第16話

文字数 1,681文字

 
 翌日の捜査会議――。
 矢吹が刑事たちを前にして話している。
「安河内先生がもたらしてくれた情報から、このたびの犯人は恵風涼及びその関係者ではないかという線が、にわかに浮上してきた。今後は、その線に沿って捜査を進めていきたいと思っている」
 これを聞いた刑事の何人かが、じゃ、ジッポーのライターの線はどうなるんだ、という不満げな表情を浮かべた。
 だが矢吹は、それは織り込み済みと言わんばかりに、あえてそれには触れることなく、淡々と話を進めていった。
「宇喜多主任」
 名指しされた宇喜多が「はい」と引き締まった表情で返事する。
「キミの班は、恵風涼の身辺調査及び彼女の部屋に通っていたという男の調査だ。けっこうナイーブな捜査になる。慎重をきしてくれ」
「わかりました」と低い声でうなずいた宇喜多の表情が、さらに引き締まった。
「次に、小川くんの班と岩本くんの班だ」
 呼ばれた二人が「はい」と返事をする。
「キミたちは、引き続きプロダクションと局の方の聞き込みを頼む」
 それぞれが、大きく、首を縦に振る。
「今回調べてほしいのは、ガイシャが恵風涼の住む広尾のマンションを借りようとした経緯だ。それをプロダクションの社長と番組のプロデューサーに詳しく聞き込んでくれ」
「かしこまりました」とそれぞれが力強くうなづいた。
「それから、次に、住吉警部補の班だ」
「はい」
「キミの班は、恵風涼が住むマンションを管理している不動産屋だ。そこで、担当者に恵風涼の隣室、つまりかつて安河内先生が借りていた部屋の件について、詳しく聞き込みをしてくれ。ガイシャが借りようとして、ちょっとしたトラブルがあったらしい。その辺りを詳しくな」
「えーと、かつて安河内先生が借りていた部屋の件について詳しく――と」
  そのように、メモに書き込んだ住吉が、「かしこまりました」と元気よく答えた。
「わたしからは以上だ。それでは山縣管理官、最後に、一言お願いいたします」
 ふむ、と鷹揚にうなずいた山縣が、おもむろに起立して、口を開いた。
「安河内先生がおっしゃるには、こん回のような殺人事件の背後には必ず犯人とっての不都合な真実が隠されているということだ。こん回でいえば、恵風涼にとっての男というわけだな。それを念頭に置いて、今後の捜査にあたってくれ」
 いったん、そこでことばを切った山懸は、刑事たちの顔をなぞるように、ゆっくりと見渡した。彼ら皆一様に、神妙な面持ちをして、自分の話に耳をかたむけてくれていた。
 ふむ、とまんざらでもない様子でうなづいた山縣は最後に、ことばを、こう結んだ。
「なんにせよ、己の不都合な真実を隠蔽するために、人を殺めるなどといった不条理は断固として許すわけにはいかん! 一日も早く犯人の身柄を拘束して、身勝手な罪に対する罰を与えねばならない。そのための努力はいささかも惜しむな、わかったな!!」
「は、はい!!」
 
 
「住さん」
「やあ、宇喜多主任。きみも、ここに、何か聞き込みが?」
「ええ、そうなんですよ。実は、防犯カメラの件で」
 住吉警部補は、恵風涼が住んでいるマンションを管理する、その不動産屋を訪れていた。彼はいま、担当者の橋本という男に聞き込みをしているさなかだった。
 そこに、ちょうど、宇喜多主任が現れた。彼は、恵風涼の部屋に通っていたという男の顔を割り出すために、マンションに設えてある防犯カメラの映像を借りようとして、ここに足を運んでいたのだ。
 宇喜多は、住吉に「聞き込み中申し訳ない」と一言断わりを入れると、橋本に事情を話して「お願いできますか」と丁寧に頭を下げた。橋本は「もちろんですとも」と快諾してくれた。
 そのとき、宇喜多ふと、思った。
 この人は、虫も殺さないような顔をしているから、きっといい人だな、というふうに。
 それほど、橋本は、非常に、柔和で、優しそうな顔をした男だった。
 防犯カメラの映像を借りた宇喜多は、そそくさと科捜研の森村陽子の元に向かった。もちろん、陽子に、映像の解析を頼むためだ。
 一方、住吉は、橋本の聞き込みを引き続き行うために、そこに居残っていた。


つづく
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