第4話

文字数 1,768文字



 ロケが、だいたい六時ごろに終わります。その後で、お食事を是非一緒にしたいのですが――そのように結花に懇願されて、というより、この土地に縁のゆかりもない蓮と浩子だったので、これは渡りに船とばかりに「喜んで」と二つ返事でうなずいた結果として、三人はいま、港の近くにある日本料亭の、その席に着いていた。
 あれは、二年前――折しも東京五輪が開催されていた八月。
 何の因果か、蓮は新型コロナウイルスに感染してしまった。感染中は、さして症状はひどくなかった。だが、後遺症に思いのほか悩まされる羽目に。
「こうなったら、広島のおかあちゃんに、めんどうみてもらおっと」
 うなずいた蓮は、思い立ったが吉日とばかりに、さっさと東京のマンションを引き払い、実家である広島に帰郷していた。
 浩子との打ち合わせ場所は、広島市内のホテルが常だった。ところが、蓮は今回、「ねぇ、気分転換をかねて、宮島で打合せしない? うん、そうしようよ」と浩子を強引に誘っていた。
 というわけで、蓮はきょう、東京からくる浩子を宮島のホテルのロビーで待っていた。
 そんなとき、芸能レポーターの近藤結花に「あれ、もしかして、安河内連先生では?」と声をかけられ、だからこうして蓮は雑談のさなかだったのだ。


*******


「葛西臨海公園内の雑木林で殺人事件発生。現場は『鳥類園ゾーン』の下の池東南側観察窓付近の雑木林。繰り返します、現場は――」
 葛西臨海警察署から、このような一報が警視庁捜査一課の山縣真之介管理官の元にもたらされたのは、立春が過ぎても尚、寒さの名残が見られる、そんな余寒の候の週初め。
「矢吹班、至急、臨場してくれ!」
 さっそく、山縣管理官は捜査一課七係の矢吹三郎警部に、現場へ向かうよう指示を下した。
 指示を受けた矢吹警部と彼の班の刑事にくわえ鑑識とが、ただちに現場に向かった。それとともに、科捜研のメンバーもあとを追った。
 現着した矢吹は、ちょうど規制線の張られた場所にいた葛西臨海署の若い警官に「七係の矢吹だ」と名乗って、「さっそくだが、状況を説明してくれ」とうながした。
 その名を聞いて、舞い上がってしまったのは、この若い警官だ。
 無理もない。なにしろ、矢吹と言えば『切れ者矢吹』として名を馳せる、警視庁の名物刑事なのだから。つまり、矢吹は若い彼からすれば、雲の上のような存在だったというわけだ。
 それでも、この若い警官はすぐに自分を取り戻した。というのも、彼は規律やルール、立て関係のヒエラルキーが大好きな体育会系の警官だったからだ。
 にわかに彼は、端然とした姿勢で元気溌剌に敬礼すると、「では、状況を――」とやたら大きい声で説明しはじめた。


 発見者は、この公園のほど近くの団地に住む、川島という初老の男性だった。彼は毎朝、この公園内で、愛犬と一緒に散歩するのを日課にしていた。
 問題の遺体を発見したのは、ここ――鳥類園ゾーンの観察小屋付近の雑木林であった。
 ここを通りかかったとき、だしぬけに愛犬のタロウが「ウウゥッ」とうめき声をあげたかと思うと、雑木林に向かって「わんわんわん」とけたたましく吠えだしたという。
 タロウ、どうした――不審に思った川島は、タロウが吠えている雑木林に眼差しを投げた。
 うん⁈ ひょっとして、あれは人か? 
 けげんに思った川島は、恐る恐る、そこに歩み寄った。
 長い髪。ガウチョパンツ。たぶん女だろう。そう川島は踏んだが、いかんせん、うつ伏せに倒れて、顔は反対側を向いている。なので、若いのか年寄りなのか、その年齢までは判然としない。
 そこで川島は、やむなく、反対側に回って、おずおずと顔を窺った。
 そのとたん、川島は「ひぇ!」とうめき声をあげてあとずさり、その場で尻餅をついてしまったらしい。
 なんてぇことをしやがるんだ――思わず、そうつぶやいていましたよ、と川島は顔をしかめて言ったという。
 何かによって、顔面はぐちゃぐちゃにつぶされ、なんともむごたらしい様相を呈していたからだ。
 慌てて、携帯電話で、110番通報した。それを受けた葛西臨海署の捜査員が、ただちに現場に向かった。
 遺体遺棄を確認した捜査員が、警視庁捜査一課に連絡をして、いまに至っている――と、まあ、だいたい、こういう説明を矢吹は受けたのだった。


つづく
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