第7話

文字数 1,229文字

 
「それにしても、びっくりよね」
 結花はそう言うと、うつぶせ寝の半身だけを起こして、くわえ煙草に火をつけた。それから、紫煙をくゆらす煙草を、隣で仰臥(ぎょうが)する男の唇にくわえさせた。
 日曜日の昼下がり――。
 ここは錦糸町の、いわゆる男女が逢瀬を楽しむホテルの一室。
 宮島から昨日、東京に戻ってきた結花は、隣で仰臥する男といま、一戦を交えたところ。
 交えながら、宮島での経緯(いきさつ)を語り、いよいよ、男が入ってくるというときに、結花は、蓮から聞いた衝撃の事実を寝物語のように口にした。
「連先生が言うにはねぇ、あの子、純情そうな顔してるけど、あれで、なかなかやりてなんだって。だってさ、と、とき、どき……わ、若い男をさ、ア、アン、へ、部屋に連れ込んでわさぁ……ア、アーン、ねぇ、は、はやく、ちょうだ~い」
 それを聞いた男も、俄然、やる気になったとみえる。
 きょうのは、いつにまもまして、よかったわ~。
 男から、煙草を奪った結花は、それを満足そうにふかした。
 ふたたび、それを男の唇に戻すと、結花は軀の向きを変えて、男の胸にすがって言った。
「これって、千載一遇のチャンスだと思わない。ほら、だって、恵風涼に男がいたんだよ。これは、とってもセンセーショナルな話題だわ。もちろん、局長賞級のね」
「ああ、オレもそう思うよ」
 男も、煙草を美味そうにふかして、うなずく。
「ただね……」
 結花の口調が、にわかに変わる。
「この情報の出どころは、絶対に口外しないでねって、蓮先生からきつく釘をさされているのよ」
「なんだよ、それ……」
 男は、露骨に舌を打つ。
「だとしたら、情報の信憑性に欠けちまう……それは結局、なんら価値のない情報ってことで、少なからず等閑に付される可能性があるな」
「そうなのよねぇ……。でもさ、このチャンスを逃す手はないわ。あなただって、自分が手掛けるワイドショーの視聴率を上げる、その絶好のチャンスじゃない」
「それを言われるとぐうの音も出ねぇよ。なんたって、視聴率がじり貧状態だもんなぁ。ひょっとして、年度替わりには番組を打ち切られるんじゃないかって、ヒヤヒヤしているところだぜ……」
 男は顔をしかめて言うと、煙草の煙をまずそうに吐き出し、目をしょぼつかせた。
「だったら、なおさらじゃない」
「かといってなぁ……」
「心配しないで。わたしに考えがあるの」
「どんな?」
「わたしたちの手でね、決定的な証拠を握ればいいんじゃないか、ってね」
 そう言って、結花は、枕元のシガレットケースに手を伸ばした。
「どうやって、握るってんだ。探偵の真似事でもして、彼女の住んでいるマンションの前で四六時中張り込みでもするっていうのか」
「たぶんそれは空振り三振だわね。いくらなんでも、男と一緒にマンションに入るなんて不用心はしないと思うもの」
「じゃ、どうするんだ?」
「ふふ、虎穴に入らずんば虎子を得ず、っていうでしょ」
 含み笑いで言った結花は、男のライターを手に取り、くわえ煙草に火をつけた。
 
 
つづく
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