く作ったサラダ、それにスプーンをお盆に乗せる。
そして飲み物はもちろんポーション……と言いたいところだけど、さっき飲ませたばかりだから、代わりに新鮮な水をコップに注ぐ。
「お待たせ。喉に詰まらせないように……慌てずゆっくりと食べてね」
ベッドの上に座る女の子にお盆を手渡すと、言葉に反して凄まじい速度で食事を口に運びだした。
目にも留まらぬ速度というのは、きっとこういうのを指すのだろう、と思うくらいの勢いだ。
しばらく胃に何も入れてなかっただろうし、戻してしまわないかと見ていてちょっとハラハラした。
「……うっ!?」
「お、お水お水」
食事が喉に詰まったのか、コップを手渡すと女の子は一気に水を飲み干した。
「ぷはぁ……美味しかったです」
水を飲んだ後、女の子は健康的に赤くなってきた頬を緩めた。
どうやら食事は口にあったらしい。
美味しかったと言ってもらえて、少し嬉しくなった僕だった。
この家は木造平屋建て……というのは、外観上の話だ。
実際は地下にも部屋があって、そこは薬剤や魔道具の材料の保管庫にしている。
地下室は温度が変化しにくいので、薬品の材料や魔道具の保管に適しているのだ。
「この家を建ててもらった時、地下室も造ってもらって良かったな」
この家を建てたのは魔王軍に在籍していた頃にして、働き盛りだった約二年前だ。
腕のいいドワーフの親友に建ててもらったこの家は、本当に住み心地が良くて感謝している。
「スイッチは……この辺だったような」
階段を降りて薄暗い地下室に足を踏み入れ、壁についている魔力灯のスイッチを入れた。
天井に埋め込まれている魔力灯内部の魔法石が強く発光し、地下室が明るくなる。
戸棚を開け、必要な材料が入っている小さな甕を手早く取り出して机に乗せ、液体が入っているガラス瓶数本と空の大瓶なども取り出し、甕の横に置く。
今から僕が作るのは、治癒アイテムであるポーションだ。
ただし……通常のものよりは少し効果が薄いものを、多めに作ろうと思う。
理由は単純で、これから飲ませるあの女の子が子供だからだ。
ポーションはそもそも、大の大人の中でも体が強い兵士などが極端に疲労した時、または大怪我をした時に飲むものだ。
しかも即効性がある薬で、切り傷なんかも数分で塞がってしまうような代物だ。
それを体の小さな女の子にそのまま飲ませるのは……経験上、無理があるだろう。
強すぎる薬は、害にしかならない。
だから薄いものを沢山作って、時間をかけてゆっくりと飲ませようという訳だ。
「まずは材料の確認。竜の泉から分けてもらった水。小瓶三本分と、希釈するために追加で小瓶一本半分。薬草は皇鳥双葉を煎じたもの……いや、強すぎるかな。それなら一段階弱い王冠クラスの虎仔草を干したものを使おう。量を多くしたいから、三束かな。それと、苦味を弱めるものとして……果糖を使おう」
材料を計量しながらその種類と量を口に出すことで、測り違いや入れ忘れのリスクを減らす。
自分で使うのなら目分量でいいけれど、今回はあの女の子用だ。
秤に乗せて重さも確かめながら、慎重に準備を整えていく。
ふと壁に掛けてある時計を見れば、ここに来てから十分が経過していた。
女の子に何かあるといけないから、できるだけ早く地下室から出ないといけない。
できれば、後十分くらいで。
鍋に材料を入れ、小さな釜の上に置く。
普通なら釜に火を入れ、鍋を加熱するところだ。
でも時間もないし……よし。
魔法のリハビリも兼ねてあれを使おう。
「ふっ……!」
両手に魔力を込め、魔力を放出する。
赤い魔力の出力を調整し、最適化して青い魔力へと変えていく。
そして、その魔力が鍋を包み込み……ボフン! という音と煙を立てて鍋の中身を変化させた。
「……できたかな?」
恐る恐る鍋の中を覗き込むと、中には緑色の液体ができていた。
──よし、錬金術成功! 色もいい感じ!
「錬金術でポーション作るとか……お前それ金属を作る術だろ」と魔王軍時代にからかわれたのをふと思い出すが、今なら「いやいや、時間がない時にこれ滅茶苦茶便利だよ!」と言い返してやれそうだ。
なにせ、非常時は速さが正義なのだから。
その後、ポーションを入れた大瓶を抱えた僕は、ゆっくりと地下室を出た。
そのまま女の子が眠る部屋、僕の自室へと向かう。
音を立てないようにドアを開ければ、女の子は静かな寝息を立てて眠っていた。
一旦大瓶を机の上に置き、コップの中にポーションを注ぎ入れる。
「ごめん、ちょっといいかな?」
女の子の背中とベッドの間に手を入れて、華奢な体を優しく起こす。
「ううん……」
瞼を薄く開いた女の子は、力ない碧眼の瞳でこちらを見ていた。
「起こして悪いね。でも……もし飲めそうなら、このポーションを飲んで欲しいんだ」
女の子は小さく頷いた。
「ゆっくりといくからね……」
その小さく柔らかな唇にコップの口をつけ、ゆっくりと傾けていく。
女の子は喉が渇いていたのか、くぴくぴと少しずつ、それでも確かにポーションを飲んでいく。
「よく飲めたね」
女の子はまた、静かに頷く。
その体をゆっくりと横たえさせ、毛布をかけると、再び安らかな寝息が聞こえてきた。
これで暫くの間は、様子を見るしかない。
でも、ポーションも飲めたしきっと大丈夫だろう。
大瓶を抱えて自室を後にして、キッチンの一角に置いてある冷蔵保管庫に大瓶を入れる。
本格的な夏の前とはいえ、油断して長時間常温で放置していたら、ポーションが暑さでダメになってしまうかもしれない。
ポーションはそこそこ繊細なアイテムなのだ。
「……そういえば、お腹が減ってきたな。朝ご飯も食べていなかったし」
時刻はもう、太陽が頭の上にある頃だ。今から食べるようだと、これはお昼ご飯だろう。
玄関に放置していたビクから、魚を取り出してキッチンに持ってくる。
そして魚の鱗と内臓を取ってから、三枚におろしていく。
それから器に味付けした魚を入れ、オーブンでじっくりと加熱していく。
その間に、包丁やまな板を洗っておく。
──それにしても、ここでのゆったりとした生活にもだいぶ慣れてきたなぁ。
少し前までの喧騒にまみれた生活が、本当に嘘みたいだ。
かつて魔王軍で共に轡を並べて戦った戦友たちは、今は何をしているのだろうか。
傭兵になった人が多いと聞いたけど、中には旅をしている人もいるみたいだし……皆、自分の道を進んでいることだろう。
もっとも、こうやって今までとは真逆の生活をしている僕も、その一員なのだけど。
気がつけば洗い物はすんでいて、香ばしく魚の匂いが部屋に充満し始める。
そろそろパンを温めようか、そう考えていたら、ドアが小さく開く音がした。
「もしかして!?」と思いドアの方へと駆け寄れば、そこには……ふらふらとした女の子が、ドアノブに体重を預けながらどうにか立っていた。
どうやら思いの外、薄めたポーションが良く効いたらしい……それでも。
「もう少し寝ていた方がいいよ! まだ体力も回復しきってないだろうし」
辛そうな女の子の体を抱え上げ、ベッドに戻そうとする。
すると、その子は弱々しく首を横に振る。
「……おねが……い、です。何か……食べさせて、ください。ここ数日……何も……」
女の子は消え入りそうな声で、そう呟いた。
どうやら女の子はポーションの効き目もさることながら、オーブンから漂ってくる匂いにつられて空腹で目を覚ましたらしかった。
「……って、数日間何も食べていないの!? 少し待ってて」
女の子をベッドに運びキッチンに戻ってから、焼き魚と軽く温めたパンに、手早く作ったサラダ、それにスプーンをお盆に乗せる。
そして飲み物はもちろんポーション……と言いたいところだけど、さっき飲ませたばかりだから、代わりに新鮮な水をコップに注ぐ。
「お待たせ。喉に詰まらせないように……慌てずゆっくりと食べてね」
ベッドの上に座る女の子にお盆を手渡すと、言葉に反して凄まじい速度で食事を口に運びだした。
目にも留まらぬ速度というのは、きっとこういうのを指すのだろう、と思うくらいの勢いだ。
しばらく胃に何も入れてなかっただろうし、戻してしまわないかと見ていてちょっとハラハラした。
「……うっ!?」
「お、お水お水」
食事が喉に詰まったのか、コップを手渡すと女の子は一気に水を飲み干した。
「ぷはぁ……美味しかったです」
水を飲んだ後、女の子は健康的に赤くなってきた頬を緩めた。
どうやら食事は口にあったらしい。
美味しかったと言ってもらえて、少し嬉しくなった僕だった。