第1話

文字数 1,409文字

 世界遺産である宮島は、厳島神社のほど近くにあるホテルのロビー。
 そこに設えてあるソファーに座って、芸能レポーターの近藤結花と雑談していた作家の安河内蓮が突然、あれ! なんで? と口をぽかーんと開けた。
 あら! どうしたんだろう、先生――けげんそうな表情で結花は、蓮の視線の行方を追ってうしろを振り返った。
 見ると、モニターが、やたらワイドなテレビが目に入る。そこに、アップで映し出されている、女の子。愛くるしい顔立ちが、ひときわ人好きのする。
 どうやら、先生は、この子を見て口をぽかーんと開けたようね、と結花は推察する。
 だとすると、なぜ、この子を見て――という疑問が、当然、湧いてくる。
 その答え合わせをしようと、結花はモニターの中の女の子を指差して「先生、この子が、どうかされました?」と、愛想笑いで訊いてみる。
 でも蓮は、どこか自分の中に沈み込むような目つきをして、口を閉ざしている。
 おーい、先生!! 
 サヨナラでもするかのように、結花は、蓮の顔の前で手のひらを左右に振る。がしかし、空気の存在が見えないように、結花の存在も、その目を遮らないらしい。
 しょうがない、しばらく待つとしますか――そう諦念した結花は黙って、蓮の次の言葉を待つことにした。
 ほどなく、われに返った蓮は、改めて、画面の中の女の子を食い入るように見つめた。
 やっぱり、そうだわ――うなずいた蓮はモニターを指差して、おもむろに口を開いた。
「……わたしね、この子、知ってるの」
 こんどは結花が、はあ⁈ と口をぽかーんと開く番だった。
 それも無理はない。
 なにしろ、この彼女は昨年、CM出演ランキング一位に輝くほどの、国民的女優だったからだ。
 ですからね、先生、と結花は内心、眉をひそめる。
 よりによって、この子を「知ってるの」なんて言ったら、世間からどんな目で見られることやら、そう案じて。
 けれどすぐに、いや、待てよ、と結花は思い直す。
 なんといっても、安河内蓮はいまをときめく人気作家。それだけに、個人的に知ってるという意味で「知ってるの」と言った可能性だってある。
 ただいずれにせよ、その真意を正さなくては埒が明かない。
 じゃ、どうする? 
 結花は突然、考える。
 もっとも、彼女はは芸能レポーターを生業にするだけのことはあって、ことのほか機知に富む女性であった。
 よーし、だったら――意をけっした結花は、さっそく、蓮にカマをかける。
「さすが人気作家の安河内蓮先生でいらっしゃいますわ。彼女を個人的に知ってらっしゃるなんて――」
 さて、先生はなんて返すやら、と結花は身構える。が、蓮は、拍子抜けするほど平然とした口調で、こう返すではないか。
「あら、この子と個人的な知り合いだと、そんなにうらやましいの」
 これには、さしもの人気芸能レポーターを誇る近藤結花も一瞬にして毒気を抜かれて、目だけが躍起になって二の句が継げない。
 蓮先生は大作作家。かたや、わたしはいくら人気があるとはいえ、いつ画面から消えてなくなるとも限らない、儚い存在の芸能レポーター。しょせん、月とスッポン、もとより住んでる世界がちがうみたいだわ――というような嫉妬と失望とをきっかり半分ずつ感じながら。
 一方、蓮は、ちがう意味で毒気を抜かれている。
 こうして、芸能レポーターからうらやましがられているキミって、いったい、何者なの――内心、そんな疑問を抱きながら。


つづく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み