第13話
文字数 1,883文字
「お忙しいところ、大変申し訳ございません」
そう言って、女性は深々と首を垂れると「わたしはこういう者です」とバックから名刺を取り出して、山懸に手渡した。
「ああ、はい、えーと、お名前が安河内蓮さんで、職業が、えー、文筆家、安河内蓮、文筆家……って、もしや、あなた、あの直木賞作家の安河内蓮先生でいらっしゃいますか!!」
名刺を受け取った山懸は、すんでのところで受け取った名刺を放り投げて飛び上がるところだった。それほど、彼は、非常に、すごく、驚いた。
「ええ、さようでございます」
蓮は、軽く会釈して、「で、こちらの女性は、編集者の山本浩子さんです」と手際よく彼女を紹介した。
「山本です」
紹介された浩子も、バックから名刺を取り出して、山懸に差し出した。ついでに、山懸の隣にいる矢吹にも差し出す。
受けった矢吹は「これは、どうも」と浩子にちょこんと首を垂れると、蓮に眼差しを移して「で、ご高名な安河内先生が、こん回の事件のことで、どのようなお話しをなさりたいというのでしょう」と、さっそく尋ねた。
尋ねられた蓮は、宮島で近藤結花と知り合った経緯 を二人に詳しく語った。
「――なるほど。お亡くなりになられた近藤結花さんとは、顔見知りだったということですね」
そう言った矢吹の頬が、にわかにほころんだ。
彼は内心、これは、田所が言ってたあれだ。そう、鴨葱だ、と思って頬をほころばせたのである。
が、そういう素ぶりなどおくびにも出さず、むしろ、矢吹は神妙な顔と口調で訊いた。
「本日は、そのことを知らせてくださるために、わざわざ、広島から?」
「ええ……」
うなずいた蓮は一瞬、唇を噛んだ。それから、ことばをつづけた。
「わたしには、どうしても、どうしても、ここに来なければならない理由があるんです」
そうきっぱり言って、蓮は、宙空に眼差しを投げた。
「こ、ここにくる理由⁈ ど、どのような……」
思いがけない蓮の迫力に気圧されて、矢吹は、可笑しいほどたじろいだ。
おもむろに矢吹に眼差しを戻して、蓮は口を開く。
「さきほども申し上げましたように、かねて住んでいたマンションの隣人は女優の恵風涼さんでした。実はわたし、近藤さんに、涼さんには……」
蓮はそこで一瞬、言い淀んだ。
「か、彼女には?」
矢吹が、その先を促す。
「……お、男の人がいるって、わたし教えちゃったんです。それさえ、それさえければ、たぶん彼女はこんなことには……」
そう言って、蓮は、両手で顔を覆った。
「つまり、先生は、それが原因で、ガイシャ――つまり近藤結花さんはこの度の件に至ったというふうに、お思いなんですね?」
「え、ええ……うっ、ううう」
嗚咽する蓮を、浩子が懸命になだめる。
「先生、先生のせいじゃありませんよ。だから、そんなに自分を責めないでください、ね、先生、だからね」
「で、でも、あれが……」
蓮は、虚ろな瞳で、ことばを絞り出す。
「……あれが、涼さんの不都合な真実を暴くきっかけになったわ。それで、それで結花さんは……うっ、ううう」
蓮は両手で顔を覆って、その場に泣き崩れてしまった。
「けれど、それにしたって、なぜ、先生はこうも自分を責められるんでしょうねぇ。恵風涼さんに男がいると、ガイシャ、いや、近藤結花さんに教えただけなんでしょう」
泣き崩れて聞き取りがままならなくなった蓮に変わって、矢吹は、山本浩子に問いかけた。
「はい、先生がおっしゃるには、自分が前に住んでいたマンションの部屋、つまり恵風涼さんの隣の部屋に近藤結花さんが入居できるように、それはもう積極的に協力されたということなんです」
矢吹は、やや首をかしげた。どういう意味かわからないという感じで。
あら、刑事のくせにそんなこともわからないの。結花さんは芸能レポーターよ、とは浩子は思わない。彼女は、なんにせよ如才のない女性だ。そこで、彼女は淡々と応える。
「恵風涼さんが住んでいるマンションは、超がつくほどの高級マンションです。したがって、セキュリティはもちろんしっかりしています。先生から話を聞いた結花さんは、こう考えられたらしいんです。先生の話だけではインパクトが弱い。だからといって、そういうセキュリティがしっかりしたマンションにはおいそれと近づけない。だとしたら、と結花さんは首をかしげて、こんな一計をめぐらせたというんです。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』ーーこの作戦にかぎるわ、というふうにですね」
は⁈
矢吹はきょとんとし、一瞬ことばに詰まった。
わずかな間のあとで、矢吹は間抜けな口調で言った。
「それ、なんすか⁈」
つづく
そう言って、女性は深々と首を垂れると「わたしはこういう者です」とバックから名刺を取り出して、山懸に手渡した。
「ああ、はい、えーと、お名前が安河内蓮さんで、職業が、えー、文筆家、安河内蓮、文筆家……って、もしや、あなた、あの直木賞作家の安河内蓮先生でいらっしゃいますか!!」
名刺を受け取った山懸は、すんでのところで受け取った名刺を放り投げて飛び上がるところだった。それほど、彼は、非常に、すごく、驚いた。
「ええ、さようでございます」
蓮は、軽く会釈して、「で、こちらの女性は、編集者の山本浩子さんです」と手際よく彼女を紹介した。
「山本です」
紹介された浩子も、バックから名刺を取り出して、山懸に差し出した。ついでに、山懸の隣にいる矢吹にも差し出す。
受けった矢吹は「これは、どうも」と浩子にちょこんと首を垂れると、蓮に眼差しを移して「で、ご高名な安河内先生が、こん回の事件のことで、どのようなお話しをなさりたいというのでしょう」と、さっそく尋ねた。
尋ねられた蓮は、宮島で近藤結花と知り合った
「――なるほど。お亡くなりになられた近藤結花さんとは、顔見知りだったということですね」
そう言った矢吹の頬が、にわかにほころんだ。
彼は内心、これは、田所が言ってたあれだ。そう、鴨葱だ、と思って頬をほころばせたのである。
が、そういう素ぶりなどおくびにも出さず、むしろ、矢吹は神妙な顔と口調で訊いた。
「本日は、そのことを知らせてくださるために、わざわざ、広島から?」
「ええ……」
うなずいた蓮は一瞬、唇を噛んだ。それから、ことばをつづけた。
「わたしには、どうしても、どうしても、ここに来なければならない理由があるんです」
そうきっぱり言って、蓮は、宙空に眼差しを投げた。
「こ、ここにくる理由⁈ ど、どのような……」
思いがけない蓮の迫力に気圧されて、矢吹は、可笑しいほどたじろいだ。
おもむろに矢吹に眼差しを戻して、蓮は口を開く。
「さきほども申し上げましたように、かねて住んでいたマンションの隣人は女優の恵風涼さんでした。実はわたし、近藤さんに、涼さんには……」
蓮はそこで一瞬、言い淀んだ。
「か、彼女には?」
矢吹が、その先を促す。
「……お、男の人がいるって、わたし教えちゃったんです。それさえ、それさえければ、たぶん彼女はこんなことには……」
そう言って、蓮は、両手で顔を覆った。
「つまり、先生は、それが原因で、ガイシャ――つまり近藤結花さんはこの度の件に至ったというふうに、お思いなんですね?」
「え、ええ……うっ、ううう」
嗚咽する蓮を、浩子が懸命になだめる。
「先生、先生のせいじゃありませんよ。だから、そんなに自分を責めないでください、ね、先生、だからね」
「で、でも、あれが……」
蓮は、虚ろな瞳で、ことばを絞り出す。
「……あれが、涼さんの不都合な真実を暴くきっかけになったわ。それで、それで結花さんは……うっ、ううう」
蓮は両手で顔を覆って、その場に泣き崩れてしまった。
「けれど、それにしたって、なぜ、先生はこうも自分を責められるんでしょうねぇ。恵風涼さんに男がいると、ガイシャ、いや、近藤結花さんに教えただけなんでしょう」
泣き崩れて聞き取りがままならなくなった蓮に変わって、矢吹は、山本浩子に問いかけた。
「はい、先生がおっしゃるには、自分が前に住んでいたマンションの部屋、つまり恵風涼さんの隣の部屋に近藤結花さんが入居できるように、それはもう積極的に協力されたということなんです」
矢吹は、やや首をかしげた。どういう意味かわからないという感じで。
あら、刑事のくせにそんなこともわからないの。結花さんは芸能レポーターよ、とは浩子は思わない。彼女は、なんにせよ如才のない女性だ。そこで、彼女は淡々と応える。
「恵風涼さんが住んでいるマンションは、超がつくほどの高級マンションです。したがって、セキュリティはもちろんしっかりしています。先生から話を聞いた結花さんは、こう考えられたらしいんです。先生の話だけではインパクトが弱い。だからといって、そういうセキュリティがしっかりしたマンションにはおいそれと近づけない。だとしたら、と結花さんは首をかしげて、こんな一計をめぐらせたというんです。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』ーーこの作戦にかぎるわ、というふうにですね」
は⁈
矢吹はきょとんとし、一瞬ことばに詰まった。
わずかな間のあとで、矢吹は間抜けな口調で言った。
「それ、なんすか⁈」
つづく